231 / 235
Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編
1節 王国地下スラム ①
しおりを挟む 聖銀との戦いが終わり、会場のお祭り騒ぎにも顔を出して帰りたかったのだが、とんでもない数の人々が声をかけてきたため、諦めて一旦控え所に避難してから宿へと戻ることにした。
会場ではまだ国王の周りに国お偉方が集まっており、先ほどの戦いを振り返ってはあーだこーだと語り合っていた。
そんなところに視線を向けていたのが悪かった。
「おーい!ディーノよ!こちらに来なさい!アリスとフィオレもおいで!」
面倒なことにセヴェリン伯爵からお呼びが掛かってしまった。
伯爵自体は問題ないが、他のお偉方との挨拶がとてもとても面倒なのだ。
「何かご用でしょうか義父様。まずは皆様にご挨拶をさせていただいても?」
うんうんと嬉しそうに頷くので、ディーノはドルドレイク家の養子になったことも含めて挨拶を済ませる。
これにはやはり貴族と思われる方々には驚かれ、以前依頼を受けた領地の者からは感謝やドルドレイク伯爵が羨ましいなどといった世辞の言葉をいただいた。
また、そのうち数人からはうちの娘が年頃で~などとお見合い話でもないが、紹介したいといった内容の話を振られたりもしたが。
アリスが怖いので笑って誤魔化すしかないディーノである。
「疲れているところ悪いのだが皆に紹介しておきたくてね。ここにいるのは私の良き友人達だよ。復興にもいろいろと協力してもらっていてね、息子を紹介せぬわけにはいかないだろう?」
お披露目の場としてはどうなのだろう。
実際戦ってるところを見せて、自分の息子はこれだけ戦えるのだと力を誇示することができるとすれば、貴族間でもセヴェリンの立場は高くなる。
あとは実力のある冒険者と繋がりを持つと国での発言力も上がるという話だったか。
そうなればディーノと繋がりを持つというだけでも彼らにはメリットがあり、復興に協力してもらっているお礼代わりといったところだろう。
ディーノとしては自分に害がなければセヴェリンに利用されても問題はないが、国での発言力……あっ、王族と同等の扱いとなればいろいろと事情も変わってくるのか。
あとは難易度の高い依頼なども指名しやすくなるとか、そういったこともありそうだが裏の事情はよくわからない。
「それはそれは。復興の支援をしていただいているとはつゆ知らず、大変失礼いたしました。今後ともお付き合いのほど、よろしくお願いいたします」
ディーノとしてはだいたいこんな感じでいいだろうくらいのつもりで言ってみた。
セヴェリンは少し驚きの表情で目を潤ませている、何故に?
ディーノが下手に出て言ってみたのが講じたのか、こちらこそよろしくとの言葉を多くいただいた。
どうやら言葉選びは正解だったらしい。
和やかな雰囲気でお偉方との挨拶会をしていると、国王からもお言葉をもらった。
「ディーノよ。聖銀を打ち負かすとは見事。ザックやエンベルトの名は国内に轟いてはおるが、パウルもランドも我が国の誇る最上位の戦士。それを打ち負かしたのであれば見事と言う他あるまい。褒美をやろうと思うが何か欲しいものはあるか?」
お褒めの言葉をもらえるだけでなく褒美もくれるというのか。
ただパウルと一戦交えるだけの予定がここまでの成果を上げることになるとは。
大事になったとはいえ結果として褒美までもらえるのなら、ある意味でマリオには感謝である。
しかし褒美と言われても何を求めればいいのか悩むところ。
ここでセヴェリンのためにもジャダルラック領の復興支援金を~というのも何か違う気がするし、自分が国に求めるものということでもいいだろうか。
「ありがとうございます。褒美を、と申されるのであれば市井にも娯楽を広めていただけないかと」
「ふむ。其方自身ではなく市井の者に娯楽をな。そのような褒美を求めるのは何故だ?」
