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44.失恋
しおりを挟む――苦しい。
――苦しい。
『――誠(あの人)がいない現実に何の意味があるの!?』
いつか言っていた京子の言葉。初めて京子の気持を理解することが出来た……
地に足を着くのを忘れてしまったように、自分の世界がバラバラに崩れて行くかのように……心が崩れそうだった。
いつも見惚れていたあの髪に……頬に、唇に、体に触れることは、もう叶わないのだ。
目を閉じれば鮮明に思い出すことが出来る京子あいつの姿……
どうしようもない程、惚れていることに自分でも止めることができなくて……
体だけでもいい……とさえ、願った……
「…………」
俺が京子を想うように、京子も誠あいつを想っていて……
「…………」
忘れられない……全て……
「…………女々しい奴……」
自分を見失うとはこういう事なのかもしれない……
何も考えられない。
どうでもいい。
…………
ただ、京子あいつが欲しい――
叶わない、けれど……
「…………」
そして2日間、自分の部屋に引きこもった。けれど、京子と2人で寝たベットにはとても寝られずに3日目に家を出た。親には「進路の事で考えたい」と言い残し、沖縄の叔父の別荘に泊まり行った。
叔父は画家で仕事柄、気候の美しい沖縄や北海道と言った場所に別荘を持っていてよく俺も遊びに行った。今回もまた来たのかと言う感じで迎えてくれた。
1年ぶりに来た叔父の別荘は相変わらず、物で溢れていた。スケッチブックと油絵と額でいっぱいだった。懐かしい絵の具の匂い……
目に付いたのは髪の長い1人の少女の絵だった。
最近は人物画を書いているのか、構図の違う同じ少女の絵が数枚置いてあったのだ。
少し儚げな感じが京子に似ていたから目に付いたのかもしれない……
「お前……失恋でもしたのか……?」
「……」
「この時期に来るのは珍しいとは思ったが……図星か」
「……」
叔父は感が良い。というより職業柄なのだろうか、人を観察し見抜く事に長けていた。
「クスッ……ま、気分転換にはここはいいだろう」
11月だというのに、同じ日本とは思えないほどの温かさ……綺麗な海、白い砂浜、ヤシの木に南国の気候……ここは、少しだけ現実から逃避できるような場所だった。
叔父はそれから何も聞かなかった。俺も何も言わなかった。
毎日、叔父は描き途中の作品に取り掛かる。俺は少しだけ眺めてアトリエから出ていく。
何度も沖縄ここに来ている俺にとって、出歩くのに困る事はなかった。
海の前の道路を、行く宛もなくただ歩いた。時折、ストレートの長い髪の女を見かけるとドキリとして胸が締め付けられた。
ここの女性は皆、日に焼け、小麦色の肌が多い。それでも時折、観光客なのか白い肌のストレートの黒髪をした女を見かけるとありえない妄想に取りつかれた。
コンビニに立ち寄った時の事だ。ストレートの長い髪にドキリときて、見入ってしまった。
「………絵の女…?」
向こうは大きな目をパチクリとして俺を見た。
「あんた誰……?」
なんて言うのだろう。
背は165cm位だろうか、背は高く細身で小麦色の肌。やや茶髪でスーっと通った鼻筋にパッチリ目の美少女だった。
「何で絵の事知ってるの……?」
「……」
真剣な表情で聞いて来た。
他人に見られたくなかったのだろうか?
「……孝こう叔父の家で……」
「叔父?」
「……なんだ、そっか。親戚の子ね……」
「……」
「よかったわ。私、これから孝さんの家に行く予定だったの。一緒に行きましょう」
断ろうと思ったが、強引に腕を組まれ逃げられなくなってしまった。
彼女は室伏優むろふしゆう19歳、大学1年生と言った。
叔父の絵のモデルになっているらしい。
「なんだ明……優と仲良くなったのか?」
「ええそうよ。コンビニでナンパされたの」
「なっ何言ってんだよ!」
「あら、声かけてきたのはそっちでしょ」
「絵の女だって言っただけじゃねーか」
「同じことよ」
優は、絵の印象とはまるで違った。儚さとは無縁というような明るく豪快な感じの女だった。
すっかり優に打ち解けた俺は思ったことを素直に言ってしまう。
「なあ、孝叔父……優の絵だけどさ……似てねーよ」
俺は思い切って言ってみた。
「似てないか……まあ、似顔絵じゃないからな……」
「……?」
「お前には優はどんな風に見えるんだ……?」
「……明るくて、豪快な感じ?」
「そうか…………俺には、こんな風に見えるんだけどな」
「……」
叔父が笑う。
何か不思議な感じがした。
数枚の絵……
自分にはまだ分からない世界……
その絵の中の……叔父と優の世界……
思わず、マジマジと見てしまう。
優は叔父にはこういう表情をするのか。
叔父は優の事をこういう風に見ているのか……と。
2人の親密さが伺える。
そして、なぜか俺は近くにあった布の被さった絵が気になり布を取って描き途中の絵を見てしまった。
「!」
どくんと胸が鳴った。
それは優の裸体が描かれていた。
正確には岩陰に裸で座っている優の絵だった。
とても美しく普段の優とは想像もつかないほどだった。
「こら!」
突然、後ろから怒鳴られる。
「これはまだ製作途中だよ。だから布を被せていたのに駄目じゃないか」
叔父が声を荒げるのを初めて聞いた。
胸が鳴る。
もしかして……
「叔父さん……優と付き合ってんの?」
間が途切れた。叔父が間の抜けた表情をする。
「……はははははっは、何を言うかと思えば」
「……」
「……まさか……彼女は、まだ子どもだよ……」
そうだろうか。
この絵を見て……そう言えるだろうか……?
「子どもには……見えねーけど」
「……明?」
何か……モヤモヤとした感じがした。
スッキリとしないのが気持ち悪くて、優に会いに行った。
コンビニのバイトが終わるのを待って二人で海岸線を歩く。
「お前……なんで裸なんて描いてもらってんだ?」
「……!」
「……」
「見たんだ……孝さんには誰にも見せないでねって言ったのに」
「俺が……勝手に見つけたんだよ」
「…………エッチ」
「~~」
「見られちゃったんじゃーしょうがないか……」
「……」
「……私ね、孝さんの事……好きなんだ」
「……」
「あれー! 驚かないんだ?」
「……」
「好きだから、描いてもらいたかったの。私の全て……」
「……」
「うん。誘惑したかったのかも、しれない……ね」
「孝叔父は優より18歳も年上だぞ」
「うん、知ってるよ。だって、孝さんてオジさんって感じしないのよ」
「まあ……確かに見た目もかなり若いとは思う……けど」
「いいの。わかってる。私の事なんて子どもにしか思ってないよね……だから、かな。あの絵が描き終わる頃、告白しようって思ってるんだ」
「……」
「裸でね……「抱いてください」って誘おうって思ってる。それで……私の誘いにのったらいいけど、のらなかったら諦めるつもり……」
ずっと真っ直ぐ海を見ていた優がこちらを向いてにっこり微笑む。
綺麗な笑顔だった。
「チュ」
突然、何を思ったのか、優が接吻キスをして来た。
ペロリと上唇と下唇とを舐められて……
「ん……ふ」
「っ!」
驚く間もなく離れて……
再びにっこりと微笑まれた。
「私……頑張るから……」
俺は面食らったような顔をしていただろう。
そして、思わずフッと笑ってしまった。
「頑張れ……」
*
俺は地元に戻った。
まだ切ないけれどどうにか学校には通っている。
部活で汗をかいているとその時は辛いことを忘れられた。
時々、京子を見かける。もう俺は見てはいけない……けれど、心の目で追うことくらいはまだもう少し許してくれ……
その後、優から手紙が来て、失恋したと知った。
泣きながら書いたのか、字が滲んでいた……
切なくなった。
恋は難しい……
人の心はままならない……
自分が想って、相手も想ってくれたら、それこそ奇跡だ。
京子の事を忘れるなんて出来るかわからない。
けれど、京子あいつが頑張っているのだから俺も負けてはいられない。
京子あいつの為に…………そして自分の為に……頑張ろう。
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