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第二章

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 それきり言葉が途切れてしまう。大広間の方からは管弦楽の鮮やかな音楽が微かに聞こえてくる。時折擦れ違う、想いを通わせ合う男女の濃厚な空気にどきりとする。場違いなような気がして、肩身が狭い。
 だが、同時にふと頭に思い浮かんだのは、自分もヴィルヘルムとそのような関係に見えるのだろうか、という疑問だった。先ほどから擦れ違うのは甘い空気を醸し出した男女ばかりだ。
 けれど考えるまでもなく、アシュリーは首を横に振った。
 ──甘い雰囲気とは程遠いし、寧ろそんなふうに思ったなんて烏滸がましすぎる。この間常連の子に勧められて読んだロマンス小説の影響かな……
 本当に最高なのよ! と鼻息荒く勧められて、目を通した小説のことを思い出す。
 勧められたら職業柄、一度は読むようにはしていた。何度も勧められているその類のお話は作品としては面白く読んでいるし、女の子が好きになる気持ちもわかったが、どうも現実味がなくてのめり込むまでにはならなかった。
 だが結婚はしたくないと思ってはいても、どうやら自分もきちんと女子だったらしい。今の状況に、少なからず夢を見ていた。

「シェリー嬢?」

 名前を呼び掛けられて、アシュリーははっと我に返る。
 声の主の方へ顔を向けると、ヴィルヘルムの濃紫色の瞳が心配そうな眼差しで見下ろしていた。

「ご、ごめんなさい。少し、ぼうっとしてしまって……」

 だが、その言葉はヴィルヘルムにとっては何か思うところがあったようだ。
 眉根に皺が寄せられて、彼はひとつ、ため息を吐いた。
 その仕草に、アシュリーは気分を悪くさせてしまったかと不安になる。しかしヴィルヘルムが言ったのは予想とはまったく違う言葉だった。

「……すまない」

 もし彼が犬だったなら、その両耳は間違いなく垂れ下がっていただろう。
 突然の謝罪にアシュリーは目を見開き、思わずヴィルヘルムを凝視する。

「俺ではあなたを、退屈させることしかできなかった」
「っちが……!」

 自嘲気味の笑みを浮かべて、ヴィルヘルムは肩を竦めた。
 慌てて否定する言葉を言おうとしたが、ヴィルヘルムはそっと首を横に振る。

「殿下にお願いして、役目はジェラルドに代わってもらおう。あいつなら、あなたを楽しませてくれると思う」

 どこか悔しそうに言ったあと、ヴィルヘルムは繋いだアシュリーの手をそっと引く。
 だが、逆に握り返して引き留め、アシュリーはヴィルヘルムをじっと見上げた。ここできちんと否定しないといけない。どうしてかそんな気がして、必死に言葉を選んで伝える。
 見上げた先でヴィルヘルムが驚いたように目を見開いていたけれど、気にしてなんていられなかった。
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