21 / 64
第二章
(09)
しおりを挟む
その場に残ったのは、置いて行かれたことに唖然とするしかないアシュリーと、表情を険しくしたヴィルヘルムだけだ。
そして先に動き出したのは、息をひとつ吐き出したヴィルヘルムの方だった。
「シェリー嬢」
「っは、はいっ」
驚きで、思わずびくりと肩を揺らしてしまう。もしかしたら怒っているかもしれないと恐る恐る見上げると、鮮やかな深紫色の瞳と視線が合った。そこに怒りの色はなく、少しだけ安心する。
そして再び、ヴィルヘルムは手のひらを差し出した。今度は挨拶のためではなく、エスコートするために伸べられたものだ。
ローウェルたちがいなくなっても、突き刺さる視線はまだ痛い。だが、わざわざ舞踏会の場で晒し者になり続ける趣味はアシュリーにはない。今だけだと言い聞かせながら、差し伸べられた手を取った。
指先を包むように握られて、とくりと胸が高鳴る。
「この場にいては少し……居心地が悪い。しばらく中庭に出ませんか」
「は、い、ありがとうございます」
ヴィルヘルムのその提案は有り難く、アシュリーは頷いてお礼を口にする。
鋭い視線と、明らかに自分のことを指しているだろう口さがない噂話を気付いていないふりをしてアシュリーはヴィルヘルムに手を引かれ、大広間を後にした。
「……このような場所はあまり好きではありませんか?」
中庭に出ると、所々に男女の姿が見えるぐらいで賑やかさはすっかり落ち着いている。アシュリーがほっと一息を吐いたところで、ヴィルヘルムがそう口にした。
どう返事をすればいいのか迷ったが、アシュリーは正直に首を縦に振る。
今の自分はアシュリー・マクブライドではなく、シェリー・ダンフォードなのだと言い聞かせて、演じる貴族令嬢像を壊さないように言い聞かせた。
「流行にも疎いですし、周りも美しくて可愛らしい方々ばかりなのでどのような話をすればいいのかわからなくて、気後れしてしまうんです。ですから苦手で……」
「気後れする必要など、ないように思いますが。……私には他の誰よりもあなたが美しく見えた。あなたを連れてここに来たローウェルのことを、羨ましく感じるぐらいに」
思わず伏せていた視線を上げると、僅かに目尻を赤く染めたヴィルヘルムと目が合う。気恥ずかしげな様子だけれどヴィルヘルムが視線を逸らすことはなく、耐え切れなくなったアシュリーの方が先に目を逸らしてしまった。
──社交辞令だとわかってても、心臓に悪い……っ!
心臓がどくどくうるさいし、夜風に当たっていても頬に熱が集まっていることは誤魔化せない。繋がれた指先から、密着した体から、ヴィルヘルムの温もりが伝わってきて、より一層落ち着かない気持ちになる。
「ライ……ヴィ、ルヘルム様にそんなふうに言って頂けるなんて光栄です。ありがとうございます」
危うくいつもの呼び方を口にしかけて、慌てて名前で呼ぶ。緊張して、うまく笑みが浮かべられない。
笑みが、引き吊ってはいないだろうか。そんな不安が頭を過ぎるけれど、アシュリーにできることは、浮かべた笑みがヴィルヘルムにとって見苦しく見えませんようにと祈ることだけだった。
そして先に動き出したのは、息をひとつ吐き出したヴィルヘルムの方だった。
「シェリー嬢」
「っは、はいっ」
驚きで、思わずびくりと肩を揺らしてしまう。もしかしたら怒っているかもしれないと恐る恐る見上げると、鮮やかな深紫色の瞳と視線が合った。そこに怒りの色はなく、少しだけ安心する。
そして再び、ヴィルヘルムは手のひらを差し出した。今度は挨拶のためではなく、エスコートするために伸べられたものだ。
ローウェルたちがいなくなっても、突き刺さる視線はまだ痛い。だが、わざわざ舞踏会の場で晒し者になり続ける趣味はアシュリーにはない。今だけだと言い聞かせながら、差し伸べられた手を取った。
指先を包むように握られて、とくりと胸が高鳴る。
「この場にいては少し……居心地が悪い。しばらく中庭に出ませんか」
「は、い、ありがとうございます」
ヴィルヘルムのその提案は有り難く、アシュリーは頷いてお礼を口にする。
鋭い視線と、明らかに自分のことを指しているだろう口さがない噂話を気付いていないふりをしてアシュリーはヴィルヘルムに手を引かれ、大広間を後にした。
「……このような場所はあまり好きではありませんか?」
中庭に出ると、所々に男女の姿が見えるぐらいで賑やかさはすっかり落ち着いている。アシュリーがほっと一息を吐いたところで、ヴィルヘルムがそう口にした。
どう返事をすればいいのか迷ったが、アシュリーは正直に首を縦に振る。
今の自分はアシュリー・マクブライドではなく、シェリー・ダンフォードなのだと言い聞かせて、演じる貴族令嬢像を壊さないように言い聞かせた。
「流行にも疎いですし、周りも美しくて可愛らしい方々ばかりなのでどのような話をすればいいのかわからなくて、気後れしてしまうんです。ですから苦手で……」
「気後れする必要など、ないように思いますが。……私には他の誰よりもあなたが美しく見えた。あなたを連れてここに来たローウェルのことを、羨ましく感じるぐらいに」
思わず伏せていた視線を上げると、僅かに目尻を赤く染めたヴィルヘルムと目が合う。気恥ずかしげな様子だけれどヴィルヘルムが視線を逸らすことはなく、耐え切れなくなったアシュリーの方が先に目を逸らしてしまった。
──社交辞令だとわかってても、心臓に悪い……っ!
