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第二章

(03)

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 向かいにローウェルが腰掛ける。まさか二人きりかとぎくりとしたが、ローウェルのあとにひとりの侍女が乗ってきて、胸を撫で下ろした。
 宜しくお願い致しますと挨拶をされて、こちらこそと返した言葉は上擦ってはいなかっただろうか。
 ──さっき思いっきり足踏んだから二人きりは拙いなと思ってたけど、ふたりじゃなくて良かった……!
 アシュリーは端から襲われる心配はしていない。お互いに、同士以上の感情を抱いてはいないからだ。彼女が恐ろしいのはただひとつ、先ほど足を踏んだことに対しての報復がどんなものであるのかと言うことだけだった。
 馬車がゆっくりと走り出し、来たときと同じ道を進む。だがすっかり日は暮れていて、空には藍色が広がっている。
 ローウェルもアシュリーも話題があれば話をするが、話題が途切れれば喋らなくなる。三番目に乗り込んだ侍女も緊張しているのか口は開かない。馬車の中はすっかり静まり返っていた。
 どれくらい走らせていたのか。喧噪と、鮮やかな灯りが窓から入り込んでくる。
 舞踏会なんて、どれくらいぶりだろう。成人した年に何度か参加したのは覚えているが、そのあとの記憶はない。
 そう考えると、だんだんと不安になってくる。貴族の娘としての嗜みは、まだきちんと覚えているだろうか。緊張で胃がしくしくと痛み、頭痛が苛んでくる。

「大丈夫?」

 ため息を吐きたくなるのを堪え、額を押さえていると、頭上から声が降ってきた。反射的に頭を上げると、頬杖を付いて窓の外を見ていたはずのローウェルが、アシュリーを見下ろしていた。

「初めてお会いすることになる方々ばかりかと思うと、緊張してしまって……ですが、ローウェルお兄様のお顔は潰さないようには、努めたいと思います」
「真面目なのは君の良いところだけど、そこまで肩肘張ったら美味しいものも美味しくないし、楽しいことも楽しめないよ」
「そう、ですが」
「それにもしかしたら、運命の出会いって奴があるかもしれないしね。女の子ってそういうの好きでしょ」

 上司の口から似合わない言葉が出てきたものだから、アシュリーは思わず笑ってしまう。慰めなのか、それともからかいで口にしているのかはわからないが、その言葉にほんの少しだけ緊張が綻んだ気がした。
 だがアシュリーはわかっていた。仮に今夜《運命の出会い》とやらがあったとしても、それはシェリー・ダンフォードにもたらされた縁であり、けしてアシュリー・マクブライドと交わるものでないのだということを。
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