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5.学園
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「ねえ。選択教科決めた?」
「ううん。まだ」
京子となつきは図書委員の仕事で、昼休みに旧校舎1階の図書室に来ていた。本の貸出し返却の受付の当番なのである。二人は図書室入口中央の受付机の椅子に腰掛け、先日のオリエンテーションで説明された選択教科について話をしていた。聖徳学院は1年生から音楽、美術、書道といった芸術分野は選択教科になるのだ。1年生で選択した教科はもちろん2年生では選択できない。
「うーん。字が上手になりたいから書道か、絵書くのが好きだから美術。のどちらかかな?」
京子は書道と美術で悩んでいた。
「そっか。書道は、厳しいって噂もある生徒会顧問の磯部先生よ」
なつきは机に両肘を付き、さも面倒そうに言った。
「磯部先生は良い先生だよ」
すると、真っ直ぐで心地よい男の人の声が聞こえた。
見上げると、あの西園寺誠が目の前に立っていたのだ。
こんなに背が高かったのかと思う程の長身だった。
なつきと京子は声も出ず、誠の美しく整った顔を凝視した。その唇が僅かに動く。
「鷹匠、この本返却したいんだけど」
「……あっ、はい。……えっ?誠様、私の事覚えてて下さったのですか?」
「後輩は覚えてるよ。それに悩むなら書道においで。また僕の後輩になればいい」
「!」
京子は二人のやりとりを静かに見守った。胸の奥がチクリチクリと痛んだ。
それ以後、時間が止まったかのように、側にいるものの二人の会話は耳に入ってこなかった。
ただ、京子の目に入るのは誠の表情のみだった。
笑っているのだろうか?
でも、その瞳は笑っているようには見えなかった。
なにか冷めているような……。寂しげな……。儚げで……。わからないけど、そう感じた。
(誠様は、何を想っているのだろう?)
「…………」
「……彼女もおいで」
そう言うと、チラリと一瞬だけ誠と目が合った。
ほんの瞬く間の出来事だ。
誠は本を返却すると静かにドアを閉め、新校舎へと戻って行った。
そのドアを見つめ、京子は胸がキリリと痛んだ。
「キャー!誠様、私の事覚えてて下さるなんて、幸せ!」
なつきは、隣で黄色い声を上げ興奮気味だ。
「なつきちゃん、誠様と知り合いだったの?」
「中等部1年の時、生徒会の仕事のお手伝いをしていたの。誠様は中等部の時から会長だったから……。中等部は生徒数が少ないとは言え、まさか覚えていてもらえるなんて嬉しい」
なつきは顔を赤らめた。
「京子ちゃん、一緒に誠様の後輩になろう。書道に決まり!」
「えっ?」
「誠様も京子ちゃんも一緒にって言ってたじゃない」
「………あ…」
(そうか、それで一瞬だけ目が合ったんだ……)
そう、それが京子と誠の距離。やっと少し、近づけただけの距離だった。同じ学園という内の距離。
隣の友達とは違う距離。
京子はキリッと唇を噛締め、
もっともっとあの人に近づきたいと強く願うのだった――。
「ううん。まだ」
京子となつきは図書委員の仕事で、昼休みに旧校舎1階の図書室に来ていた。本の貸出し返却の受付の当番なのである。二人は図書室入口中央の受付机の椅子に腰掛け、先日のオリエンテーションで説明された選択教科について話をしていた。聖徳学院は1年生から音楽、美術、書道といった芸術分野は選択教科になるのだ。1年生で選択した教科はもちろん2年生では選択できない。
「うーん。字が上手になりたいから書道か、絵書くのが好きだから美術。のどちらかかな?」
京子は書道と美術で悩んでいた。
「そっか。書道は、厳しいって噂もある生徒会顧問の磯部先生よ」
なつきは机に両肘を付き、さも面倒そうに言った。
「磯部先生は良い先生だよ」
すると、真っ直ぐで心地よい男の人の声が聞こえた。
見上げると、あの西園寺誠が目の前に立っていたのだ。
こんなに背が高かったのかと思う程の長身だった。
なつきと京子は声も出ず、誠の美しく整った顔を凝視した。その唇が僅かに動く。
「鷹匠、この本返却したいんだけど」
「……あっ、はい。……えっ?誠様、私の事覚えてて下さったのですか?」
「後輩は覚えてるよ。それに悩むなら書道においで。また僕の後輩になればいい」
「!」
京子は二人のやりとりを静かに見守った。胸の奥がチクリチクリと痛んだ。
それ以後、時間が止まったかのように、側にいるものの二人の会話は耳に入ってこなかった。
ただ、京子の目に入るのは誠の表情のみだった。
笑っているのだろうか?
でも、その瞳は笑っているようには見えなかった。
なにか冷めているような……。寂しげな……。儚げで……。わからないけど、そう感じた。
(誠様は、何を想っているのだろう?)
「…………」
「……彼女もおいで」
そう言うと、チラリと一瞬だけ誠と目が合った。
ほんの瞬く間の出来事だ。
誠は本を返却すると静かにドアを閉め、新校舎へと戻って行った。
そのドアを見つめ、京子は胸がキリリと痛んだ。
「キャー!誠様、私の事覚えてて下さるなんて、幸せ!」
なつきは、隣で黄色い声を上げ興奮気味だ。
「なつきちゃん、誠様と知り合いだったの?」
「中等部1年の時、生徒会の仕事のお手伝いをしていたの。誠様は中等部の時から会長だったから……。中等部は生徒数が少ないとは言え、まさか覚えていてもらえるなんて嬉しい」
なつきは顔を赤らめた。
「京子ちゃん、一緒に誠様の後輩になろう。書道に決まり!」
「えっ?」
「誠様も京子ちゃんも一緒にって言ってたじゃない」
「………あ…」
(そうか、それで一瞬だけ目が合ったんだ……)
そう、それが京子と誠の距離。やっと少し、近づけただけの距離だった。同じ学園という内の距離。
隣の友達とは違う距離。
京子はキリッと唇を噛締め、
もっともっとあの人に近づきたいと強く願うのだった――。
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