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第一章

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 アシュリーの態度が変わったことに気付いたヴィルヘルムが、その形のいい眉を歪ませた。

「アシュリー嬢?」
「申し訳ございません。ラインフェルト副団長は、急ぎのご用だったのですよね。わたしの話は終わりましたので、これにて失礼致します」
「いや、急ぎという程ではないが」
「ですがどちらにしても、そろそろ仕事に戻るべきだと思っていたので……構いませんか、館長」
「いーよ」

 どことなく楽しそうな返事が返ってきて、アシュリーは不安を覚える。こういうときの上司は、絶対に何かよからぬことを考えている。
 ヴィルヘルムに飛び火しませんようにと祈っていると、「あ、そうそう」とローウェルは言葉を付け加えた。

「招待状のこと、忘れないでね。当日ボクに無断で帰ったりしたら、優秀なアシュリーちゃんならどうなるかわかるでしょ?」
「えっ」

 すっかり逸れたと思い、安堵していた話を再び切り出されて、アシュリーはつい呆けた声を出してしまった。
 口角を上げて、ひどく楽しそうな口調でローウェルは続ける。

「ボクのお願いだし、用意は全部こっちでするから安心して?」
「か、館長、わたし行くとは言ってな……」
「アシュリーちゃんに似合うドレスを用意しておくから、大船に乗った気でいてよ」
「ドレス……?」

 ローウェルの言葉に、ヴィルヘルムが怪訝そうな顔をする。
 当たり前だ。ドレスなんて普通、ただの部下には贈らない。何か関係があるのではと邪推されてもおかしくはないだろう。
 だが、アシュリーがこれは仕事の話で、と説明する前に、ローウェルはアシュリーの背中を押して、扉の方へ連れて行く。
 ──今日の上司は、どこか変だ。わざと、口を滑らせているような気が。

「……あと、やっぱり考えすぎは良くないね。さっきの話、受けた方が意外に幸せになるかもしれないよ。──それじゃあ仕事頑張って」

 アシュリーを扉の外へと追い出し、ローウェルはそう言って扉を閉めてしまった。
 直後、室内からヴィルヘルムの「どういうことだ!」という低い声が聞こえてきて、アシュリーは思わず肩を揺らしてしまう。続く声は潜められてしまい聞こえないが、これは絶対誤解されただろうなと、アシュリーはため息を吐く。
 この流れだと、話をされた舞踏会の件も行かざるを得ないだろう。マイペースな上司の中では、アシュリーはすでに同伴者だ。
 豪華な食事と臨時収入に期待して、それを報酬にここは腹を括るしかない。結局婚約の話も解決せず、気が重くなる要因がひとつ増えただけだった。

「……仕事、戻ろう」

 このもやもやを発散できるような何かがあれば良かったが、さすがに慣れない賭け事にお金を使うのは非生産的だ。それに今は就業時間中で、だったら今から手を付ける仕事に没頭した方がよっぽど生産的だ。
 そう考えて、結果アシュリーは今日も仕事に逃げることにした。
 ローウェルに押し付けられた舞踏会の招待状を、仕事着のポケットに押し込む。
 顔馴染みの研究員に帰ることを伝えて、アシュリーは研究室を後にした。
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