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第三章
(08)
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けれど、もうすぐ館長室──というところで、沈黙に終止符を打ったのはヴィルヘルムだった。
「アシュリー嬢、聞きたいことがあるのだ、が」
どこか力んだ、緊張したような声で切り出される。足を止めたヴィルヘルムに合わせて、アシュリーの足も自然と止まった。
予想以上に近い距離で目が合って、それから少しの静寂のあと、ヴィルヘルムは口を開く。
「……あなただったら、どのような形で想いを告げられるのが一番、嬉しいだろうか」
「え……?」
「いやその、俺の話ではなく、知り合いの話で……好きな女性がいるが、その人にどう気持ちを伝えて良いかわからない、と相談されて、だな」
言葉を選びながら、ヴィルヘルムは言葉を紡ぐ。
今までに彼と世間話のような話をしたことは多かったが、恋愛相談をされたことはなく、アシュリーは少し固まってしまった。
「このようなことを突然尋ねて、すまない」
困ったように言うヴィルヘルムのその言葉に、アシュリーは我に返った。
首を横に振って、慌てて返事をする。
「……っいえ、わたしで、参考になればいいんですが」
「なる。あなたの答えが、俺は聞きたい」
間もなく言葉を返され、真っ直ぐに見つめながら言われてしまい、思わず胸が高鳴った。
距離も近くて、今日は落ち着かない。
そわそわとしながら、アシュリーは頬にかかった髪を耳にかけた。
「気持ちの伝え方の好みは人それぞれなので、あくまで一例だと思って……もらえたら、なんですが」
結婚はしないと決めているけれど、アシュリーはけして、恋愛に興味がないわけではない。
勧められた恋愛小説にも、ヒロインに告白をするヒーローの姿があって、憧れたものもあった。
けれどその中で、もし好きな人に──ヴィルヘルムに言われて嬉しい言葉は何かと考えたとき、答えはひとつしかなかった。
「わたしだったら、何も飾らない、ストレートな言葉で言われるのが一番嬉しいです」
言いながら恥ずかしくなって、アシュリーは照れ笑いを浮かべる。
ヴィルヘルムはその答えに驚いたような顔をしたけれど、一瞬眩いものを見たように目を細めると、
「……そうか」
と、頷いた。
合わせて、優しい眼差しでじっと見つめられて、アシュリーは羞恥心に負け、そっと視線を逸らしてしまう。
「で、でも多分わたしの好みは、あまり参考にはならないと思います。大多数の女の人は、詩的な……情熱的な言葉で告白されるのが好きみたいなので……」
「いや、十分参考になった。……俺でも叶えられそうで、安心している」
恐らく安堵して、気が緩んだのだろう。
その呟きを何でもないように聞き流すことはできなかった。
──俺でも、と、ヴィルヘルムは言った。
聞き流せれば良かった。気付かなければ良かった。もしかしたら、と浮かんできた考えは、もう消えてはくれない。
この話の流れで、文脈で、気付かないことは、できなかった。
彼がアシュリーに尋ねてきた相談は、彼の友人ではなく、彼自身の話なのだと。
……考えてみれば、今までに話したことのない内容を振られた時点で、予想を立てることはできたはずだ。
それに婚約者がいるのならばともかく、恋人もいないアシュリーに、振る話題ではない。それが知り合いの話だと言うのならば、尚更だ。
恐らく、想いを寄せている女性以外に身近にいた異性が、アシュリーだけだったのだろう。だから彼は、アシュリーに相談してきたのだ。
──もしかして、ローウェルが言っていたヴィルヘルムの話とは、このことなのだろうか。確かに気持ちを吹っ切ることができると考えれば悪い話ではないけれど、それ以上は何もない。
突き付けられた事実に、膝から崩れ落ちそうになる。
同時に、そんな人がいたならどうして誘いに乗ったのかと、疑問が浮かんだ。忘れようと努力して、忘れきれなかった先日の夜の記憶が蘇る。
けれど、それをぶつけることはできない。
あの夜ヴィルヘルムを誘って、彼に抱かれた女性は、《アシュリー》ではないのだ。
「……お相手の方は、どう思われているんですか、ラインフェルト副団長……のお知り合いの方のこと」
気付けば、アシュリーは問い掛けていた。
「アシュリー嬢、聞きたいことがあるのだ、が」
どこか力んだ、緊張したような声で切り出される。足を止めたヴィルヘルムに合わせて、アシュリーの足も自然と止まった。
予想以上に近い距離で目が合って、それから少しの静寂のあと、ヴィルヘルムは口を開く。
「……あなただったら、どのような形で想いを告げられるのが一番、嬉しいだろうか」
「え……?」
「いやその、俺の話ではなく、知り合いの話で……好きな女性がいるが、その人にどう気持ちを伝えて良いかわからない、と相談されて、だな」
言葉を選びながら、ヴィルヘルムは言葉を紡ぐ。
今までに彼と世間話のような話をしたことは多かったが、恋愛相談をされたことはなく、アシュリーは少し固まってしまった。
「このようなことを突然尋ねて、すまない」
困ったように言うヴィルヘルムのその言葉に、アシュリーは我に返った。
首を横に振って、慌てて返事をする。
「……っいえ、わたしで、参考になればいいんですが」
「なる。あなたの答えが、俺は聞きたい」
間もなく言葉を返され、真っ直ぐに見つめながら言われてしまい、思わず胸が高鳴った。
距離も近くて、今日は落ち着かない。
そわそわとしながら、アシュリーは頬にかかった髪を耳にかけた。
「気持ちの伝え方の好みは人それぞれなので、あくまで一例だと思って……もらえたら、なんですが」
結婚はしないと決めているけれど、アシュリーはけして、恋愛に興味がないわけではない。
勧められた恋愛小説にも、ヒロインに告白をするヒーローの姿があって、憧れたものもあった。
けれどその中で、もし好きな人に──ヴィルヘルムに言われて嬉しい言葉は何かと考えたとき、答えはひとつしかなかった。
「わたしだったら、何も飾らない、ストレートな言葉で言われるのが一番嬉しいです」
言いながら恥ずかしくなって、アシュリーは照れ笑いを浮かべる。
ヴィルヘルムはその答えに驚いたような顔をしたけれど、一瞬眩いものを見たように目を細めると、
「……そうか」
と、頷いた。
合わせて、優しい眼差しでじっと見つめられて、アシュリーは羞恥心に負け、そっと視線を逸らしてしまう。
「で、でも多分わたしの好みは、あまり参考にはならないと思います。大多数の女の人は、詩的な……情熱的な言葉で告白されるのが好きみたいなので……」
「いや、十分参考になった。……俺でも叶えられそうで、安心している」
恐らく安堵して、気が緩んだのだろう。
その呟きを何でもないように聞き流すことはできなかった。
──俺でも、と、ヴィルヘルムは言った。
聞き流せれば良かった。気付かなければ良かった。もしかしたら、と浮かんできた考えは、もう消えてはくれない。
この話の流れで、文脈で、気付かないことは、できなかった。
彼がアシュリーに尋ねてきた相談は、彼の友人ではなく、彼自身の話なのだと。
……考えてみれば、今までに話したことのない内容を振られた時点で、予想を立てることはできたはずだ。
それに婚約者がいるのならばともかく、恋人もいないアシュリーに、振る話題ではない。それが知り合いの話だと言うのならば、尚更だ。
恐らく、想いを寄せている女性以外に身近にいた異性が、アシュリーだけだったのだろう。だから彼は、アシュリーに相談してきたのだ。
──もしかして、ローウェルが言っていたヴィルヘルムの話とは、このことなのだろうか。確かに気持ちを吹っ切ることができると考えれば悪い話ではないけれど、それ以上は何もない。
突き付けられた事実に、膝から崩れ落ちそうになる。
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けれど、それをぶつけることはできない。
あの夜ヴィルヘルムを誘って、彼に抱かれた女性は、《アシュリー》ではないのだ。
「……お相手の方は、どう思われているんですか、ラインフェルト副団長……のお知り合いの方のこと」
気付けば、アシュリーは問い掛けていた。
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