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第一章
(02)
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そんな考えをしてしまうアシュリーが異質なのだと言うことは、本人もよくわかっていた。アシュリーが今のアシュリーでなければ、家を出て城勤めをすることもなく、政略結婚とは言え、しかるべきときに嫁いでいただろう。
だが、彼女は純粋な貴族の令嬢ではなかった。
幼いころに些細なことがきっかけで思い出した《前世》の自分の記憶。アシュリーの《前世》は貴族の令嬢などとは縁遠い、日本という国で生きた、ごく普通の会社員だった。
普通の一般家庭に育ち、小中と通い、高校、大学へと進学した。卒業後は地元の中小企業に就職した。事務職だったが、何かと他部署からのちまちまとした仕事が回ってくる部署で、常に慌ただしくしていた記憶しかない。
それがどうして転生し、新しい生を生きることになったのかはわからないが、まさかこんなマンガや小説のような出来事が自分に降りかかるなんて思ってもみなかった。
頭の中に流れ込んでくる《前世》の記憶を処理するには、幼子の頭では限界がある。案の定、頭の容量が一杯になったアシュリーはそれからしばらく熱を出して寝込んだ。
幸いにも命に関わることはなく、後遺症もなく済んだが、改めてこの世界の貴族について理解した彼女は、ある項目で頭を抱えた。
──愛人ありきの結婚生活なんて、耐えられない……!
貴族の結婚は政略結婚が主流で、女性は家のために嫁ぐものだった。アシュリーもそこに抵抗はなく、ただ願わくば愛し合えなくとも好意を持てる相手であればいいなとは思っていた。
だが、参加した茶会で聞いた話で、愛人の存在を耳にするまで、アシュリーはすっかりそのことを失念していた。この世界の貴族の結婚は、寧ろ妻ではない、夫ではないパートナーがいる方が多かった。
アシュリーの両親は元々幼なじみで政略結婚とは名ばかりの恋愛結婚だったが、貴族夫婦は必ずしもそれが常ではない。
一夫一妻が当たり前だった世界で生きていた記憶があるアシュリーに、そんな結婚はきっと耐えられない。
どうしたら結婚を避けられるか。
考えて思い浮かんだのは、前世と同様に仕事漬けになる日々を送ることだった。
幸いにも、記憶を取り戻す前のアシュリーは人見知りが激しく、両親の陰に隠れて喋らない人形のような娘だった。それが記憶を取り戻した途端に生き生きとし始め、活発的になったことに両親は喜んでいる。
結婚をしたくないからとは言えないが、職に就きたかったから苦手なものを克服したのですとでも言えば、両親もある程度は甘い目で見てくれるはずだ。
そうと決まれば、アシュリーの動きは早かった。女性でも就ける仕事を拾い上げてその中から条件に当てはまるものだけを抜き出す。
第一に、結婚が縁遠くなること。そしてせっかく職に就けても、家にいたら結婚の呪縛からは逃れられない。だから第二に、家を出られること。
女性が活躍できる、とまでは求めないが、ある程度女性にも昇級できるようなチャンスのあるような職場であれば、尚良い。
そうやって考え抜いた末、アシュリーは城中にある王立図書館に勤める司書という職に目を付けた。
だが、彼女は純粋な貴族の令嬢ではなかった。
幼いころに些細なことがきっかけで思い出した《前世》の自分の記憶。アシュリーの《前世》は貴族の令嬢などとは縁遠い、日本という国で生きた、ごく普通の会社員だった。
普通の一般家庭に育ち、小中と通い、高校、大学へと進学した。卒業後は地元の中小企業に就職した。事務職だったが、何かと他部署からのちまちまとした仕事が回ってくる部署で、常に慌ただしくしていた記憶しかない。
それがどうして転生し、新しい生を生きることになったのかはわからないが、まさかこんなマンガや小説のような出来事が自分に降りかかるなんて思ってもみなかった。
頭の中に流れ込んでくる《前世》の記憶を処理するには、幼子の頭では限界がある。案の定、頭の容量が一杯になったアシュリーはそれからしばらく熱を出して寝込んだ。
幸いにも命に関わることはなく、後遺症もなく済んだが、改めてこの世界の貴族について理解した彼女は、ある項目で頭を抱えた。
──愛人ありきの結婚生活なんて、耐えられない……!
貴族の結婚は政略結婚が主流で、女性は家のために嫁ぐものだった。アシュリーもそこに抵抗はなく、ただ願わくば愛し合えなくとも好意を持てる相手であればいいなとは思っていた。
だが、参加した茶会で聞いた話で、愛人の存在を耳にするまで、アシュリーはすっかりそのことを失念していた。この世界の貴族の結婚は、寧ろ妻ではない、夫ではないパートナーがいる方が多かった。
アシュリーの両親は元々幼なじみで政略結婚とは名ばかりの恋愛結婚だったが、貴族夫婦は必ずしもそれが常ではない。
一夫一妻が当たり前だった世界で生きていた記憶があるアシュリーに、そんな結婚はきっと耐えられない。
どうしたら結婚を避けられるか。
考えて思い浮かんだのは、前世と同様に仕事漬けになる日々を送ることだった。
幸いにも、記憶を取り戻す前のアシュリーは人見知りが激しく、両親の陰に隠れて喋らない人形のような娘だった。それが記憶を取り戻した途端に生き生きとし始め、活発的になったことに両親は喜んでいる。
結婚をしたくないからとは言えないが、職に就きたかったから苦手なものを克服したのですとでも言えば、両親もある程度は甘い目で見てくれるはずだ。
そうと決まれば、アシュリーの動きは早かった。女性でも就ける仕事を拾い上げてその中から条件に当てはまるものだけを抜き出す。
第一に、結婚が縁遠くなること。そしてせっかく職に就けても、家にいたら結婚の呪縛からは逃れられない。だから第二に、家を出られること。
女性が活躍できる、とまでは求めないが、ある程度女性にも昇級できるようなチャンスのあるような職場であれば、尚良い。
そうやって考え抜いた末、アシュリーは城中にある王立図書館に勤める司書という職に目を付けた。
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