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Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編
1節 王国地下スラム ②
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王国東岸から王都まで、その距離は百キロメートルを超える。しかし、彼らは到着するまで十分も要さなかった。それはなぜか。今や60%もの解放率を出せるエイジは、遮るものの無い直線距離であれば、音速に匹敵する速度での飛翔が可能だからである。そして昨夜周辺地理を把握していたため、最短距離での移動が可能であった。これらの要因が、このような短時間移動を可能としたのである。……寝坊など、有って無いようなものだ。
そして間も無く、街の近くまで辿り着く。しかし、まだ速度は音速ほど。急ブレーキは魔力の無駄及び自分の体に負荷が掛かるだけでなく、今は背にシルヴァがいる。少しでも負担を減らすには……王国上空を旋回しつつ、徐々に速度を落とすこと。旋回飛行は減速だけでなく、王都の規模を知る上でも重要である。三対の翼は目立つだろう、展開するのは堕天使の羽のみに絞り、王都を一周。概観を把握しつつ、本来の目的地である王都近郊南西部スラム周辺へと着地する。
「さて、ここが目的地だ。さあシルヴァ、これを」
「これは…」
手渡すは、ダメージ加工の入ったフード付きの外套である。
「このままだと、オレたちは目立つからな」
エイジも、いつもの外套から装いを変えている。そしていつぞやのように、髪と目の色を幻術で誤魔化す。
「そして、これを」
次に渡したのは__
「指輪……ですか」
「ああ。オレのつけてるこれと同じ機能を備えてる。つまりまあ、通信出来るってこった」
「……綺麗ですね」
ダイヤモンドで言えば一カラットほどの、米粒のような宝石がついた指輪だ。だが特異なのは、アレキサンドライトなど目でもない程に、まるでプリズムであるかのように見る方向によって色がさまざまに変わること。
「これは自作、試作品なんだよね。オレは自分用の魔晶石生成器を持ってるんだが、その中でも超高純度の結晶をカットして組み込んでみた」
「エイジの、魔力から……」
「……シルヴァ?」
何処かアブナイ空気を発し始めた彼女に声を掛ける。ハッとしたシルヴァは、左手の人差し指に嵌めた。
「へえ、その指に……あ、いや……知らないだろうね」
「どうかしましたか?」
「なんでも、ない」
指輪は、付ける指によって意味が変わる。そのため変な期待をしてしまったが、彼女の性格や生い立ち的に知らないだろうな、というかこの世界にそもそもないのでは、という結論に至り、言うのはやめにする。
「接続感度……良好。じゃ、行こうか」
指輪の機能を確認すると、スラムに向けて移動を開始した。
近郊は本当にスラムだ。ホームレス達がガラクタを組み合わせたモノの下に居着いており、不潔で不衛生な状況だ。フードを被っていたとしてもジロジロ見られているような気がして、正直ここには長居したくない。既に調べたところ、この辺りにめぼしいものは無いようだ。王都地下の方がもっと何かとあるだろう。
王都の地下に潜るには、北、東、南西のトンネルから地下に潜っていく必要がある。しかも、このトンネルは幅10mほどで然程広くなく、かなり傾斜がキツい。長さが450mほどのトンネルで、高低差150m以上あるのだ。傾斜20°くらいはあるだろう。流石に階段はあるが、ない箇所もかなり多い。つまり、一度行ったら戻るのは一苦労。上に出るには、貴族や一般階級の者だけが使える階段の抜け道か、エレベーター(実際は誰でも使えるが有料、しかも超高価なので貧民は実質使えない)を使うしかない。
恐ろしいほど急な坂を降り終わって地下に着く。幸い人通りが無かったので(いないもなにも、通ろうという人自体が稀)、遠慮なく魔族の身体能力で以って数秒で下れた。スラム全体は天井の岩盤、つまり王都の地盤から少し漏れ出る光によって薄明るい状態だ。
腐っても王都の地下、道路は石畳で舗装され、建物も石造のがっしりした印象を持つ。人々の格好も、地上の近郊スラムほどは貧しくない装いだ。ほとんど脱出不可能な分、上から幾らか金が回ってくるのだろう。
さて、よく考えれば、この地下街というのは歪である。上層までは、地盤の厚さを考慮しても、なんと百メートルもある。崩落しそうなものだが……この地下空洞は自然によって生み出されたものであろう。上の地盤からは鍾乳石らしきものが確認でき、地下街の各所に直径数十メートルを超える自然の柱が存在する。大地震でも起きれば一巻の終わりであろうが、この辺りの地盤は安定しているようであった。補強もされているようで、どうやら対策もなされているようだ。
では、観察はほどほどにして。
「さ、シルヴァ、ここから別行動」
振り返ると、人差し指を上に向ける。
「上層ですか」
「いやいや、屋根の上だとも」
伝え方が悪かったと反省。しつつも、歩き始める。王都地下街の視察の始まりだ。
とはいえ、右も左も分からない。現地ガイドでも欲しいところだ。千里眼で周囲を走査してから、歩き出す。通りに入った、と思った時に__
「おっと、危ない」
横から突然小走りで現れた、八歳くらいの幼女とぶつかってしまう。まあ、気づいた上で、エイジがぶつからないと、そのまま転んでしまいそうだから受け止めたわけだが。
「ご、ごめんなさい! あっ、おじさん、お花はいかが?」
__おじさん⁉︎__
絶大なるショック。だがまあ、このくらいの年齢の子からしてみれば、お兄さんは中学、高校生位の少年で、青年だろうが大人はみんなおじさんなのかもしれない。そう納得して落ち着かせる。そう、自分はまだ二十四、まだまだ若いのだ、と。
「うん、いくらかな?」
「5Rだよ!」
R(レア)。Rとは、商業国家ポルトが発行している貨幣であり、ポルト全国と王国、帝国の一部(商業が盛んな街や大都市など)で使われる。当然、各国は帝国と聖王国を中心に少し前まで戦争していたこともあり、自国固有の紙幣を持っているが、諸国の疲弊と緊張状態の緩和から交易の平等化が図られたため、各国で共通の紙幣として採用されたという経緯がある。
単位は銅貨、銀貨、金貨、白金貨があり(それは表面だけで、中身は鉄やアルミニウム)、銅が一、銀が十、金が百、白金が千の価値だ。ちなみにレアというのは、ポルトにかつてあった王朝のある王族から取られたらしい(ポルトは現在共和制だ)。日本円で言えば、1Rが10円相当だと思われる。とはいえ、この世界の経済状況を鑑みると、その通りとは言えないかもしれない。一般の商人の平均月収は良くて一万だ。
エイジは手を後ろに回して、硬貨入れの巾着を取り出す。当然ここに来る前に換金しておいた。以前の経験がある、その辺は抜かりない。
「はいどうぞ」
「でも……これ銀貨だよ?」
「ははっ、オマケだよ」
「うん! こっちも、お花おまけだよ! ありがとう!」
幼女はそう言うと、再びとっとこ走り出そうとした。だが案内人には適任かもしれない、呼び止めてみる。
「おや、お嬢ちゃん、そんなに急いでどこにいくんだい?」
「おばあちゃんにお薬を買ってきてあげるの!」
「そうかそうか。実はね、お兄さんここに来るの初めてなんだ。一緒について行ってもいいかな?」
「そうだったんだ! うん、いいよ! おじさん優しそうだし! わたしミラだよ!」
強調したのに、やはりおじさんなのか……
そして間も無く、街の近くまで辿り着く。しかし、まだ速度は音速ほど。急ブレーキは魔力の無駄及び自分の体に負荷が掛かるだけでなく、今は背にシルヴァがいる。少しでも負担を減らすには……王国上空を旋回しつつ、徐々に速度を落とすこと。旋回飛行は減速だけでなく、王都の規模を知る上でも重要である。三対の翼は目立つだろう、展開するのは堕天使の羽のみに絞り、王都を一周。概観を把握しつつ、本来の目的地である王都近郊南西部スラム周辺へと着地する。
「さて、ここが目的地だ。さあシルヴァ、これを」
「これは…」
手渡すは、ダメージ加工の入ったフード付きの外套である。
「このままだと、オレたちは目立つからな」
エイジも、いつもの外套から装いを変えている。そしていつぞやのように、髪と目の色を幻術で誤魔化す。
「そして、これを」
次に渡したのは__
「指輪……ですか」
「ああ。オレのつけてるこれと同じ機能を備えてる。つまりまあ、通信出来るってこった」
「……綺麗ですね」
ダイヤモンドで言えば一カラットほどの、米粒のような宝石がついた指輪だ。だが特異なのは、アレキサンドライトなど目でもない程に、まるでプリズムであるかのように見る方向によって色がさまざまに変わること。
「これは自作、試作品なんだよね。オレは自分用の魔晶石生成器を持ってるんだが、その中でも超高純度の結晶をカットして組み込んでみた」
「エイジの、魔力から……」
「……シルヴァ?」
何処かアブナイ空気を発し始めた彼女に声を掛ける。ハッとしたシルヴァは、左手の人差し指に嵌めた。
「へえ、その指に……あ、いや……知らないだろうね」
「どうかしましたか?」
「なんでも、ない」
指輪は、付ける指によって意味が変わる。そのため変な期待をしてしまったが、彼女の性格や生い立ち的に知らないだろうな、というかこの世界にそもそもないのでは、という結論に至り、言うのはやめにする。
「接続感度……良好。じゃ、行こうか」
指輪の機能を確認すると、スラムに向けて移動を開始した。
近郊は本当にスラムだ。ホームレス達がガラクタを組み合わせたモノの下に居着いており、不潔で不衛生な状況だ。フードを被っていたとしてもジロジロ見られているような気がして、正直ここには長居したくない。既に調べたところ、この辺りにめぼしいものは無いようだ。王都地下の方がもっと何かとあるだろう。
王都の地下に潜るには、北、東、南西のトンネルから地下に潜っていく必要がある。しかも、このトンネルは幅10mほどで然程広くなく、かなり傾斜がキツい。長さが450mほどのトンネルで、高低差150m以上あるのだ。傾斜20°くらいはあるだろう。流石に階段はあるが、ない箇所もかなり多い。つまり、一度行ったら戻るのは一苦労。上に出るには、貴族や一般階級の者だけが使える階段の抜け道か、エレベーター(実際は誰でも使えるが有料、しかも超高価なので貧民は実質使えない)を使うしかない。
恐ろしいほど急な坂を降り終わって地下に着く。幸い人通りが無かったので(いないもなにも、通ろうという人自体が稀)、遠慮なく魔族の身体能力で以って数秒で下れた。スラム全体は天井の岩盤、つまり王都の地盤から少し漏れ出る光によって薄明るい状態だ。
腐っても王都の地下、道路は石畳で舗装され、建物も石造のがっしりした印象を持つ。人々の格好も、地上の近郊スラムほどは貧しくない装いだ。ほとんど脱出不可能な分、上から幾らか金が回ってくるのだろう。
さて、よく考えれば、この地下街というのは歪である。上層までは、地盤の厚さを考慮しても、なんと百メートルもある。崩落しそうなものだが……この地下空洞は自然によって生み出されたものであろう。上の地盤からは鍾乳石らしきものが確認でき、地下街の各所に直径数十メートルを超える自然の柱が存在する。大地震でも起きれば一巻の終わりであろうが、この辺りの地盤は安定しているようであった。補強もされているようで、どうやら対策もなされているようだ。
では、観察はほどほどにして。
「さ、シルヴァ、ここから別行動」
振り返ると、人差し指を上に向ける。
「上層ですか」
「いやいや、屋根の上だとも」
伝え方が悪かったと反省。しつつも、歩き始める。王都地下街の視察の始まりだ。
とはいえ、右も左も分からない。現地ガイドでも欲しいところだ。千里眼で周囲を走査してから、歩き出す。通りに入った、と思った時に__
「おっと、危ない」
横から突然小走りで現れた、八歳くらいの幼女とぶつかってしまう。まあ、気づいた上で、エイジがぶつからないと、そのまま転んでしまいそうだから受け止めたわけだが。
「ご、ごめんなさい! あっ、おじさん、お花はいかが?」
__おじさん⁉︎__
絶大なるショック。だがまあ、このくらいの年齢の子からしてみれば、お兄さんは中学、高校生位の少年で、青年だろうが大人はみんなおじさんなのかもしれない。そう納得して落ち着かせる。そう、自分はまだ二十四、まだまだ若いのだ、と。
「うん、いくらかな?」
「5Rだよ!」
R(レア)。Rとは、商業国家ポルトが発行している貨幣であり、ポルト全国と王国、帝国の一部(商業が盛んな街や大都市など)で使われる。当然、各国は帝国と聖王国を中心に少し前まで戦争していたこともあり、自国固有の紙幣を持っているが、諸国の疲弊と緊張状態の緩和から交易の平等化が図られたため、各国で共通の紙幣として採用されたという経緯がある。
単位は銅貨、銀貨、金貨、白金貨があり(それは表面だけで、中身は鉄やアルミニウム)、銅が一、銀が十、金が百、白金が千の価値だ。ちなみにレアというのは、ポルトにかつてあった王朝のある王族から取られたらしい(ポルトは現在共和制だ)。日本円で言えば、1Rが10円相当だと思われる。とはいえ、この世界の経済状況を鑑みると、その通りとは言えないかもしれない。一般の商人の平均月収は良くて一万だ。
エイジは手を後ろに回して、硬貨入れの巾着を取り出す。当然ここに来る前に換金しておいた。以前の経験がある、その辺は抜かりない。
「はいどうぞ」
「でも……これ銀貨だよ?」
「ははっ、オマケだよ」
「うん! こっちも、お花おまけだよ! ありがとう!」
幼女はそう言うと、再びとっとこ走り出そうとした。だが案内人には適任かもしれない、呼び止めてみる。
「おや、お嬢ちゃん、そんなに急いでどこにいくんだい?」
「おばあちゃんにお薬を買ってきてあげるの!」
「そうかそうか。実はね、お兄さんここに来るの初めてなんだ。一緒について行ってもいいかな?」
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