「国王様や特権階級の皆様方であれば音楽や舞踏、盤遊戯他、様々な娯楽があるかと思いますが、市井の娯楽と言えるものは賭博や酒場くらいしか思い当たりません。しかしラフロイグでのテイムされた巨獣に対する民の反応はどうでしょうか。以前よりも多くの人々が集まり、巨獣を見物に来る者が後を立たないと聞いております」
これにはラフロイグ伯爵も喜んで広場を貸してくれているため、領地への集客に一役どころか多大な影響を与えているのではないだろうか。
街の人達も訪れるたびと歓迎してくれるあたりは、相当な利益に繋がっているとも考えられる。
「それに今日のこのイベントは……私としては不服ではありましたが、他領からも多くの観客が集まり、我々の戦いを日々の生活を忘れて楽しんでいたのではないでしょうか。舞踏や観劇を楽しむ、音楽を楽しむ。娯楽というのは日々の生活に潤いを与え、人々を豊かにしてくれるものだと感じているからです」
そうディーノが語るのは実のところクレートからの受け売りである。
精霊国への旅は様々な出会いを含め、王族や貴族階級の宴に加えて、ブラーガ家との繋がりがディーノの人生に大きな影響を与えている。
宴の席でも余裕ができたディーノは音楽や舞踏を観覧しながら料理や酒を楽しみ、市井にはない特権階級の生活を目の当たりにした。
音楽は心に安らぎと幸福感を与え、舞踏の流れるような美しい動きに心満たされるような思いを感じさせられた。
その善し悪しがわからないディーノでさえ感動を覚え、普段から贅沢な生活を送っているであろう特権階級をも満足させられるとなれば、娯楽とは人生においてどれだけの力を持つのかわからない。
普段の酒の席で冒険譚を語り合うのも楽しくもあるが、必死で生きる日々を語り合っているに過ぎず潤いのある生活とは言い難い。
ディーノの友人達との食事や酒の席でも、交わされるのは日々の生活を語り、互いに労い応援し合うといったものばかり。
特権階級と一般市民との格差と言われればそれまでかもしれないが、生活以外でも幸せを感じるひと時があってもいいのではないだろうか。
そんなことを感じ始めたディーノに衝撃を与えたのはクレートである。
あれほどの強者であるにも関わらず、風呂にこだわり食事には料理の段階から楽しみ、そして一度だけではあるがクレートの耳飾りから聞かせてもらった異世界の音楽。
魔の王の側近という立場から高性能な魔具を賜ったのかと思いきや、クレートが崇拝する魔の王は誰しもが幸せを感じる世界を目指して日々奔走しているとのこと。
自国に留まらず全ての国を巻き込んで仕事を生み出し、娯楽を広め、人々の生活を豊かにしようとありとあらゆる努力を惜しまない。
多忙を極める日々の中、笑顔を絶やさない魔の王は全ての国の人々に愛されているのだと、クレートは恋人に想いを寄せるかの如く語っていた。
ディーノとしても聞いた内容が本当であれば崇拝するのも頷けるが。
全ての国に娯楽を広めている魔の王がいるのだ、話のわかる聖王国国王も広めてくれてくれるのではないか、との期待からディーノが褒美として求めてみたわけだが。
「では娯楽がなければ民は幸せではない、と、其方は思っておるのだな?」
あまりいい反応ではなさそうだ。
「いいえ、今でも幸せを感じている者の方が多くいるでしょう。ですが今の幸せに楽しみが一つ増えるとすれば如何でしょうか。仕事への意欲にも繋がりますし、何よりも目標ができます。その娯楽を見るために、聴くためにお金を貯めて散財する。お金を貯めるためには仕事を増やす必要があり、労働力が増えれば仕事が回りお金も回る。経済にも影響が及ぶかと考えます」
反応が良くないなら金が回るとなればどうだろうか。
国益にも繋がるなら国王とて断りにくいはず。
そんなわけで適当な方便を垂れてみた。
国王付きの男が何やら書き殴り始めたが。
「ふむ。他には?」
まだ何か語れと……
「音楽や舞踏は演奏する者も踊る者も特権階級の方々が教養として嗜まれているものが多いと存じます。楽器の演奏も舞踏も学ぶ機会がなくては一般市民にできるものではありません。しかし市井であれば他に新たな試みをしてみてはいかがでしょう。例えば役者に物語を演技をさせる劇団を立ち上げて、観劇などを楽しむのも良いかもしれません。雇用も増えますし経済効果も期待できるのではないかと考えます」
ディーノ自身よく頑張ったと褒めてやりたい。
クレートからいろいろと異世界話を聞いていなければここまで思いつかなかった。
魔の王はエイガやドラマなどという物語を観ることができる娯楽を広めていると聞いている。
他にも役者が演じる演劇というものもあるということならこれを推すしかない。
異世界のパクリだが仕方ない。
「ほう、役者が演じるとな?興味深い。続けよ」
まだ語らせる気か……
「そう、ですね。例えば物語の演目を聖王国の歴史、英雄物語などやりやすいのではないでしょうか。子供も知る内容ですのでこれを演じれば多くの者が興味を持ちます。他国にも聖王国の歴史を……」
必死で身振り手振りしながら多くを語ってみたディーノ。
物語なら本を出している者が考えればいくらでも出てきそうなものではあるが、ディーノは図鑑が好きなのであって本が好きなわけではない。
だが冒険者としての冒険譚なら語れるため、例え話として過去のオリオンでの話を交えながら物語をそれっぽく語ってみた。
一の時ほども語り続けただろうか。
ラフロイグ伯爵にした話もいくつか混ざってはいるが、ディーノの語りは情景を思い浮かべられるほどに精細であるため、国王他お偉方も満足そうに聞き入っていた。
「素晴らしい。ドルドレイク伯よ。其方の息子の話は実におもしろい。観劇を是非とも我が国ですすめていこうではないか」
違うんですけど。
観劇だけじゃなく娯楽を広めて欲しいんですけど。
セヴェリン伯爵も上機嫌に頷いてるけどそうじゃないんですよ。
「必要とあらば音楽や舞踏の講師もつけよう」
それなら……まあいいか。
褒美がもらえるはずなのに追い込まれる立場になるとは思わなかったが、娯楽が広まると考えれば安いもの。
クレートが言っていた観劇は是非とも見てみたい。
「まずは劇団を立ち上げませんとな。国王様、人員の手配をお任せいただいても?」
さっきからずーっと何やら書き続けていた文官の男が劇団を用意してくれるようだ。
「うむ。其方の人脈を使ってエイシス劇団を立ち上げてくれ」
ん?
エイシス劇団?
何故自分の姓が?
「ディーノよ。其方の劇団だ。期待しておるぞ」
「オレの!?あ、いや、私の劇団ですか!?」
「うむ。其方への褒美としてエイシス劇団を立ち上げ、こちらからは人員と必要経費を支払おう。実に楽しみよのぉ」
なんで!?
娯楽を広めて欲しいって話が何故か娯楽を広めたいに変わってる!
褒美どころか新たな仕事が舞い込んできたんですけど!?
「あの、私はですね……」
「ディーノよ。私もできる限り協力しよう。彼らも是非協力させてくれとのことでね、共に良いものを作っていこうではないか」
セヴェリン伯爵の友人達まで手伝ってくれるとは言うが、そうじゃない。
なんで劇団を立ち上げることになってしまったのか。
断るなら今だが、言い出したのが自分である以上は責任もあると言えばある。
なんか周りの期待がどんどん膨らんでるし断りにくくなってきた。
「我が国の民に尽くすその精神、素晴らしい。今でさえ幸せであると感じておる民の生活に、潤いまでも与えようという其方の気持ちに我は感動した。竜害に際し英雄として名を馳せようとする中、民に娯楽を与えたいなどとは……なかなかに言えるものではない。聖人の如き振る舞いよ」
やめてくれませんかね。
もう逃げられないようにわざと言ってるよね?
それに若干の嫌味にも聞こえるのは気のせいだろうか。
はい、そこ!
「素晴らしい!」とか拍手要らないから!
「ディーノの劇団楽しみにしてるね!」
「私もできるだけ協力するし、ディーノなら絶対に成功させられるわ。頑張りましょう!」
何故フィオレとアリスまでもが乗り気なのか。
冒険者業が二の次になってしまってもいいのだろうか。
近々色相竜に挑む予定の二人が協力だの楽しみだの言っている場合ではないというのに。
「我も其方であれば成功させると信じておる。期待しておるぞ」
もうこれは褒美じゃなくて王命だし。
嵌められた気分だが逃げられない。
「仰せのままに……」
ただ頷くしかないだろう。
会場ではまだ国王の周りに国お偉方が集まっており、先ほどの戦いを振り返ってはあーだこーだと語り合っていた。
そんなところに視線を向けていたのが悪かった。
「おーい!ディーノよ!こちらに来なさい!アリスとフィオレもおいで!」
面倒なことにセヴェリン伯爵からお呼びが掛かってしまった。
伯爵自体は問題ないが、他のお偉方との挨拶がとてもとても面倒なのだ。
「何かご用でしょうか義父様。まずは皆様にご挨拶をさせていただいても?」
うんうんと嬉しそうに頷くので、ディーノはドルドレイク家の養子になったことも含めて挨拶を済ませる。
これにはやはり貴族と思われる方々には驚かれ、以前依頼を受けた領地の者からは感謝やドルドレイク伯爵が羨ましいなどといった世辞の言葉をいただいた。
また、そのうち数人からはうちの娘が年頃で~などとお見合い話でもないが、紹介したいといった内容の話を振られたりもしたが。
アリスが怖いので笑って誤魔化すしかないディーノである。
「疲れているところ悪いのだが皆に紹介しておきたくてね。ここにいるのは私の良き友人達だよ。復興にもいろいろと協力してもらっていてね、息子を紹介せぬわけにはいかないだろう?」
お披露目の場としてはどうなのだろう。
実際戦ってるところを見せて、自分の息子はこれだけ戦えるのだと力を誇示することができるとすれば、貴族間でもセヴェリンの立場は高くなる。
あとは実力のある冒険者と繋がりを持つと国での発言力も上がるという話だったか。
そうなればディーノと繋がりを持つというだけでも彼らにはメリットがあり、復興に協力してもらっているお礼代わりといったところだろう。
ディーノとしては自分に害がなければセヴェリンに利用されても問題はないが、国での発言力……あっ、王族と同等の扱いとなればいろいろと事情も変わってくるのか。
あとは難易度の高い依頼なども指名しやすくなるとか、そういったこともありそうだが裏の事情はよくわからない。
「それはそれは。復興の支援をしていただいているとはつゆ知らず、大変失礼いたしました。今後ともお付き合いのほど、よろしくお願いいたします」
ディーノとしてはだいたいこんな感じでいいだろうくらいのつもりで言ってみた。
セヴェリンは少し驚きの表情で目を潤ませている、何故に?
ディーノが下手に出て言ってみたのが講じたのか、こちらこそよろしくとの言葉を多くいただいた。
どうやら言葉選びは正解だったらしい。
和やかな雰囲気でお偉方との挨拶会をしていると、国王からもお言葉をもらった。
「ディーノよ。聖銀を打ち負かすとは見事。ザックやエンベルトの名は国内に轟いてはおるが、パウルもランドも我が国の誇る最上位の戦士。それを打ち負かしたのであれば見事と言う他あるまい。褒美をやろうと思うが何か欲しいものはあるか?」
お褒めの言葉をもらえるだけでなく褒美もくれるというのか。
ただパウルと一戦交えるだけの予定がここまでの成果を上げることになるとは。
大事になったとはいえ結果として褒美までもらえるのなら、ある意味でマリオには感謝である。
しかし褒美と言われても何を求めればいいのか悩むところ。
ここでセヴェリンのためにもジャダルラック領の復興支援金を~というのも何か違う気がするし、自分が国に求めるものということでもいいだろうか。
「ありがとうございます。褒美を、と申されるのであれば市井にも娯楽を広めていただけないかと」
「ふむ。其方自身ではなく市井の者に娯楽をな。そのような褒美を求めるのは何故だ?」
「国王様や特権階級の皆様方であれば音楽や舞踏、盤遊戯他、様々な娯楽があるかと思いますが、市井の娯楽と言えるものは賭博や酒場くらいしか思い当たりません。しかしラフロイグでのテイムされた巨獣に対する民の反応はどうでしょうか。以前よりも多くの人々が集まり、巨獣を見物に来る者が後を立たないと聞いております」
これにはラフロイグ伯爵も喜んで広場を貸してくれているため、領地への集客に一役どころか多大な影響を与えているのではないだろうか。
街の人達も訪れるたびと歓迎してくれるあたりは、相当な利益に繋がっているとも考えられる。
「それに今日のこのイベントは……私としては不服ではありましたが、他領からも多くの観客が集まり、我々の戦いを日々の生活を忘れて楽しんでいたのではないでしょうか。舞踏や観劇を楽しむ、音楽を楽しむ。娯楽というのは日々の生活に潤いを与え、人々を豊かにしてくれるものだと感じているからです」
そうディーノが語るのは実のところクレートからの受け売りである。
精霊国への旅は様々な出会いを含め、王族や貴族階級の宴に加えて、ブラーガ家との繋がりがディーノの人生に大きな影響を与えている。
