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第一章
(07)
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ローウェルの発言に身の危険を感じたアシュリーは、周囲を見回して逃げ道がないかを探す。
室長室は研究室の何代か前の室長に逃亡癖があったらしく、他の研究員が働いている場所からでも姿が見えるように壁の一部が硝子張りになっている。それは意に添わない行為をされた場合でもすぐに研究員が助けに入れると言うことだ。
けして逃げることができないわけではない。扉は閉ざされているが、シラを通しきって逃げ出せば、上司は追ってこないだろう。ただし、間違いなくそのあとに何らかの方法で自白薬を飲まされるところまでがセットになるのは目に見えているけれど。
必死に脳味噌を働かせて、この状況を打破する方法を考える。前髪に隠れていて見えないが、その下ではアシュリーがどんな反応をするのか、楽しげな瞳をしていることだけは伺い知れた。
「……せ、んじつ頂いた休暇に、実家に帰ったのですが」
考えても悪い結果しか思い浮かばず、アシュリーは観念して話してしまうことにした。考えてみれば部下とは言え田舎の男爵家の婚約事情など、ローウェルにとってはどうでもいいことだろう。
「父から、婚約の話が来ていると言われまして」
「ふうん、とうとうアシュリーちゃんも人妻なんだね」
「勝手に人妻にしないでください。わたしは結婚する予定はありません」
「だってそこまで思い悩むってことは、断れない相手なんでしょ」
「そうなんですけど……!」
がっくりと肩を落としながら、アシュリーは上司の言葉に頷く。
「話が出来過ぎてて逆に不安になるというか……田舎の男爵家の、貴族の枠からはみ出ている娘に来る縁談にしては、良縁過ぎて怪しくて」
「前々から思ってたけど、アシュリーちゃんって自己評価本当に低いよね。おまけに拗らせてるし」
「うぐっ……」
図星に刺さり、思わずアシュリーは小さく唸り声を上げてしまった。
そんなアシュリーの様子を、相変わらず面白い反応をするなあと思いながらローウェルは見下ろす。そしてふと、彼は視線を硝子の外に走らせた。
視線の先には、ひとりの青年が白衣を着た研究員に話しかけている姿がある。青年がその身に纏っているのは、この国を守る騎士の証である制服だ。
彼の姿を目にして、ローウェルは面白そうに口角を上げた。
俯いているアシュリーに見えなかったのは、果たして幸だったのか不幸だったのか。
「そこまで邪推しなくてもいいと思うけどな。相手が誰なのかは教えて貰った?」
「いえ……怖くて肖像画も、見られなくて」
「だったら、どこの家から婚約を申し込まれているか知ったら考えも変わるかもよ。爵位が上だって言うなら、相手があの《ヴィルヘルム・ラインフェルト》でもおかしくないわけでしょ」
上司の口から出てきた名前に、アシュリーは一瞬瞳を揺らした。
室長室は研究室の何代か前の室長に逃亡癖があったらしく、他の研究員が働いている場所からでも姿が見えるように壁の一部が硝子張りになっている。それは意に添わない行為をされた場合でもすぐに研究員が助けに入れると言うことだ。
けして逃げることができないわけではない。扉は閉ざされているが、シラを通しきって逃げ出せば、上司は追ってこないだろう。ただし、間違いなくそのあとに何らかの方法で自白薬を飲まされるところまでがセットになるのは目に見えているけれど。
必死に脳味噌を働かせて、この状況を打破する方法を考える。前髪に隠れていて見えないが、その下ではアシュリーがどんな反応をするのか、楽しげな瞳をしていることだけは伺い知れた。
「……せ、んじつ頂いた休暇に、実家に帰ったのですが」
考えても悪い結果しか思い浮かばず、アシュリーは観念して話してしまうことにした。考えてみれば部下とは言え田舎の男爵家の婚約事情など、ローウェルにとってはどうでもいいことだろう。
「父から、婚約の話が来ていると言われまして」
「ふうん、とうとうアシュリーちゃんも人妻なんだね」
「勝手に人妻にしないでください。わたしは結婚する予定はありません」
「だってそこまで思い悩むってことは、断れない相手なんでしょ」
「そうなんですけど……!」
がっくりと肩を落としながら、アシュリーは上司の言葉に頷く。
「話が出来過ぎてて逆に不安になるというか……田舎の男爵家の、貴族の枠からはみ出ている娘に来る縁談にしては、良縁過ぎて怪しくて」
「前々から思ってたけど、アシュリーちゃんって自己評価本当に低いよね。おまけに拗らせてるし」
「うぐっ……」
図星に刺さり、思わずアシュリーは小さく唸り声を上げてしまった。
そんなアシュリーの様子を、相変わらず面白い反応をするなあと思いながらローウェルは見下ろす。そしてふと、彼は視線を硝子の外に走らせた。
視線の先には、ひとりの青年が白衣を着た研究員に話しかけている姿がある。青年がその身に纏っているのは、この国を守る騎士の証である制服だ。
彼の姿を目にして、ローウェルは面白そうに口角を上げた。
俯いているアシュリーに見えなかったのは、果たして幸だったのか不幸だったのか。
「そこまで邪推しなくてもいいと思うけどな。相手が誰なのかは教えて貰った?」
「いえ……怖くて肖像画も、見られなくて」
「だったら、どこの家から婚約を申し込まれているか知ったら考えも変わるかもよ。爵位が上だって言うなら、相手があの《ヴィルヘルム・ラインフェルト》でもおかしくないわけでしょ」
上司の口から出てきた名前に、アシュリーは一瞬瞳を揺らした。
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