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第二章

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 その場に残ったのは、置いて行かれたことに唖然とするしかないアシュリーと、表情を険しくしたヴィルヘルムだけだ。
 そして先に動き出したのは、息をひとつ吐き出したヴィルヘルムの方だった。

「シェリー嬢」
「っは、はいっ」

 驚きで、思わずびくりと肩を揺らしてしまう。もしかしたら怒っているかもしれないと恐る恐る見上げると、鮮やかな深紫色の瞳と視線が合った。そこに怒りの色はなく、少しだけ安心する。
 そして再び、ヴィルヘルムは手のひらを差し出した。今度は挨拶のためではなく、エスコートするために伸べられたものだ。
 ローウェルたちがいなくなっても、突き刺さる視線はまだ痛い。だが、わざわざ舞踏会の場で晒し者になり続ける趣味はアシュリーにはない。今だけだと言い聞かせながら、差し伸べられた手を取った。
 指先を包むように握られて、とくりと胸が高鳴る。

「この場にいては少し……居心地が悪い。しばらく中庭に出ませんか」
「は、い、ありがとうございます」

 ヴィルヘルムのその提案は有り難く、アシュリーは頷いてお礼を口にする。
 鋭い視線と、明らかに自分のことを指しているだろう口さがない噂話を気付いていないふりをしてアシュリーはヴィルヘルムに手を引かれ、大広間を後にした。

「……このような場所はあまり好きではありませんか?」

 中庭に出ると、所々に男女の姿が見えるぐらいで賑やかさはすっかり落ち着いている。アシュリーがほっと一息を吐いたところで、ヴィルヘルムがそう口にした。
 どう返事をすればいいのか迷ったが、アシュリーは正直に首を縦に振る。
 今の自分はアシュリー・マクブライドではなく、シェリー・ダンフォードなのだと言い聞かせて、演じる貴族令嬢像を壊さないように言い聞かせた。

「流行にも疎いですし、周りも美しくて可愛らしい方々ばかりなのでどのような話をすればいいのかわからなくて、気後れしてしまうんです。ですから苦手で……」
「気後れする必要など、ないように思いますが。……私には他の誰よりもあなたが美しく見えた。あなたを連れてここに来たローウェルのことを、羨ましく感じるぐらいに」

 思わず伏せていた視線を上げると、僅かに目尻を赤く染めたヴィルヘルムと目が合う。気恥ずかしげな様子だけれどヴィルヘルムが視線を逸らすことはなく、耐え切れなくなったアシュリーの方が先に目を逸らしてしまった。
 ──社交辞令だとわかってても、心臓に悪い……っ!
 心臓がどくどくうるさいし、夜風に当たっていても頬に熱が集まっていることは誤魔化せない。繋がれた指先から、密着した体から、ヴィルヘルムの温もりが伝わってきて、より一層落ち着かない気持ちになる。

「ライ……ヴィ、ルヘルム様にそんなふうに言って頂けるなんて光栄です。ありがとうございます」

 危うくいつもの呼び方を口にしかけて、慌てて名前で呼ぶ。緊張して、うまく笑みが浮かべられない。
 笑みが、引き吊ってはいないだろうか。そんな不安が頭を過ぎるけれど、アシュリーにできることは、浮かべた笑みがヴィルヘルムにとって見苦しく見えませんようにと祈ることだけだった。
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