43 / 64
第三章
(05)
しおりを挟む
渡されたのはやはりアシュリーが昨日着ていたもので、体の痛みに堪えながら、のろのろとそれを身に付けていく。
着替え終わるとタイミング良く扉がノックされ、侍女が顔を覗かせた。
「少し髪の毛触らせて頂きますが、宜しいでしょうか?」
問い掛けられて頷くと、ドレッサーの前に案内され、絡まっていた髪を彼女が梳いてくれる。そして普段は動きやすさ重視で軽く纏めるだけの髪を、左右で編み込みを作って、後ろで編んでくれた。
普段とは雰囲気の違う自分にアシュリーは驚く。
では参りましょうか、と彼女に案内され、アシュリーはローウェルと朝食を取るための広間へとやってきた。
そこにはまだローウェルはおらず、アシュリーが席に着いてそわそわとしていると、
「アシュリーちゃん、おはよー」
と貴族とは思えない気楽さで、欠伸をしながら彼は現れた。いつも以上に軽装で、シャツのボタンも留め違えている。
「あ、立たなくていいよ。辛いでしょ」
立ち上がって挨拶をしようとすると、そう言って制止される。その言葉に、なるべく考えないようにしていたことを思い出されて、アシュリーは固まった。
ローウェルは知っている。もしかしたら断片的にかもしれないが、それでもアシュリーの身に何があったのかを。
考えれば当たり前だ。だって昨夜、アシュリーを迎えに来てくれた侍女はローウェルの屋敷で働いている人で、彼女はローウェルの指示で動いたと言っていたではないか。
羞恥心で、顔が熱くなっていった。膝の上で握った手のひらが震える。
──何か、言わないと。
そう思って頭に浮かんだのは、目が覚めたときに部屋にいなかったヴィルヘルムのことだった。
アシュリーが昨夜一緒にいたのはヴィルヘルムだけだ。ならば、こうなった理由が彼にあるのではと考えるのは当然の流れだ。
「っ館長、申し訳ありません。ですがあの方は悪くなくて、わたしが誘って、それで……っ」
言葉が上手く吐き出せない。溢れた声は震えてしまった。
視線を向けたその先には、ローウェルが座っている。普段は飄々とした表情で、どんなことを考えているのかわからない。けれど、今の彼の顔からは考えどころか感情すら伺えなかった。
──怖い。
アシュリーの心の中に、恐怖心が浮かぶ。呼吸するのが苦しくなってきて、思わず胸元を握り締めた。
「アシュリーちゃん、さあ」
静かな部屋に、ローウェルの声が響く。気付くと、広間にはローウェルとアシュリーだけになっていた。
びくりと彼女が肩を揺らすと、ローウェルは深くため息を吐く。
「ボクは君に忠告したよ。《間違っても婚約の話を白紙にしようとして他に婚約者を作ろうとしたり、貴族籍を抜けるために不祥事起こしたりしないようにね》って」
「っは、い」
「その上で、はっきりしておきたいから聞くけど、君は婚約者が誰か知らない。けど結婚するのは嫌だから、婚約の話を白紙にしようとしてヴィルヘルムを誘ったの? もしあのとき、ヴィルヘルム以外を相手に付けたとしても、君は同じことをした?」
真っ直ぐ視線を向けられて問われた言葉に、アシュリーはすぐに答えられなかった。
決してやましい気持ちがあったわけではなくて。
雰囲気に飲まれたことは確かだけれど、そんな考えはまったく浮かばなかったからだ。
好きだから、傍にいたかった。愛されたという記憶が欲しかった。それが例え、一夜だけの温情の愛でも。
だけどそれはアシュリーの身勝手な言い訳だ。
事情を知っているローウェルからしたら、婚約の話を白紙にするためにヴィルヘルムを誘ったと受け取られてもおかしくはない。
ただ、後者の問いにだけは、アシュリーは胸を張って否と答えることができる。相手がヴィルヘルムだったから、あんな大胆なことを口にしたのだ。
もし別の男性だったなら、当たり障りのない会話をして適度に切り上げるか、もしくは体調が悪いと言って、躱そうとしただろう。
着替え終わるとタイミング良く扉がノックされ、侍女が顔を覗かせた。
「少し髪の毛触らせて頂きますが、宜しいでしょうか?」
問い掛けられて頷くと、ドレッサーの前に案内され、絡まっていた髪を彼女が梳いてくれる。そして普段は動きやすさ重視で軽く纏めるだけの髪を、左右で編み込みを作って、後ろで編んでくれた。
普段とは雰囲気の違う自分にアシュリーは驚く。
では参りましょうか、と彼女に案内され、アシュリーはローウェルと朝食を取るための広間へとやってきた。
そこにはまだローウェルはおらず、アシュリーが席に着いてそわそわとしていると、
「アシュリーちゃん、おはよー」
と貴族とは思えない気楽さで、欠伸をしながら彼は現れた。いつも以上に軽装で、シャツのボタンも留め違えている。
「あ、立たなくていいよ。辛いでしょ」
立ち上がって挨拶をしようとすると、そう言って制止される。その言葉に、なるべく考えないようにしていたことを思い出されて、アシュリーは固まった。
ローウェルは知っている。もしかしたら断片的にかもしれないが、それでもアシュリーの身に何があったのかを。
考えれば当たり前だ。だって昨夜、アシュリーを迎えに来てくれた侍女はローウェルの屋敷で働いている人で、彼女はローウェルの指示で動いたと言っていたではないか。
羞恥心で、顔が熱くなっていった。膝の上で握った手のひらが震える。
──何か、言わないと。
そう思って頭に浮かんだのは、目が覚めたときに部屋にいなかったヴィルヘルムのことだった。
アシュリーが昨夜一緒にいたのはヴィルヘルムだけだ。ならば、こうなった理由が彼にあるのではと考えるのは当然の流れだ。
「っ館長、申し訳ありません。ですがあの方は悪くなくて、わたしが誘って、それで……っ」
言葉が上手く吐き出せない。溢れた声は震えてしまった。
視線を向けたその先には、ローウェルが座っている。普段は飄々とした表情で、どんなことを考えているのかわからない。けれど、今の彼の顔からは考えどころか感情すら伺えなかった。
──怖い。
アシュリーの心の中に、恐怖心が浮かぶ。呼吸するのが苦しくなってきて、思わず胸元を握り締めた。
「アシュリーちゃん、さあ」
静かな部屋に、ローウェルの声が響く。気付くと、広間にはローウェルとアシュリーだけになっていた。
びくりと彼女が肩を揺らすと、ローウェルは深くため息を吐く。
「ボクは君に忠告したよ。《間違っても婚約の話を白紙にしようとして他に婚約者を作ろうとしたり、貴族籍を抜けるために不祥事起こしたりしないようにね》って」
「っは、い」
「その上で、はっきりしておきたいから聞くけど、君は婚約者が誰か知らない。けど結婚するのは嫌だから、婚約の話を白紙にしようとしてヴィルヘルムを誘ったの? もしあのとき、ヴィルヘルム以外を相手に付けたとしても、君は同じことをした?」
真っ直ぐ視線を向けられて問われた言葉に、アシュリーはすぐに答えられなかった。
決してやましい気持ちがあったわけではなくて。
雰囲気に飲まれたことは確かだけれど、そんな考えはまったく浮かばなかったからだ。
好きだから、傍にいたかった。愛されたという記憶が欲しかった。それが例え、一夜だけの温情の愛でも。
だけどそれはアシュリーの身勝手な言い訳だ。
事情を知っているローウェルからしたら、婚約の話を白紙にするためにヴィルヘルムを誘ったと受け取られてもおかしくはない。
ただ、後者の問いにだけは、アシュリーは胸を張って否と答えることができる。相手がヴィルヘルムだったから、あんな大胆なことを口にしたのだ。
もし別の男性だったなら、当たり障りのない会話をして適度に切り上げるか、もしくは体調が悪いと言って、躱そうとしただろう。
0
お気に入りに追加
3,410
あなたにおすすめの小説
異世界の学園で愛され姫として王子たちから(性的に)溺愛されました
空廻ロジカ
恋愛
「あぁ、イケメンたちに愛されて、蕩けるようなエッチがしたいよぉ……っ!」
――櫟《いちい》亜莉紗《ありさ》・18歳。TL《ティーンズラブ》コミックを愛好する彼女が好むのは、逆ハーレムと言われるジャンル。
今夜もTLコミックを読んではひとりエッチに励んでいた亜莉紗がイッた、その瞬間。窓の外で流星群が降り注ぎ、視界が真っ白に染まって……
気が付いたらイケメン王子と裸で同衾してるって、どういうこと? さらに三人のタイプの違うイケメンが現れて、亜莉紗を「姫」と呼び、愛を捧げてきて……!?
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?
yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました*
コミカライズは最新話無料ですのでぜひ!
読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします!
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。
王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?
担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。
だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!
【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話
もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。
詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。
え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか?
え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか?
え? 私、アースさん専用の聖女なんですか?
魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。
※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。
※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。
※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。
R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
【R18】副騎士団長のセフレは訳ありメイド~恋愛を諦めたら憧れの人に懇願されて絆されました~
とらやよい
恋愛
王宮メイドとして働くアルマは恋に仕事にと青春を謳歌し恋人の絶えない日々を送っていた…訳あって恋愛を諦めるまでは。
恋愛を諦めた彼女の唯一の喜びは、以前から憧れていた彼を見つめることだけだった。
名門侯爵家の次男で第一騎士団の副団長、エルガー・トルイユ。
見た目が理想そのものだった彼を眼福とばかりに密かに見つめるだけで十分幸せだったアルマだったが、ひょんなことから彼のピンチを救いアルマはチャンスを手にすることに。チャンスを掴むと彼女の生活は一変し、憧れの人と思わぬセフレ生活が始まった。
R18話には※をつけてあります。苦手な方はご注意ください。
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる