転生令嬢は騎士からの愛に気付かない

上原緒弥

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第三章

(03)

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 ──でも、ここからどうしよう……
 正しい時間はわからないが、すでに舞踏会は終わっているだろう。来るときはカルヴァート家の馬車でここまで来たが、仮にその馬車がまだあったとしても、さすがにこの格好で馬車乗り場まで行くわけにはいかない。
 アシュリーが今暮らしている部屋だって、少し離れている位置にあって、その間に誰かに会わないとも限らないし、この格好で《アシュリー・マクブライド》の部屋に入るところを見られでもしたら、ローウェルが同伴させ、ヴィルヘルムに連れられた女がアシュリーだと知られる可能性が高くなる。
 職場でもある図書館に身を隠すにしても、この時間は閉館していて中に入ることはできないから、そもそも論外だ。
 今更、行き当たりばったりで部屋を出てきたことを後悔するが、戻れない以上どうにかするしかない、とアシュリーがドレスの裾を持ち上げたときだった。

「……っ」

 暗闇の中に光が浮かび、それは彼女の姿を照らす。拙い、と思ったのも束の間、ランプから顔を覗かせたのは、馬車に一緒に乗っていたカルヴァート公爵家の侍女だった。
 彼女はアシュリーの格好を驚いたように見つめ、すぐに我に帰ると周囲を警戒するように近付いてくる。
 そしてランプを持つ方とは逆の手に持っていた荷物をアシュリーに渡すと、声を潜めて言った。

「その姿では目立つので、ひとまずこれを。……裏に馬車を回しています。歩けますか?」

 渡されたのは、アシュリーの作った張りぼてのカーテンのショールとは比べものにならない、きちんとしたショールだった。薄手ではあるが、透けないタイプのもので、尚且つ大きめに作られている。

「素肌をしっかりと覆うようにして、羽織ってください。今のお嬢様の格好は、飢えた狼からしたら絶好の餌ですから」

 彼女は胸元をとんとん、と指先で叩く。
 それだけで何が言いたいのかわかって、アシュリーは顔を赤くしながら張りぼてのショールを急いで取り、差し出されたものを羽織った。
 大きいお陰で首筋から胸元にかけての素肌はしっかり覆われる。
 そして彼女に道案内されながら、アシュリーは無事馬車に乗り込み、城を後にしたのだった。
 彼女曰く、ローウェルからアシュリーを探して欲しいと指示があったらしい。部屋に誰もいない、扉に鍵がかかっている──そんな状況なら、普通は考えない方法でそこから出るだろうから、悪い男に捕まる前に見つけてあげてと。
 そして案の定ローウェルの読みは当たり、窓から出たとしたらどの道を使うかを考えて辿っていたら、彼女はアシュリーを見つけたのだと言う。
 ローウェルの読みはアシュリーの思考パターンを考えてのことだろうが、窓から逃げ出したあとの道筋はローウェルから状況を聞いて、彼女自身が考えたのだという。
 何か言いたげなアシュリーに気付いたのだろう。彼女はそれはもう綺麗な笑みを浮かべた。

「確かに一時期スパイの真似事のようなこともしておりましたが、それ以上にローウェル様にお仕えしていると、普通の方法ではあの方を出し抜けなくて……心理術などを少々」

 そう、さらっと言われてしまい、アシュリーは言葉を失う。
 色々と聞きたいことは頭に浮かんだが、尋ねていいか迷っているうちにカルヴァート公爵家に到着してしまった。
 どこでなくしてしまったのか、目に付けていた色硝子は取れてしまっている。
 髪の染料を落として、元着ていた服に着替えれば──体は多少ベタついているが、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないので──帰れるとアシュリーは言ったのだが、その申し出は却下され、有無を言わさず連れて行かれたのは浴室だった。
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