3 / 64
第一章
(02)
しおりを挟む
そんな考えをしてしまうアシュリーが異質なのだと言うことは、本人もよくわかっていた。アシュリーが今のアシュリーでなければ、家を出て城勤めをすることもなく、政略結婚とは言え、しかるべきときに嫁いでいただろう。
だが、彼女は純粋な貴族の令嬢ではなかった。
幼いころに些細なことがきっかけで思い出した《前世》の自分の記憶。アシュリーの《前世》は貴族の令嬢などとは縁遠い、日本という国で生きた、ごく普通の会社員だった。
普通の一般家庭に育ち、小中と通い、高校、大学へと進学した。卒業後は地元の中小企業に就職した。事務職だったが、何かと他部署からのちまちまとした仕事が回ってくる部署で、常に慌ただしくしていた記憶しかない。
それがどうして転生し、新しい生を生きることになったのかはわからないが、まさかこんなマンガや小説のような出来事が自分に降りかかるなんて思ってもみなかった。
頭の中に流れ込んでくる《前世》の記憶を処理するには、幼子の頭では限界がある。案の定、頭の容量が一杯になったアシュリーはそれからしばらく熱を出して寝込んだ。
幸いにも命に関わることはなく、後遺症もなく済んだが、改めてこの世界の貴族について理解した彼女は、ある項目で頭を抱えた。
──愛人ありきの結婚生活なんて、耐えられない……!
貴族の結婚は政略結婚が主流で、女性は家のために嫁ぐものだった。アシュリーもそこに抵抗はなく、ただ願わくば愛し合えなくとも好意を持てる相手であればいいなとは思っていた。
だが、参加した茶会で聞いた話で、愛人の存在を耳にするまで、アシュリーはすっかりそのことを失念していた。この世界の貴族の結婚は、寧ろ妻ではない、夫ではないパートナーがいる方が多かった。
アシュリーの両親は元々幼なじみで政略結婚とは名ばかりの恋愛結婚だったが、貴族夫婦は必ずしもそれが常ではない。
一夫一妻が当たり前だった世界で生きていた記憶があるアシュリーに、そんな結婚はきっと耐えられない。
どうしたら結婚を避けられるか。
考えて思い浮かんだのは、前世と同様に仕事漬けになる日々を送ることだった。
幸いにも、記憶を取り戻す前のアシュリーは人見知りが激しく、両親の陰に隠れて喋らない人形のような娘だった。それが記憶を取り戻した途端に生き生きとし始め、活発的になったことに両親は喜んでいる。
結婚をしたくないからとは言えないが、職に就きたかったから苦手なものを克服したのですとでも言えば、両親もある程度は甘い目で見てくれるはずだ。
そうと決まれば、アシュリーの動きは早かった。女性でも就ける仕事を拾い上げてその中から条件に当てはまるものだけを抜き出す。
第一に、結婚が縁遠くなること。そしてせっかく職に就けても、家にいたら結婚の呪縛からは逃れられない。だから第二に、家を出られること。
女性が活躍できる、とまでは求めないが、ある程度女性にも昇級できるようなチャンスのあるような職場であれば、尚良い。
そうやって考え抜いた末、アシュリーは城中にある王立図書館に勤める司書という職に目を付けた。
だが、彼女は純粋な貴族の令嬢ではなかった。
幼いころに些細なことがきっかけで思い出した《前世》の自分の記憶。アシュリーの《前世》は貴族の令嬢などとは縁遠い、日本という国で生きた、ごく普通の会社員だった。
普通の一般家庭に育ち、小中と通い、高校、大学へと進学した。卒業後は地元の中小企業に就職した。事務職だったが、何かと他部署からのちまちまとした仕事が回ってくる部署で、常に慌ただしくしていた記憶しかない。
それがどうして転生し、新しい生を生きることになったのかはわからないが、まさかこんなマンガや小説のような出来事が自分に降りかかるなんて思ってもみなかった。
頭の中に流れ込んでくる《前世》の記憶を処理するには、幼子の頭では限界がある。案の定、頭の容量が一杯になったアシュリーはそれからしばらく熱を出して寝込んだ。
幸いにも命に関わることはなく、後遺症もなく済んだが、改めてこの世界の貴族について理解した彼女は、ある項目で頭を抱えた。
──愛人ありきの結婚生活なんて、耐えられない……!
貴族の結婚は政略結婚が主流で、女性は家のために嫁ぐものだった。アシュリーもそこに抵抗はなく、ただ願わくば愛し合えなくとも好意を持てる相手であればいいなとは思っていた。
だが、参加した茶会で聞いた話で、愛人の存在を耳にするまで、アシュリーはすっかりそのことを失念していた。この世界の貴族の結婚は、寧ろ妻ではない、夫ではないパートナーがいる方が多かった。
アシュリーの両親は元々幼なじみで政略結婚とは名ばかりの恋愛結婚だったが、貴族夫婦は必ずしもそれが常ではない。
一夫一妻が当たり前だった世界で生きていた記憶があるアシュリーに、そんな結婚はきっと耐えられない。
どうしたら結婚を避けられるか。
考えて思い浮かんだのは、前世と同様に仕事漬けになる日々を送ることだった。
幸いにも、記憶を取り戻す前のアシュリーは人見知りが激しく、両親の陰に隠れて喋らない人形のような娘だった。それが記憶を取り戻した途端に生き生きとし始め、活発的になったことに両親は喜んでいる。
結婚をしたくないからとは言えないが、職に就きたかったから苦手なものを克服したのですとでも言えば、両親もある程度は甘い目で見てくれるはずだ。
そうと決まれば、アシュリーの動きは早かった。女性でも就ける仕事を拾い上げてその中から条件に当てはまるものだけを抜き出す。
第一に、結婚が縁遠くなること。そしてせっかく職に就けても、家にいたら結婚の呪縛からは逃れられない。だから第二に、家を出られること。
女性が活躍できる、とまでは求めないが、ある程度女性にも昇級できるようなチャンスのあるような職場であれば、尚良い。
そうやって考え抜いた末、アシュリーは城中にある王立図書館に勤める司書という職に目を付けた。
0
お気に入りに追加
3,411
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
獣人公爵のエスコート
ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。
将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。
軽いすれ違いです。
書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる