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Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編
プロローグ:異郷の地
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大陸の中央に位置する帝国と王国の国境。その東の沖合を、船が三隻進んでいた。全長五十メートル前後の帆船、所謂ガレオン船などと呼称されるものに類似している。
だがしかし、その船は特殊だった。今風向きは南東寄りで、その船は帆を畳んでいるにも拘らず、真っ直ぐ南へ、流されることなく一定の速度で進んでいく。
其の船は、魔王国の船団。南へ活動範囲を広げるべく建造された、魔導エンジン、即ち世界初の動力搭載型の船である。型番『Fn-30』。
そのうち、先頭を進む船は、他と比べて一回り大きい。帝国から正規ルートで手に入れた帆船を改造したもので、フレーム強度は一番堅牢であり、装飾も施されている。その船は旗艦、魔王や幹部たち主要人物が搭乗している。その甲板で__
「うえぇぇぇ……」
身を乗り出し、顔を青ざめさせているのは、宰相エイジ。
「大丈夫ですか……?」
彼の秘書であるシルヴァは、傍について背中を摩ってあげている。
「なっさけないわねぇ」
呆れ、そしてどことなく心配そうなレイエルピナ。
「風が気持ちいい……」
自分の出る幕はなさそうだと判断したテミスは、先頭で景色を眺めていた。
「おい……いつになったら着くんだよ……」
結局戻すものなど腹になかったエイジは、端っこで座り込んで項垂れている。
「おーい、いつになったら着くんだい?」
「そうですね……この地図で言いますと、今ちょうど右間あたりですから……あと三時間ほどかと思われます」
「だってさ~。折り返しあと三時間、がんばろ~」
「むり……無理です……自分で飛んで行きたい……」
絶望的なお知らせに、横になってしまった。
「ならばエイジよ、マストにでも登って景色を眺め、風に当たるとよかろう。少しは気も紛れるのではないか」
「嫌です。高所恐怖症ですから……テミスのとこ行こ……」
海は別に荒れていると言うほどでもないのだが。完全にグロッキーなエイジは、ベリアルの見守る前で這いずるように動き始めた。
「アンタさ……一つ訊きたいんだけど。アンタって空をビュンビュン飛び回ったりしてるじゃない。なのに、なんで高所恐怖症だったり乗り物酔いしたりするわけ?」
「一つ…良いことを……教えてやろう………自分で運転したりするのと、乗り物に…乗る……のとで…は、勝手がちg__」
力尽きた。
「そう……よくわかんない感覚ね」
「だが、アレを見ろよ……オレだけじゃない、アイツも証拠だ」
震える手で指差した先。そこには、くたばっているレイヴンがいた。その側で、メディアもまた完全にダメになっていた。
「そ。ま、せいぜいあと数時間頑張りなさいよ」
そう言うと、レイエルピナは彼の足を引き摺り先頭へ連れていく。雑ながらも、どこか優しい人なのだった。
その三時間後。
「目印が見えました! 目的地です!」
「はぁ……ようやく着いたのか……ふぁ…」
欠伸をしながらエイジは船室から出てくる。酔いに耐えられなくなって中で寝転がっていたが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
先日の準備期間のうち、先行隊がこちらを視察、停泊に適した湾を見つけていたようで。王国領東側の、人気のない開けた海岸だ。灯台もどきに旗、簡易的な桟橋等が見受けられる。船は速度を落とし、ゆっくりと進入。埠頭に係留、錨を下ろしエンジンを停止し着岸。
「よーし、到着! 揺れない地面っていいねえ」
作業が完了するかどうかといったところで、エイジは船から飛び降りる。
「これが大陸の南側……うん、暗い」
季節は中秋。十八時ともなれば、結構暗い。夜目の効く魔族にはそれほど関係ないと思うだろうが、特に何も無いという意味なのである。
「ですが、明らかに暖かいですね」
「うぅ、体がベタベタしますわ…」
元変温動物(?)のシルヴァは敏感に気温を察知し。珍しくエイジにくっつかず、ずっと甲板で過ごしたダッキは、不快感に毛を震わす。さらに海沿い、湿気も酷い。
「皆様方、我々はこれから建設作業に入ります。翌朝までは、船室でお寛ぎ下さいませ」
飛び出して行きたい気持ちは山々。しかし、活動には向かぬ夜であり、都市に向かうには遅過ぎる。それに、ベリアルや幹部たちがいるとはいえ、立場的にも着いて直ぐに離れるわけにはいかない。
「じゃ、オレは手伝うわ」
「閣下ともあろうお方のお手を煩わせるわけには…!」
「昼寝しちまったしヒマ。ま、少し落ち着いたらこの辺りを飛び回ってみるさ。地理の把握は肝要だからね。エレンさんに頼んで地図でも描いてもらおうか」
エイジは伸びをしながら、後続の船に向かっていくのだった。
だがしかし、その船は特殊だった。今風向きは南東寄りで、その船は帆を畳んでいるにも拘らず、真っ直ぐ南へ、流されることなく一定の速度で進んでいく。
其の船は、魔王国の船団。南へ活動範囲を広げるべく建造された、魔導エンジン、即ち世界初の動力搭載型の船である。型番『Fn-30』。
そのうち、先頭を進む船は、他と比べて一回り大きい。帝国から正規ルートで手に入れた帆船を改造したもので、フレーム強度は一番堅牢であり、装飾も施されている。その船は旗艦、魔王や幹部たち主要人物が搭乗している。その甲板で__
「うえぇぇぇ……」
身を乗り出し、顔を青ざめさせているのは、宰相エイジ。
「大丈夫ですか……?」
彼の秘書であるシルヴァは、傍について背中を摩ってあげている。
「なっさけないわねぇ」
呆れ、そしてどことなく心配そうなレイエルピナ。
「風が気持ちいい……」
自分の出る幕はなさそうだと判断したテミスは、先頭で景色を眺めていた。
「おい……いつになったら着くんだよ……」
結局戻すものなど腹になかったエイジは、端っこで座り込んで項垂れている。
「おーい、いつになったら着くんだい?」
「そうですね……この地図で言いますと、今ちょうど右間あたりですから……あと三時間ほどかと思われます」
「だってさ~。折り返しあと三時間、がんばろ~」
「むり……無理です……自分で飛んで行きたい……」
絶望的なお知らせに、横になってしまった。
「ならばエイジよ、マストにでも登って景色を眺め、風に当たるとよかろう。少しは気も紛れるのではないか」
「嫌です。高所恐怖症ですから……テミスのとこ行こ……」
海は別に荒れていると言うほどでもないのだが。完全にグロッキーなエイジは、ベリアルの見守る前で這いずるように動き始めた。
「アンタさ……一つ訊きたいんだけど。アンタって空をビュンビュン飛び回ったりしてるじゃない。なのに、なんで高所恐怖症だったり乗り物酔いしたりするわけ?」
「一つ…良いことを……教えてやろう………自分で運転したりするのと、乗り物に…乗る……のとで…は、勝手がちg__」
力尽きた。
「そう……よくわかんない感覚ね」
「だが、アレを見ろよ……オレだけじゃない、アイツも証拠だ」
震える手で指差した先。そこには、くたばっているレイヴンがいた。その側で、メディアもまた完全にダメになっていた。
「そ。ま、せいぜいあと数時間頑張りなさいよ」
そう言うと、レイエルピナは彼の足を引き摺り先頭へ連れていく。雑ながらも、どこか優しい人なのだった。
その三時間後。
「目印が見えました! 目的地です!」
「はぁ……ようやく着いたのか……ふぁ…」
欠伸をしながらエイジは船室から出てくる。酔いに耐えられなくなって中で寝転がっていたが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
先日の準備期間のうち、先行隊がこちらを視察、停泊に適した湾を見つけていたようで。王国領東側の、人気のない開けた海岸だ。灯台もどきに旗、簡易的な桟橋等が見受けられる。船は速度を落とし、ゆっくりと進入。埠頭に係留、錨を下ろしエンジンを停止し着岸。
「よーし、到着! 揺れない地面っていいねえ」
作業が完了するかどうかといったところで、エイジは船から飛び降りる。
「これが大陸の南側……うん、暗い」
季節は中秋。十八時ともなれば、結構暗い。夜目の効く魔族にはそれほど関係ないと思うだろうが、特に何も無いという意味なのである。
「ですが、明らかに暖かいですね」
「うぅ、体がベタベタしますわ…」
元変温動物(?)のシルヴァは敏感に気温を察知し。珍しくエイジにくっつかず、ずっと甲板で過ごしたダッキは、不快感に毛を震わす。さらに海沿い、湿気も酷い。
「皆様方、我々はこれから建設作業に入ります。翌朝までは、船室でお寛ぎ下さいませ」
飛び出して行きたい気持ちは山々。しかし、活動には向かぬ夜であり、都市に向かうには遅過ぎる。それに、ベリアルや幹部たちがいるとはいえ、立場的にも着いて直ぐに離れるわけにはいかない。
「じゃ、オレは手伝うわ」
「閣下ともあろうお方のお手を煩わせるわけには…!」
「昼寝しちまったしヒマ。ま、少し落ち着いたらこの辺りを飛び回ってみるさ。地理の把握は肝要だからね。エレンさんに頼んで地図でも描いてもらおうか」
エイジは伸びをしながら、後続の船に向かっていくのだった。
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