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第二章

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「……そのようなお言葉は、わたしには勿体ないです。もしかしたらヴィルヘルム様に気に入ってもらいたくて、そう思って貰えるような人間を演じているだけかもしれませんよ」

 心臓の音が聞こえませんようにと願いながら、アシュリーは強がりを口にした。口にすると込み上がってくるものがあって、彼女はそれを必死に飲み込む。
 ──どうしてわたしはこんなに可愛いげがないんだろう
 考えると、自然と自嘲するような笑みが浮かぶ。
 ここで「ありがとうございます」と言って、この逞しい胸を借りれば、本当に可愛い令嬢なのだろう。けれどローウェルにもよく指摘される卑屈さが、それをすることを拒んだ。
 十分夢なら見ることができた。別人に成りすましているとは言え、憧れの人に甘い言葉を掛けてもらえた。誤解してしまいそうなぐらいに熱い視線を注がれた。温かい腕の中に、抱き締めてもらえた。
 これ以上望んだら、きっと罰が当たる。

「例え今のあなたが作られたもので、本当のあなたが別にいるとしても、」

 静かな声が中庭に静かに響く。
 するりと指先が、愛おしげにアシュリーの輪郭を撫でた。

「彼女に会ったとき、俺は同じことを思うだろう。可愛い、愛おしい、──離したくない、と」

 見つめてくる瞳に艶めかしさと、どこか恐ろしさすら感じる。なのに心臓は、一際大きく跳ねた。
 瞳を細めて注がれる視線が、まるですべてを見通しているかのようにアシュリーには思えた。シェリー・ダンフォードではなく、アシュリー・マクブライドだとわかって、言っているのではないかと。
 そんなことはないと、わかっている。
 恋愛小説の企てられたシナリオのように、都合のいいことは起こらない。
 こんなふうにヴィルヘルムが甘い囁きをくれるのも、アシュリーが夢見心地な気分になるのも、きっとふたりして、先ほどすれ違った男女の甘ったるい空気に飲まれてしまったから。
 ──だから、大胆な行動ができるのも、うっかり口が滑ってしまうのも、出来上がってしまった淫靡な空気の所為だ。

「ヴィル、ヘルムさま」

 指先を伸ばして頬に触れると、ヴィルヘルムは僅かに肩を揺らした。けれど叩き落としたりはせず、アシュリーをじっと見つめている。
 ヴィルヘルムの深紫色の瞳に映るのは、図書館司書をしているアシュリーではなく、隣国から遊学に来ているシェリーという貴族の令嬢だった。

「──今日が終われば、すべて忘れます。ですからどうか、わたしを今夜だけ……あなたの恋人にして、ください」

 アシュリーだったら、絶対に口にしない言葉だ。一夜の慈悲を強請るなんて、考えたこともなかった。
 けれどシェリーは、今夜だけのために作られた偶像。この夜が終われば、現れることは二度とない。だからこそ、こんなことが言えたのだろう。
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