魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅴ ソロモン革命

9節 異文化導入 ⑦

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 収穫が終わった翌日。といっても真夜中だが。彼は自室で眠ることなく、厨房でいろんなことを考えていた。例えば、料理について。確かに食材の収穫はできたものの、そのまま食べるだけでは楽しくない。やはりここは調味料にしたり加工したりして、応用の効くようにしたい。

 嬉しいことに、ここには大豆がある。大豆は様々な食品や調味料に加工できるのは知っての通り。軽く例示するだけでも、豆腐や納豆、豆乳に、醤油や味噌などなど……。作り方を詳しく知っているわけではないが、能力で調べつつならば似たようなものは作れるはず。上手くいけば、食生活がとても豊かになること間違いなしである。

 しかし、悔やむべきは時間がないこと。発酵食品は出来るまで時間がかかる。といっても寿命的な問題ではない。魔族の寿命は数百年単位と長いからだ。そちらではなく、目に焼き付いた終焉の景色。無論むざむざと滅ぼされる気はないが、いつか起こる以上は完成する前にダメになる可能性もある。そして、直近でも暫くしたら自分は魔王国を長期間離れなければならない。船に乗り王国へ向かう、そして共和国の視察もする予定なのだから。

 それでも、諦められない。ならば、少しでも早くやらねば。ということで、今加工法を調べしつつ、レシピを書き残しているのだ。この書き置きを見て、メイドたちが着手してくれればそれでよい。

 発酵……生体触媒である酵素の特定の働きによって変質を起こさせる……言ってしまえば特別な方法で腐らせている。発酵は特定の温度や湿度で反応が著しく、それ以上だと失活し、それ以下だと働きが鈍る。つまり徹底した管理が必要。反応の進行もやはりゆっくりで、この世界には魔力があるから幾らかは速くなるかもだけれど、それでも時間は掛かる。少なくとも使えるだけなら、ほんの数ヶ月でも大丈夫だが、その場合味は落ちるだろう。その最短でも、冬まで掛かるに違いない。

 その温度や酵素についてなど、メガネで調べ、詳細を書き連ねる。


 そして、現在得られている食材についても色々と記しておく。

 まずは小麦粉。パンや麺の材料として欠かせない。

「グルテンの含有量によって薄力、中力、強力粉に分けられていて、粘り気やコシが異なるから麺やパンごとに向いている強さの小麦粉を選ぶことが重要……と」

 仕分けした小麦粉の入った袋を調理台の上に載せる。昨日米を脱穀させていたときに、同時に小麦粉もやらせておいた。だが、原始的な方法である。石臼とかでいつまでもやらせてたら可哀想なので、動力に魔力を用いた機械を早めに作ろう。そう考え構想も練ってある。

「次に卵。ブロイラー、鶏の卵。多種多様な栄養分を含んでいることから、完全食とも言われている。菓子作りには必須ってな」

 制圧した村々から奪取した家畜からとれたもの。現代社会に比べると管理が劣ることから品質は下がっているが、さほど気にはならない。特に魔獣系の鶏卵なら、魔力を補うことさえできる。

「次に牛乳……(ゴクッ、ゴクッ)……うん、やっぱ牛乳は美味い」

 加工すればヨーグルトやチーズ、バターになるし、スイーツの生地にも必須。クリームにもなる。

「あとは植物油だな」

 菜種は見かけたことがあるし、米やコーンに大豆からだって作れる。気候的に探せばオリーブだって見つかりそうだ。

「これにベーキングパウダー、最悪重曹そのままでも混ぜれば……」

 パンケーキなど、ちょっとしたスイーツならもう作れてしまうだろう。

「食器は銀がおすすめ。反応に乏しいから酸化したり酸や塩基と反応しにくかったり、銀は体内に入っても吸収されにくいからさして害を及ぼさない。しかし、空気に含まれる硫黄によって硫化し、見た目を損なうことがあると。その汚れは重曹で取り除ける」

 食器や調理器具に関してさえ、様々なメモ書きを残しておく。

「ん……あなた、何してるの」
「な、なぜここに……⁉︎」

 何故かは自分でもわからないが、咄嗟にメモを後ろに隠す。そんな突然現れた彼女はというと、可愛らしい寝巻きを着て、眠そうな目を擦っている。

「トイ……言わせんじゃないわよ!」

 突如怒ったように目を覚ます。

「アンタこそ、何してんの」
「別に……」

「背後に隠しているものは?」
「うっ……レシピだよ」

 内緒にして驚かしてやりたかったのだが、仕方ない。

「ふうん……? 何か作ってよ」
「悪いな。何か作ろうにも、今は材料が足りない。調理器具も加工食材もな」
「……そう」

 期待するように目を輝かせていたのが曇っていくのを見るのは、エイジとしても少し辛い。

「でも、なんで今なのよ」
「そのことで一つ質問がある。船はどうだ?」

「ついさっき、テストが終わったって連絡が来たわ。動作も問題無いって。けどなんでよ?」
「そうか、それは良い知らせだ。できることなら、すぐにでもその船を使って王国に行きたい。もし王国に行くとなれば、オレは暫くここを留守にしなくてはならなくなる。加工食品には日数を要するものもあるからね。つまり__」

「布石、ね。できるの、楽しみにしてるわ」

 微笑みが向けられる。今までの不敵で挑発的な笑みも好きだが、こんな穏やかな顔をされるとドキリとしてしまう。

「それで、進水式は明日にでもする?」
「なるはやで頼む」
「分かったわ。じゃ、おやすみ」

 明らかに以前と変わった彼女。良いものを見れたとエイジは張り切り、レシピを高速で書き上げるのだった。

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