宴の席でも余裕ができたディーノは音楽や舞踏を観覧しながら料理や酒を楽しみ、市井にはない特権階級の生活を目の当たりにした。
音楽は心に安らぎと幸福感を与え、舞踏の流れるような美しい動きに心満たされるような思いを感じさせられた。
その善し悪しがわからないディーノでさえ感動を覚え、普段から贅沢な生活を送っているであろう特権階級をも満足させられるとなれば、娯楽とは人生においてどれだけの力を持つのかわからない。
普段の酒の席で冒険譚を語り合うのも楽しくもあるが、必死で生きる日々を語り合っているに過ぎず潤いのある生活とは言い難い。
ディーノの友人達との食事や酒の席でも、交わされるのは日々の生活を語り、互いに労い応援し合うといったものばかり。
特権階級と一般市民との格差と言われればそれまでかもしれないが、生活以外でも幸せを感じるひと時があってもいいのではないだろうか。
そんなことを感じ始めたディーノに衝撃を与えたのはクレートである。
あれほどの強者であるにも関わらず、風呂にこだわり食事には料理の段階から楽しみ、そして一度だけではあるがクレートの耳飾りから聞かせてもらった異世界の音楽。
魔の王の側近という立場から高性能な魔具を賜ったのかと思いきや、クレートが崇拝する魔の王は誰しもが幸せを感じる世界を目指して日々奔走しているとのこと。
自国に留まらず全ての国を巻き込んで仕事を生み出し、娯楽を広め、人々の生活を豊かにしようとありとあらゆる努力を惜しまない。
多忙を極める日々の中、笑顔を絶やさない魔の王は全ての国の人々に愛されているのだと、クレートは恋人に想いを寄せるかの如く語っていた。
ディーノとしても聞いた内容が本当であれば崇拝するのも頷けるが。
全ての国に娯楽を広めている魔の王がいるのだ、話のわかる聖王国国王も広めてくれてくれるのではないか、との期待からディーノが褒美として求めてみたわけだが。
「では娯楽がなければ民は幸せではない、と、其方は思っておるのだな?」
あまりいい反応ではなさそうだ。
「いいえ、今でも幸せを感じている者の方が多くいるでしょう。ですが今の幸せに楽しみが一つ増えるとすれば如何でしょうか。仕事への意欲にも繋がりますし、何よりも目標ができます。その娯楽を見るために、聴くためにお金を貯めて散財する。お金を貯めるためには仕事を増やす必要があり、労働力が増えれば仕事が回りお金も回る。経済にも影響が及ぶかと考えます」
反応が良くないなら金が回るとなればどうだろうか。
国益にも繋がるなら国王とて断りにくいはず。
そんなわけで適当な方便を垂れてみた。
国王付きの男が何やら書き殴り始めたが。
「ふむ。他には?」
まだ何か語れと……
「音楽や舞踏は演奏する者も踊る者も特権階級の方々が教養として嗜まれているものが多いと存じます。楽器の演奏も舞踏も学ぶ機会がなくては一般市民にできるものではありません。しかし市井であれば他に新たな試みをしてみてはいかがでしょう。例えば役者に物語を演技をさせる劇団を立ち上げて、観劇などを楽しむのも良いかもしれません。雇用も増えますし経済効果も期待できるのではないかと考えます」
ディーノ自身よく頑張ったと褒めてやりたい。
クレートからいろいろと異世界話を聞いていなければここまで思いつかなかった。
魔の王はエイガやドラマなどという物語を観ることができる娯楽を広めていると聞いている。
他にも役者が演じる演劇というものもあるということならこれを推すしかない。
異世界のパクリだが仕方ない。
「ほう、役者が演じるとな?興味深い。続けよ」
まだ語らせる気か……
「そう、ですね。例えば物語の演目を聖王国の歴史、英雄物語などやりやすいのではないでしょうか。子供も知る内容ですのでこれを演じれば多くの者が興味を持ちます。他国にも聖王国の歴史を……」
必死で身振り手振りしながら多くを語ってみたディーノ。
物語なら本を出している者が考えればいくらでも出てきそうなものではあるが、ディーノは図鑑が好きなのであって本が好きなわけではない。
だが冒険者としての冒険譚なら語れるため、例え話として過去のオリオンでの話を交えながら物語をそれっぽく語ってみた。
一の時ほども語り続けただろうか。
ラフロイグ伯爵にした話もいくつか混ざってはいるが、ディーノの語りは情景を思い浮かべられるほどに精細であるため、国王他お偉方も満足そうに聞き入っていた。
「素晴らしい。ドルドレイク伯よ。其方の息子の話は実におもしろい。観劇を是非とも我が国ですすめていこうではないか」
違うんですけど。
観劇だけじゃなく娯楽を広めて欲しいんですけど。
セヴェリン伯爵も上機嫌に頷いてるけどそうじゃないんですよ。
「必要とあらば音楽や舞踏の講師もつけよう」
それなら……まあいいか。
褒美がもらえるはずなのに追い込まれる立場になるとは思わなかったが、娯楽が広まると考えれば安いもの。
クレートが言っていた観劇は是非とも見てみたい。
「まずは劇団を立ち上げませんとな。国王様、人員の手配をお任せいただいても?」
さっきからずーっと何やら書き続けていた文官の男が劇団を用意してくれるようだ。
「うむ。其方の人脈を使ってエイシス劇団を立ち上げてくれ」
ん?
