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第二章
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ヴィルヘルムの着ている騎士正装の裾を少しだけ握る。抱き締められてはいても、抱き締め返すことはできなかった。だって自分たちは婚約者でも、恋人でもない。
現実を思い出し、さすがにずっとこのままでいるわけにはいかないと気付く。距離を取ろうと、ヴィルヘルムの胸に手を伸ばした。しかし反対により強く抱き込まれてしまい、困惑する。
鍛えられた胸板越しに、心臓の音が聞こえてくる。
「ヴィ、ヴィルヘルムさま……っ」
動揺のあまり上擦った声が出た。だが、それでも尚、ヴィルヘルムの腕の力は弱まらない。代わりに言葉での返事が返ってくる。
「すまないが、しばらくこのままでいて欲しい。──今の俺は、きっと酷い顔をしている。あなただけはそれを見られたくない」
そう言われると、余計気になってしまう。
──もしかして、わたしは何か失言をしてしまった……?
不安を感じながら、アシュリーは辛うじて動かせる頭を上げて、視線をヴィルヘルムの方へ向けた。
「ヴィル、ヘルム……さま……?」
名前を呼ぶと、逸らされていた視線がアシュリーを見つめた。深い紫色の瞳と目が合う。
けれど彼の表情を見て驚いたのは、照明が照らしているヴィルヘルムの顔が僅かに赤らんでいることだった。
それは彼が照れていることを如実に伝えていて。
「……こんな緩んだ顔、あなたにだけは見られたくなかった」
目尻を赤く染めて、困ったような顔でヴィルヘルムは呟く。
その表情が可愛らしく見えて、不覚にも胸が高鳴った。
このままでは伝染して、自分まで顔が赤くなってしまう。そう思ったアシュリーは一刻も早く体を離そうとしたが、その前に伸びてきた指先に頬に触れられ、動けなくなってしまう。びくり、と肩が揺れた。
「熱い、な」
「っ気、気のせいですっ」
落ちてくる囁きに辛うじて返事をしたが、頭の中も胸の中もいっぱいいっぱいだ。視線が自然と泳いでしまう。
このままでは、本当に心臓が破裂してしまうかもしれない。ヴィルヘルムに触れられているところがどこもかしこも熱を帯びて、そんな考えすら頭に浮かぶ。
けれどヴィルヘルムはそんなアシュリーの心情などお構いなしと言うように、不意に頬を緩めて、笑みを浮かべた。
「やはりあなたは、とても可愛い」
「かわ……っ」
きっと今の自分の顔は、誤魔化しきれないほど真っ赤だろう。
見つめてくる深紫色の瞳は、ひどく優しい。その上、甘く、熱情を孕ませた色を向けられれば、どうすればいいのかわからなくなってしまう。
同時に、頭の奥底で叫ぶ声があった。
勘違いするな。これは彼なりのリップサービスなのだ、と。
現実を思い出し、さすがにずっとこのままでいるわけにはいかないと気付く。距離を取ろうと、ヴィルヘルムの胸に手を伸ばした。しかし反対により強く抱き込まれてしまい、困惑する。
鍛えられた胸板越しに、心臓の音が聞こえてくる。
「ヴィ、ヴィルヘルムさま……っ」
動揺のあまり上擦った声が出た。だが、それでも尚、ヴィルヘルムの腕の力は弱まらない。代わりに言葉での返事が返ってくる。
「すまないが、しばらくこのままでいて欲しい。──今の俺は、きっと酷い顔をしている。あなただけはそれを見られたくない」
そう言われると、余計気になってしまう。
──もしかして、わたしは何か失言をしてしまった……?
不安を感じながら、アシュリーは辛うじて動かせる頭を上げて、視線をヴィルヘルムの方へ向けた。
「ヴィル、ヘルム……さま……?」
名前を呼ぶと、逸らされていた視線がアシュリーを見つめた。深い紫色の瞳と目が合う。
けれど彼の表情を見て驚いたのは、照明が照らしているヴィルヘルムの顔が僅かに赤らんでいることだった。
それは彼が照れていることを如実に伝えていて。
「……こんな緩んだ顔、あなたにだけは見られたくなかった」
目尻を赤く染めて、困ったような顔でヴィルヘルムは呟く。
その表情が可愛らしく見えて、不覚にも胸が高鳴った。
このままでは伝染して、自分まで顔が赤くなってしまう。そう思ったアシュリーは一刻も早く体を離そうとしたが、その前に伸びてきた指先に頬に触れられ、動けなくなってしまう。びくり、と肩が揺れた。
「熱い、な」
「っ気、気のせいですっ」
落ちてくる囁きに辛うじて返事をしたが、頭の中も胸の中もいっぱいいっぱいだ。視線が自然と泳いでしまう。
このままでは、本当に心臓が破裂してしまうかもしれない。ヴィルヘルムに触れられているところがどこもかしこも熱を帯びて、そんな考えすら頭に浮かぶ。
けれどヴィルヘルムはそんなアシュリーの心情などお構いなしと言うように、不意に頬を緩めて、笑みを浮かべた。
「やはりあなたは、とても可愛い」
「かわ……っ」
きっと今の自分の顔は、誤魔化しきれないほど真っ赤だろう。
見つめてくる深紫色の瞳は、ひどく優しい。その上、甘く、熱情を孕ませた色を向けられれば、どうすればいいのかわからなくなってしまう。
同時に、頭の奥底で叫ぶ声があった。
勘違いするな。これは彼なりのリップサービスなのだ、と。
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