転生令嬢は騎士からの愛に気付かない

上原緒弥

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第一章

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 彼女のその反応に安心したのか、ヴィルヘルムは一旦は安堵の息を漏らす。だが、別のことが気になったようで、彼は再びアシュリーに問いかけてきた。

「だが最近残業が多いとは、どういうことだ? 図書館は毎日定刻に閉館しているはずだろう?」
「それは、その……」

 向けられる紫色の瞳には、疑問だけがただ浮かんでいる。まさか私事で、仕事が停滞してしまっていて残業になっていますだなんてこの人に言えば、何と言われるか。
 考えて、思わず嫌な予感が頭を過ぎる。仕事に私事を持ち込むなと説教されてしまう。インドア派のアシュリーに、騎士団の鍛錬並の説教は辛い。
 そんなアシュリーに救いの手を伸べてくれたのは、ローウェルだった。

「部下個人のプライベートな話だから、管轄の違うヴィルヘルムには秘密」

 ローウェルに視線をやったヴィルヘルムの眉がひくりと動く。それから彼は、深い深いため息を吐いた。

「……アシュリー嬢」
「は、い」
「もし何かあれば、ローウェルではなく俺のところに来るといい」
「い、いえ、ラインフェルト副団長にそこまでご迷惑を掛けるわけには……」
「構わない。あなたの話を聞くぐらいの時間ならば取れる。──あなたが身体を壊しでもした方が、余程心配だ」

 え、と頭を上げると、真っ直ぐな眼差しと目が合った。
 どくん、と胸が高鳴る。こんな思わせぶりなことを言われたら、彼に想いを寄せている女性ならば、自分には気があるのだろうときっと思う。
 厳しいと言われているが、庇護する対象に対してはヴィルヘルムは優しい。アシュリーへの言葉も、騎士として、守る対象だから言ってくれているのだろう。
 挨拶や軽い世間話程度はするけれど、ヴィルヘルムは騎士団の副団長で、アシュリーは図書館の司書。それ以上の関係はない。
 同じようなことで困っている女性がいたら、ヴィルヘルムはその人にも同じ言葉を掛けるはずだ。
 だから、万が一にも何もないし、僅かに軋む胸の痛みは、けして彼に関することではない。アシュリーは自分にそう言い聞かせ、微笑みを作った。

「ラインフェルト副団長、ありがとうございます。お言葉に甘えて、もし何かあったときは、ご相談させてください」
「っああ、……待っている」

 ヴィルヘルムの口元が僅かに緩む。その表情に、アシュリーは目を奪われる。同時に、こんなに可愛らしく笑える人だったのかと驚いた。
 千切れそうなぐらいに左右に揺れる犬の尻尾が一瞬見えた気がしたが、疲れているのかもしれないと頭を押さえると、次の瞬間にその幻覚は消えていた。

「もしやどこか具合でも、」
「い、いえ、大丈夫です。ご心配をお掛けして、申し訳ございません」

 アシュリーは慌てて首を横に振った。そしてはっと思い出す。ヴィルヘルムは、この部屋の主に用があって、ここに来たのではなかったか。ともすると、もしかして自分は邪魔者なのでは?
 そもそも、急ぎの案件だからこそヴィルヘルムは飛び込むようにこの部屋に入ってきたのではなかったか。先ほどの彼の様子を思い出して、アシュリーは自身のことで迷惑を掛けている問題ではないと慌てた。
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