心臓がどくどくうるさいし、夜風に当たっていても頬に熱が集まっていることは誤魔化せない。繋がれた指先から、密着した体から、ヴィルヘルムの温もりが伝わってきて、より一層落ち着かない気持ちになる。
「ライ……ヴィ、ルヘルム様にそんなふうに言って頂けるなんて光栄です。ありがとうございます」
危うくいつもの呼び方を口にしかけて、慌てて名前で呼ぶ。緊張して、うまく笑みが浮かべられない。
笑みが、引き吊ってはいないだろうか。そんな不安が頭を過ぎるけれど、アシュリーにできることは、浮かべた笑みがヴィルヘルムにとって見苦しく見えませんようにと祈ることだけだった。
0
お気に入りに追加
3,412
あなたにおすすめの小説
我慢できない王弟殿下の悦楽授業。
玉菜
恋愛
侯爵令嬢で王太子妃候補筆頭、アデリーゼ・バルドウィンには魔力がない。しかしそれはこの世界では個性のようなものであり、その立場を揺るがすものでもない。それよりも、目の前に迫る閨教育の方が問題だった。
王室から遣わされた教師はなんと、王弟殿下のレオナルド・フェラー公爵だったのである。妙齢ながら未婚で、夜の騎士などとの噂も実しやかに流されている。その彼の別邸で、濃密な10日間の閨教育が始まろうとしていた。
※「Lesson」:※ ←R回です。苦手な方及び18歳以下の方はご遠慮ください
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
従者♂といかがわしいことをしていたもふもふ獣人辺境伯の夫に離縁を申し出たら何故か溺愛されました
甘酒
恋愛
中流貴族の令嬢であるイズ・ベルラインは、行き遅れであることにコンプレックスを抱いていたが、運良く辺境伯のラーファ・ダルク・エストとの婚姻が決まる。
互いにほぼ面識のない状態での結婚だったが、ラーファはイヌ科の獣人で、犬耳とふわふわの巻き尻尾にイズは魅了される。
しかし、イズは初夜でラーファの機嫌を損ねてしまい、それ以降ずっと夜の営みがない日々を過ごす。
辺境伯の夫人となり、可愛らしいもふもふを眺めていられるだけでも充分だ、とイズは自分に言い聞かせるが、ある日衝撃的な現場を目撃してしまい……。
生真面目なもふもふイヌ科獣人辺境伯×もふもふ大好き令嬢のすれ違い溺愛ラブストーリーです。
※こんなタイトルですがBL要素はありません。
※性的描写を含む部分には★が付きます。
【完結】大学で人気の爽やかイケメンはヤンデレ気味のストーカーでした
あさリ23
恋愛
大学で人気の爽やかイケメンはなぜか私によく話しかけてくる。
しまいにはバイト先の常連になってるし、専属になって欲しいとお金をチラつかせて誘ってきた。
お金が欲しくて考えなしに了承したのが、最後。
私は用意されていた蜘蛛の糸にまんまと引っかかった。
【この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません】
ーーーーー
小説家になろうで投稿している短編です。あちらでブックマークが多かった作品をこちらで投稿しました。
内容は題名通りなのですが、作者的にもヒーローがやっちゃいけない一線を超えてんなぁと思っています。
ヤンデレ?サイコ?イケメンでも怖いよ。が
作者の感想です|ω・`)
また場面で名前が変わるので気を付けてください
義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる