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第一章
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「あと半年でお前も二十一歳になる。そろそろ家に戻ってこないか」
今年の誕生日をもって二十一歳になるマクブライド男爵家令嬢アシュリーは、父のその言葉に持っていたティーカップを落としそうになった。幸いにも落とさずには済んだが、そのことは褒められてもいいだろう。繊細で美しい花柄模様の入ったこのカップを、アシュリーは気に入っていた。
だが、今はティーカップの心配をしている場合ではない。
一度瞼を伏せ、小さく呼吸をする。そしてアシュリーは伏せていた瞼を上げながら、父へと視線を向けて微笑んだ。
「……お父様、冗談にしては、面白くありません」
期待を込めて口にした言葉だったが、父は首を横に振って否定した。
「冗談ではない。私は、本気だ」
翡翠色の瞳に浮かぶ真剣な色に父が本気だと言うことがわかり、アシュリーは内心で舌打ちをする。
──そもそも、久しぶりに帰ってこないかという手紙が来たときに何やら嫌な予感はしていたのだ。その予感を信じて忙しいからと突っぱねれば良かったのに、長らく帰っていないからと正直に帰郷した自分の軽率さをアシュリーは恨んだ。
帰ってこなければ、今頃はこんな憂鬱な気持ちにならずに済んだだろうにと思わずにはいられなかった。
『そろそろ家に戻ってこないか』
その言葉を、文字通りの意味で捉えられれば良かったが、そう簡単にはいかないのが貴族に生まれた娘の定めだ。例え歴史だけは長い、田舎の小さな領地を統べる貴族の令嬢だとしても、代わりはない。
父の言葉はすなわち、仕事を辞め家に戻り、男爵家の令嬢として嫁げ、という意味だった。
恐らく母も様子を伺ってくる弟も、同じことを思っていたのだろう。父の言葉に反論する声は聞こえない。
湧き上がる感情が爆発しないように必死に抑え込み、アシュリーは手に持っていたカップを口に運んだ。
だがさっきまでは美味しいと感じていた紅茶は、ひどく味気なく感じた。静寂の広がるダイニングに、古めかしい壁掛け時計の針が厭に大きく響く。
はあ、と息をひとつ吐いて、アシュリーは口を開いた。
「……お言葉ですがお父様、戻ってきて、相手もいないのにどこへ行けと言うのです。自分で言うのも悲しいですが、わたしを貰ってくれるなどという奇特な方は、もういないと思います」
ふたりには申し訳ないが、事実なのだから仕方ない。
この世界では十六歳で成人と見なされ、遅くとも二十歳までには結婚する。
成人した当初はこんな田舎の男爵令嬢でも貰い手はあったが、アシュリーが城勤めをしていると知るとその話はなかったことになり、そして行き遅れと言われるような年になった今、そう言った便りはほとんどない。
それでも行き遅れに片足をかけ始めたころには、妾や後妻にという話ならいくつかは来ていたのだ。だがそれもどうしようと頭を悩ませている間になくなり、気付けば来なくなっていた。
すでに片足を掛けるどころか、アシュリーは立派な行き遅れだ。跡継ぎは弟がいるし、このままで行けば、両親も結婚を諦めてくれるだろう。寂しいときもあるが、ひとりには慣れている。
その日を指折り数えて──と言ったらオーバーかもしれないが──待っていたのに、ここに来て結婚だなんて、たまったものではない。
今年の誕生日をもって二十一歳になるマクブライド男爵家令嬢アシュリーは、父のその言葉に持っていたティーカップを落としそうになった。幸いにも落とさずには済んだが、そのことは褒められてもいいだろう。繊細で美しい花柄模様の入ったこのカップを、アシュリーは気に入っていた。
だが、今はティーカップの心配をしている場合ではない。
一度瞼を伏せ、小さく呼吸をする。そしてアシュリーは伏せていた瞼を上げながら、父へと視線を向けて微笑んだ。
「……お父様、冗談にしては、面白くありません」
期待を込めて口にした言葉だったが、父は首を横に振って否定した。
「冗談ではない。私は、本気だ」
翡翠色の瞳に浮かぶ真剣な色に父が本気だと言うことがわかり、アシュリーは内心で舌打ちをする。
──そもそも、久しぶりに帰ってこないかという手紙が来たときに何やら嫌な予感はしていたのだ。その予感を信じて忙しいからと突っぱねれば良かったのに、長らく帰っていないからと正直に帰郷した自分の軽率さをアシュリーは恨んだ。
帰ってこなければ、今頃はこんな憂鬱な気持ちにならずに済んだだろうにと思わずにはいられなかった。
『そろそろ家に戻ってこないか』
その言葉を、文字通りの意味で捉えられれば良かったが、そう簡単にはいかないのが貴族に生まれた娘の定めだ。例え歴史だけは長い、田舎の小さな領地を統べる貴族の令嬢だとしても、代わりはない。
父の言葉はすなわち、仕事を辞め家に戻り、男爵家の令嬢として嫁げ、という意味だった。
恐らく母も様子を伺ってくる弟も、同じことを思っていたのだろう。父の言葉に反論する声は聞こえない。
湧き上がる感情が爆発しないように必死に抑え込み、アシュリーは手に持っていたカップを口に運んだ。
だがさっきまでは美味しいと感じていた紅茶は、ひどく味気なく感じた。静寂の広がるダイニングに、古めかしい壁掛け時計の針が厭に大きく響く。
はあ、と息をひとつ吐いて、アシュリーは口を開いた。
「……お言葉ですがお父様、戻ってきて、相手もいないのにどこへ行けと言うのです。自分で言うのも悲しいですが、わたしを貰ってくれるなどという奇特な方は、もういないと思います」
ふたりには申し訳ないが、事実なのだから仕方ない。
この世界では十六歳で成人と見なされ、遅くとも二十歳までには結婚する。
成人した当初はこんな田舎の男爵令嬢でも貰い手はあったが、アシュリーが城勤めをしていると知るとその話はなかったことになり、そして行き遅れと言われるような年になった今、そう言った便りはほとんどない。
それでも行き遅れに片足をかけ始めたころには、妾や後妻にという話ならいくつかは来ていたのだ。だがそれもどうしようと頭を悩ませている間になくなり、気付けば来なくなっていた。
すでに片足を掛けるどころか、アシュリーは立派な行き遅れだ。跡継ぎは弟がいるし、このままで行けば、両親も結婚を諦めてくれるだろう。寂しいときもあるが、ひとりには慣れている。
その日を指折り数えて──と言ったらオーバーかもしれないが──待っていたのに、ここに来て結婚だなんて、たまったものではない。
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