エイシス劇団?
何故自分の姓が?
「ディーノよ。其方の劇団だ。期待しておるぞ」
「オレの!?あ、いや、私の劇団ですか!?」
「うむ。其方への褒美としてエイシス劇団を立ち上げ、こちらからは人員と必要経費を支払おう。実に楽しみよのぉ」
なんで!?
娯楽を広めて欲しいって話が何故か娯楽を広めたいに変わってる!
褒美どころか新たな仕事が舞い込んできたんですけど!?
「あの、私はですね……」
「ディーノよ。私もできる限り協力しよう。彼らも是非協力させてくれとのことでね、共に良いものを作っていこうではないか」
セヴェリン伯爵の友人達まで手伝ってくれるとは言うが、そうじゃない。
なんで劇団を立ち上げることになってしまったのか。
断るなら今だが、言い出したのが自分である以上は責任もあると言えばある。
なんか周りの期待がどんどん膨らんでるし断りにくくなってきた。
「我が国の民に尽くすその精神、素晴らしい。今でさえ幸せであると感じておる民の生活に、潤いまでも与えようという其方の気持ちに我は感動した。竜害に際し英雄として名を馳せようとする中、民に娯楽を与えたいなどとは……なかなかに言えるものではない。聖人の如き振る舞いよ」
やめてくれませんかね。
もう逃げられないようにわざと言ってるよね?
それに若干の嫌味にも聞こえるのは気のせいだろうか。
はい、そこ!
「素晴らしい!」とか拍手要らないから!
「ディーノの劇団楽しみにしてるね!」
「私もできるだけ協力するし、ディーノなら絶対に成功させられるわ。頑張りましょう!」
何故フィオレとアリスまでもが乗り気なのか。
冒険者業が二の次になってしまってもいいのだろうか。
近々色相竜に挑む予定の二人が協力だの楽しみだの言っている場合ではないというのに。
「我も其方であれば成功させると信じておる。期待しておるぞ」
もうこれは褒美じゃなくて王命だし。
嵌められた気分だが逃げられない。
「仰せのままに……」
ただ頷くしかないだろう。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
勇者(代理)のお仕事……ですよねコレ?
高菜あやめ
恋愛
実家の提灯屋を継ぐつもりだったのに、家出した兄の帰還によって居場所を失ってしまったヨリ。仕方なく職を求めて王都へやってきたら、偶然出会ったお城の王子様にスカウトされて『勇者(代理)』の仕事をすることに! 仕事仲間であるルイーズ王子の傍若無人ぶりに最初は戸惑っていたが、ある夜倒れていたルイーズを介抱したことをきっかけに次第に打ち解けていく……異世界オフィスラブ?ストーリーです。
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~
エノキスルメ
ファンタジー
国王が崩御した!
大国の崩壊が始まった!
王族たちは次の王位を巡って争い始め、王家に隙ありと見た各地の大貴族たちは独立に乗り出す。
彼ら歴史の主役たちが各々の思惑を抱えて蠢く一方で――脇役である中小の貴族たちも、時代に翻弄されざるを得ない。
アーガイル伯爵家も、そんな翻弄される貴族家のひとつ。
家格は中の上程度。日和見を許されるほどには弱くないが、情勢の主導権を握れるほどには強くない。ある意味では最も危うくて損な立場。
「死にたくないよぉ~。穏やかに幸せに暮らしたいだけなのにぃ~」
ちょっと臆病で悲観的な若き当主ウィリアム・アーガイルは、嘆き、狼狽え、たまに半泣きになりながら、それでも生き残るためにがんばる。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載させていただいてます。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる