230 / 236
Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編
プロローグ:異郷の地
しおりを挟む
大陸の中央に位置する帝国と王国の国境。その東の沖合を、船が三隻進んでいた。全長五十メートル前後の帆船、所謂ガレオン船などと呼称されるものに類似している。
だがしかし、その船は特殊だった。今風向きは南東寄りで、その船は帆を畳んでいるにも拘らず、真っ直ぐ南へ、流されることなく一定の速度で進んでいく。
其の船は、魔王国の船団。南へ活動範囲を広げるべく建造された、魔導エンジン、即ち世界初の動力搭載型の船である。型番『Fn-30』。
そのうち、先頭を進む船は、他と比べて一回り大きい。帝国から正規ルートで手に入れた帆船を改造したもので、フレーム強度は一番堅牢であり、装飾も施されている。その船は旗艦、魔王や幹部たち主要人物が搭乗している。その甲板で__
「うえぇぇぇ……」
身を乗り出し、顔を青ざめさせているのは、宰相エイジ。
「大丈夫ですか……?」
彼の秘書であるシルヴァは、傍について背中を摩ってあげている。
「なっさけないわねぇ」
呆れ、そしてどことなく心配そうなレイエルピナ。
「風が気持ちいい……」
自分の出る幕はなさそうだと判断したテミスは、先頭で景色を眺めていた。
「おい……いつになったら着くんだよ……」
結局戻すものなど腹になかったエイジは、端っこで座り込んで項垂れている。
「おーい、いつになったら着くんだい?」
「そうですね……この地図で言いますと、今ちょうど右間あたりですから……あと三時間ほどかと思われます」
「だってさ~。折り返しあと三時間、がんばろ~」
「むり……無理です……自分で飛んで行きたい……」
絶望的なお知らせに、横になってしまった。
「ならばエイジよ、マストにでも登って景色を眺め、風に当たるとよかろう。少しは気も紛れるのではないか」
「嫌です。高所恐怖症ですから……テミスのとこ行こ……」
海は別に荒れていると言うほどでもないのだが。完全にグロッキーなエイジは、ベリアルの見守る前で這いずるように動き始めた。
「アンタさ……一つ訊きたいんだけど。アンタって空をビュンビュン飛び回ったりしてるじゃない。なのに、なんで高所恐怖症だったり乗り物酔いしたりするわけ?」
「一つ…良いことを……教えてやろう………自分で運転したりするのと、乗り物に…乗る……のとで…は、勝手がちg__」
力尽きた。
「そう……よくわかんない感覚ね」
「だが、アレを見ろよ……オレだけじゃない、アイツも証拠だ」
震える手で指差した先。そこには、くたばっているレイヴンがいた。その側で、メディアもまた完全にダメになっていた。
「そ。ま、せいぜいあと数時間頑張りなさいよ」
そう言うと、レイエルピナは彼の足を引き摺り先頭へ連れていく。雑ながらも、どこか優しい人なのだった。
その三時間後。
「目印が見えました! 目的地です!」
「はぁ……ようやく着いたのか……ふぁ…」
欠伸をしながらエイジは船室から出てくる。酔いに耐えられなくなって中で寝転がっていたが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
先日の準備期間のうち、先行隊がこちらを視察、停泊に適した湾を見つけていたようで。王国領東側の、人気のない開けた海岸だ。灯台もどきに旗、簡易的な桟橋等が見受けられる。船は速度を落とし、ゆっくりと進入。埠頭に係留、錨を下ろしエンジンを停止し着岸。
「よーし、到着! 揺れない地面っていいねえ」
作業が完了するかどうかといったところで、エイジは船から飛び降りる。
「これが大陸の南側……うん、暗い」
季節は中秋。十八時ともなれば、結構暗い。夜目の効く魔族にはそれほど関係ないと思うだろうが、特に何も無いという意味なのである。
「ですが、明らかに暖かいですね」
「うぅ、体がベタベタしますわ…」
元変温動物(?)のシルヴァは敏感に気温を察知し。珍しくエイジにくっつかず、ずっと甲板で過ごしたダッキは、不快感に毛を震わす。さらに海沿い、湿気も酷い。
「皆様方、我々はこれから建設作業に入ります。翌朝までは、船室でお寛ぎ下さいませ」
飛び出して行きたい気持ちは山々。しかし、活動には向かぬ夜であり、都市に向かうには遅過ぎる。それに、ベリアルや幹部たちがいるとはいえ、立場的にも着いて直ぐに離れるわけにはいかない。
「じゃ、オレは手伝うわ」
「閣下ともあろうお方のお手を煩わせるわけには…!」
「昼寝しちまったしヒマ。ま、少し落ち着いたらこの辺りを飛び回ってみるさ。地理の把握は肝要だからね。エレンさんに頼んで地図でも描いてもらおうか」
エイジは伸びをしながら、後続の船に向かっていくのだった。
だがしかし、その船は特殊だった。今風向きは南東寄りで、その船は帆を畳んでいるにも拘らず、真っ直ぐ南へ、流されることなく一定の速度で進んでいく。
其の船は、魔王国の船団。南へ活動範囲を広げるべく建造された、魔導エンジン、即ち世界初の動力搭載型の船である。型番『Fn-30』。
そのうち、先頭を進む船は、他と比べて一回り大きい。帝国から正規ルートで手に入れた帆船を改造したもので、フレーム強度は一番堅牢であり、装飾も施されている。その船は旗艦、魔王や幹部たち主要人物が搭乗している。その甲板で__
「うえぇぇぇ……」
身を乗り出し、顔を青ざめさせているのは、宰相エイジ。
「大丈夫ですか……?」
彼の秘書であるシルヴァは、傍について背中を摩ってあげている。
「なっさけないわねぇ」
呆れ、そしてどことなく心配そうなレイエルピナ。
「風が気持ちいい……」
自分の出る幕はなさそうだと判断したテミスは、先頭で景色を眺めていた。
「おい……いつになったら着くんだよ……」
結局戻すものなど腹になかったエイジは、端っこで座り込んで項垂れている。
「おーい、いつになったら着くんだい?」
「そうですね……この地図で言いますと、今ちょうど右間あたりですから……あと三時間ほどかと思われます」
「だってさ~。折り返しあと三時間、がんばろ~」
「むり……無理です……自分で飛んで行きたい……」
絶望的なお知らせに、横になってしまった。
「ならばエイジよ、マストにでも登って景色を眺め、風に当たるとよかろう。少しは気も紛れるのではないか」
「嫌です。高所恐怖症ですから……テミスのとこ行こ……」
海は別に荒れていると言うほどでもないのだが。完全にグロッキーなエイジは、ベリアルの見守る前で這いずるように動き始めた。
「アンタさ……一つ訊きたいんだけど。アンタって空をビュンビュン飛び回ったりしてるじゃない。なのに、なんで高所恐怖症だったり乗り物酔いしたりするわけ?」
「一つ…良いことを……教えてやろう………自分で運転したりするのと、乗り物に…乗る……のとで…は、勝手がちg__」
力尽きた。
「そう……よくわかんない感覚ね」
「だが、アレを見ろよ……オレだけじゃない、アイツも証拠だ」
震える手で指差した先。そこには、くたばっているレイヴンがいた。その側で、メディアもまた完全にダメになっていた。
「そ。ま、せいぜいあと数時間頑張りなさいよ」
そう言うと、レイエルピナは彼の足を引き摺り先頭へ連れていく。雑ながらも、どこか優しい人なのだった。
その三時間後。
「目印が見えました! 目的地です!」
「はぁ……ようやく着いたのか……ふぁ…」
欠伸をしながらエイジは船室から出てくる。酔いに耐えられなくなって中で寝転がっていたが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
先日の準備期間のうち、先行隊がこちらを視察、停泊に適した湾を見つけていたようで。王国領東側の、人気のない開けた海岸だ。灯台もどきに旗、簡易的な桟橋等が見受けられる。船は速度を落とし、ゆっくりと進入。埠頭に係留、錨を下ろしエンジンを停止し着岸。
「よーし、到着! 揺れない地面っていいねえ」
作業が完了するかどうかといったところで、エイジは船から飛び降りる。
「これが大陸の南側……うん、暗い」
季節は中秋。十八時ともなれば、結構暗い。夜目の効く魔族にはそれほど関係ないと思うだろうが、特に何も無いという意味なのである。
「ですが、明らかに暖かいですね」
「うぅ、体がベタベタしますわ…」
元変温動物(?)のシルヴァは敏感に気温を察知し。珍しくエイジにくっつかず、ずっと甲板で過ごしたダッキは、不快感に毛を震わす。さらに海沿い、湿気も酷い。
「皆様方、我々はこれから建設作業に入ります。翌朝までは、船室でお寛ぎ下さいませ」
飛び出して行きたい気持ちは山々。しかし、活動には向かぬ夜であり、都市に向かうには遅過ぎる。それに、ベリアルや幹部たちがいるとはいえ、立場的にも着いて直ぐに離れるわけにはいかない。
「じゃ、オレは手伝うわ」
「閣下ともあろうお方のお手を煩わせるわけには…!」
「昼寝しちまったしヒマ。ま、少し落ち着いたらこの辺りを飛び回ってみるさ。地理の把握は肝要だからね。エレンさんに頼んで地図でも描いてもらおうか」
エイジは伸びをしながら、後続の船に向かっていくのだった。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
勇者(代理)のお仕事……ですよねコレ?
高菜あやめ
恋愛
実家の提灯屋を継ぐつもりだったのに、家出した兄の帰還によって居場所を失ってしまったヨリ。仕方なく職を求めて王都へやってきたら、偶然出会ったお城の王子様にスカウトされて『勇者(代理)』の仕事をすることに! 仕事仲間であるルイーズ王子の傍若無人ぶりに最初は戸惑っていたが、ある夜倒れていたルイーズを介抱したことをきっかけに次第に打ち解けていく……異世界オフィスラブ?ストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。
BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。
しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。
その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。
最初から最後まで
相沢蒼依
恋愛
※メリバ作品になりますので、そういうの無理な方はリターンお願いします!
☆世界観は、どこかの異世界みたいな感じで捉えてほしいです。時間軸は現代風ですが、いろんなことが曖昧ミーな状態です。生温かい目で閲覧していただけると幸いです。
登場人物
☆砂漠と緑地の狭間でジュース売りをしている青年、ハサン。美少年の手で搾りたてのジュースが飲めることを売りにするために、幼いころから強制的に仕事を手伝わされた経緯があり、両親を激しく憎んでいる。ぱっと見、女性にも見える自分の容姿に嫌悪感を抱いている。浅黒い肌に黒髪、紫色の瞳の17歳。
♡生まれつきアルビノで、すべての色素が薄く、白金髪で瞳がオッドアイのマリカ、21歳。それなりに裕福な家に生まれたが、見た目のせいで婚期を逃していた。ところがそれを気にいった王族の目に留まり、8番目の妾としてマリカを迎え入れることが決まる。輿入れの日までの僅かな時間を使って、自由を謳歌している最中に、ハサンと出逢う。自分にはないハサンの持つ色に、マリカは次第に惹かれていく。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる