233 / 235
Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編
1節 王国地下スラム ③
しおりを挟むちょこまか動きながら先を行く少女を、早歩きでついて行く。ミラはエイジの周りをうろちょろして町の説明をしたと思ったら、通りかかった人に花を売りに行く、と忙しない。そして、売りに行った人にぞんざいに扱われて、しょんぼりして戻ってくるまでがワンセットだ。まあ、経済的に豊かでないから花を買っている余裕などなく、当然の結果ではあるのだが、ちょっと可哀想である。
そうこうしているうちに、目的の場所にたどり着いたようだ。大通りから外れた道の行き止まりに、ひっそりとした店がある。そこには何かの葉っぱと、何かがなんかに漬けられたもの、そしてシワだらけの老婆が一人。
「おばあさん、いつものお願いします!」
「おまえさん、また来たのかね。ふん、少し待っていな」
そう言うと椅子から立ち、ブツブツ言いながら商品棚を漁り始める。だいぶ偏屈そうな婆さんだ。
「そら、いつものだ。100R」
「はい!」
「毎度。で、そこの男は何の………ッ!」
彼と目が合う。と思うと、老婆は大きく目を見開き、手に持っていた葉っぱを落とした。
「あ、あんた……何者だね…⁉︎」
老婆からは微かだが、魔力の香りがする。そして、魔術の腕前は見かけよりよほど上らしい。感づかれたか。
「ふふ、私はただの流浪の魔術師だ。ということにしておいてくれ。何もしてこなければ、何もしない。ああ、私も商品を見てもいいかな?」
「あんたにとってめぼしいものはありゃしないよ」
「いえいえ。私はだいぶ北の方から来たのでね、この辺りのものは大抵珍しく感じるのですよ」
限定的に、耳や尻尾が出ない程度に獣人の力を出して、匂いを嗅いだりして物色する。こうすることで、匂いでどのような効能があるか、本能でなんとなくわかるのだ。わからない時はたまに老婆に訊いたりして、薬効を尋ねてみるのだが、
「この薬草はね、アミダバって言ってね、風邪に効くんだよ!」
しばしばミラが答えるので驚いた。どうやらこの子は植物に詳しいらしい。もしかすれば、彼女の知識が役に立つかもしれない。
「そういえば、薬と言っていたが、そのままでいいのか?」
「ううん! この後すり潰したり、混ぜたりしてお薬を作るの!」
「自分でか?」
「そうだよ?」
「ほう。すごいんだね、キミ」
「エヘヘ!」
店を物色してめぼしいものを購入し、帰ると言うミラについて行く。帰り道はさっき来た道ではないようだ。やや入り組んだ路地に入り込んで行く。気を抜けば迷ってしまいそうだ。やはりちょこまか動くので、そもそも見失わぬよう気の抜きようがないのだが。
何度も曲がって、漸く開けた道が見えた。大通りに続いているのだろう。道が見えるなり、最後の直線を小走りで駆けていくミラだが、こちらに向かってきた男と肩がぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい!」
「チッ! 気をつけやがれ、ガキが!」
そのまま彼の横を通り抜けようとするが、その男の肩にエイジは手を置く。
「君、その手に持っているものを返しなさい」
「アァ⁉︎ 何だテメェ?」
「あの子から盗んだ袋を返せと言っている。その中身は貴様にとっては何の価値もないだろうが、この子には必要なものだ」
さっきミラがぶつかったように見えたが、そうではない。避けられるはずなのにわざとぶつかった。そして、その拍子に袋を盗んだ。
「あっ! 袋がない!」
遅れてミラも気づいたようだ。こちらに戻ってくる。
「ケッ、クソが!」
チンピラは彼の手を振り解き、奥へと逃げて行ってしまった。
「ど、どうしよう、お兄さん……」
おっ、お兄さんになったぞ。
「ここで待っていなさい。すぐ取り返してくる」
一つ角を曲がった先で、建物の屋根に飛び乗る。
どうやらチンピラは、この辺りの土地勘があるらしい。迷路をスルスルと通り抜けて行く。が、エイジはシルヴァ案内のもと、屋根伝いに上から追っているので関係ない。そして、進路に回り込んで横から突然現れてやる。
「うわっ!……クッソ、テメェ‼︎」
ぶつかった反動で尻餅をつくチンピラ。そのまま立ち上がる勢いで殴りかかってくる。だが、そんな不安定な姿勢から放つ攻撃に鋭さはなく、右手で受け流し左手で眉間に突きを打ち込む。
「これは、返してもらうぞ」
ダウンしたチンピラから袋を取り戻す。
「あっ、お兄さん!」
「はぁ、待ってろと言ったはずだ。ほら、薬草だ」
わかってはいたが、やはり落ち着きのない子のようだ。それよりも、結構離れたはずだが、すぐ追いついたことにこそ驚く
「ありがとうお兄さん! あっ……」
エイジの後ろを見たミラがビクッと震える。振り向くと、チンピラが鼻血を流しながらこちらを睨みつけている。そしてチンピラが一匹から四匹に増えている。小さな子供にとっては怖いだろう。彼の後ろで服の裾を掴みながら震えている。
「危ないから、下がっていなさい」
やや強引に引き剥がし、下がるように言う。とても怖がっている様子だが、無理もない。
「テメェ、よくも俺らの弟分を! タダで済むと思うんじゃねぇぞ!」
二人が鉄パイプを、そしてもう二人が拳で殴りかかってくる。しかし、兵士や魔族に比べて身体能力が貧弱で、戦闘訓練も積んでいないただのチンピラが、彼に敵うはずもなく。
殴りかかってくる片方の懐に飛び込んで攻撃を中断させ、鳩尾にブローを叩き込む。もう一人が頭を狙って殴りかかってくるが、お辞儀をするように頭を下げ、体を捻って後ろ蹴りを放つ。これで二人がダウン。バットのフルスイングのように振られた鉄パイプを半歩下がって避け、直後に距離を詰め顔面を殴る。最後の一人の大上段の攻撃は、避けないことにした。脳天に攻撃が直撃する。が、何も応えない。寧ろパイプの方がひしゃげるほどだ。流石に、ちょっとは痛かったけど。
「な……なんなんだ、てめえは!」
呆然としている最後の一人の顎にアッパーを決め、戦闘終了。まあ、この程度が戦闘などと生ぬるいのだが。
「すごい! お兄さんとっても強いんだね!」
「まあな。さて、今度こそ行くぞ」
頭を撫でて安心させると、背中を軽く叩いて先を促した。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
勇者(代理)のお仕事……ですよねコレ?
高菜あやめ
恋愛
実家の提灯屋を継ぐつもりだったのに、家出した兄の帰還によって居場所を失ってしまったヨリ。仕方なく職を求めて王都へやってきたら、偶然出会ったお城の王子様にスカウトされて『勇者(代理)』の仕事をすることに! 仕事仲間であるルイーズ王子の傍若無人ぶりに最初は戸惑っていたが、ある夜倒れていたルイーズを介抱したことをきっかけに次第に打ち解けていく……異世界オフィスラブ?ストーリーです。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。
朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。
そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。
だけど、他の生徒は知らないのだ。
スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。
真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。
BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。
しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。
その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる