転生令嬢は騎士からの愛に気付かない

上原緒弥

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第三章

(09)

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 話を広げて、自分で自分の傷を抉るなんて馬鹿だと思う。そんな自分に、アシュリーは自嘲した。

「恐らく、同じ気持ちだと思うの、だが……最近、彼女に避けられている気がして……自信はない」

 自信なさげに落ちてきたヴィルヘルムの声に視線を上げると、彼は瞳を伏せたところだった。
 ──アシュリーがもし、野心的で積極的に自分を売り込めるタイプの令嬢であったならば、ここで彼にとっては望まないだろう言葉を吐き出して、自分の方に目を向けさせようとしただろう。
 けれど、そんな勇気があったなら、叶わないとわかっていても気持ちだけでも伝えていただろうし、こんな状況になることはなかった。
 失恋して、自らで自分の傷を抉って、その上好きな人の役に立とうとしている自虐的な自分に呆れながら、アシュリーは疑問を口にした。

「ちなみに、避けられてると言うのはどんな感じに、ですか……?」
「彼女とすれ違うことの多かった廊下で、出会わなくなった。別の道で彼女の姿を見かけても、騎士団員がそこにいると気付くと、逃げてしまう。……久し振りに話せたと思ったら、どこかぎこちなくて、以前と同じようには笑ってくれなかった」
「あ……」
「アシュリー嬢?」

 ヴィルヘルムの状況にどこか既視感を感じる。
 けれどアシュリーは首を横に振って、何でもないと肩を竦めた。
 話を整理して考えると、どうやら彼の想い人は、城にいる女性の誰からしい。
 隣に立つのに相応しい女性を記憶の中から探してみるけれど、感情が邪魔してうまく探せなかった。
 ……首を横に振ったとき、ヴィルヘルムが落胆したような表情をした、ように見えたけれど、気の所為だろうか。

「ええと、避けられるようになった理由に心当たりは、ありますか?」

 少しの沈黙のあと、言い難そうにヴィルヘルムは口を開いた

「……心当たりは、あると言えば、ある……のだが、相手も同じ気持ちだと知ったのは、そのときだった。だから少し、判断に迷っている」

 心当たりだというタイミングで同じ気持ちだとヴィルヘルムが知ったのなら、必ずしも避けられる理由がそこだとは限らない。
 ならば、彼女の口にした《好き》だという言葉が嘘だったら?
 顔を合わせるのが気まずくて避けている可能性が高い。その逆に、本当だったとしても、恥ずかしくて避けてしまうだろう。
 アシュリーだったら、きっと羞恥心が勝って、避けてしまう。
 こういうときに恋愛経験が豊富であれば、ヴィルヘルムを鼓舞して、アドバイスくらいはできたのだろう。
 だが、ほぼ恋愛初心者と言っていいアシュリーに、気の利いた励ましができるはずもなく。

「やはり……嫌われて、しまったのだろうか」

 切なげな響きで、ヴィルヘルムが呟く。
 好きな人に避けられて、嫌われてしまったかと不安になるヴィルヘルムの気持ちは痛いほどわかる。

「……状況を聞いただけなので、嫌われてないとも嫌われているとも、わたしは言えません。だから……並のことしか言えなくて申し訳ないのですが、まずは一度、きちんと話をしてみたらどうかなと、思います」

 言葉にしながら、アシュリーは、どんな口がこんなことを言うのかと心の中で失笑した。
 こんな偉そうなことを言える立場に、自分はない。

「話をして、それで嫌われていなかったときは、改めて気持ちを伝えてみたら、どうでしょう、か……?」

 あまりにヴィルヘルムが真剣に見つめてくるものだから、緊張で語尾が怪しくなっていく。
 妙案は思い浮かばなかったけれど、ヴィルヘルムに幸せになって欲しいという気持ちは本物だ。
 アシュリーの恋は叶わなくなったけれど、せめて、彼の想いは叶って欲しかった。
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