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Ⅴ ソロモン革命
9節 異文化導入 ⑤
しおりを挟むかれこれ数時間。
「よし。キリもいいところだ。一旦休憩」
この日だけで、六時間以上を勉強に充てた。そのために、読むだけならではあるが、彼らの漢字習得数は四百程度にもなったのだった。
「ふう、終わったか」
「はぁ……疲れたわ」
「さて、刈り入れはどこまで終わったかなあ」
お勉強での疲れを紛らわせる為に、皆ゾロゾロと一階エントランスへ向かう。そのすぐ外には、刈られたての稲穂が堆(うずたか)く積まれていた
「お、もうこんなに! エイジくん、早速料理してくれるかい?」
「はぁ⁉︎ バカ言ってんじゃねえ!」
「えぇ⁉︎ なんで? 僕なんかまずいこと言った⁉︎」
「あれをそのまま食えるわきゃねえだろ! こっから脱穀と脱稃作業だ!」
「だっこく、だっぷ? 何よそれ」
「実を茎から外すのを脱穀、籾殻から中身を取り出すのを脱稃と言う。米はそれでいいが、麦は挽いて粉にしないとな。という訳で、むしろこっからが本番なわけよ。前渡したマニュアルにそうすることは書いてあるはずだから、準備は整っているはず。あとはオレらが食べる分くらいの一定量をやってもらうだけだ。ということで、もう少し待つ必要がある」
その言葉を聞いた途端、みんな嫌そうな顔をした。だが知らん。やらねば食えんのだ。
「だから、その待つ間はお勉強……ではなく、休憩に充てよう。もう十分にやった、これ以上は辛いでしょ。仮眠とるなりして休んでね」
流石に鬼ではなかった。厭そうな顔をしているのだ、モチベーションが下がっているにの詰め込んでは、効果は見込めない。
「あ、そうだ! 特命組は待ってほしい」
特命組。あの時部屋にいた数名が立ち去ろうとする足を止めた。
「なんと……これほどとはねえ」
何故集めたか。それは以前、レイエルピナが銃の開発が進んだと言っていたので、その成果を確認しに来たのである。その結果は……エイジが固まりかけるほどのものだった。魔術弾タイプのみであるが、ライフルタイプ、そしてバズーカこと無反動砲(単発、照射の切替可)、そしてサブマシンガンタイプさえ完成していたのだ。
「凄いぞレイエルピナ!」
「そ、そう? ふふん!」
正面から褒められて、ちょっと照れ気味ながら誇らしい様子。
「やったな!」
「うん!」
興奮した二人は、お互い満面の笑みでハイタッチ。
「すごい……手に馴染む」
シルヴァも、手に持つライフルを驚いたように見つめている。試射は当然のように全弾命中、ブレもない。
「これは……画期的ですわぁ!」
ダッキも感心したようにテストを終えた手元のサブマシンガンを熟視する。
「はい、これ返すわ。……ありがと」
レイエルピナがどこからともなく紙片を取り出す。
「コピーは取っといたから、もう十分よ。蒸気機関車も完成したし。必要なんでしょ?」
それは全知の書の一部。レイエルピナから返還されたページ、書物を開いて当てがうと端が溶けるように癒着、完全に元通りとなる。紙の表面を摩ると、白紙に戻った。
「なるほど、そうなるのね」
「ああ。この紙片は使い捨てではない。分離した分は再生しないし、紙切れそれ自体も本体に戻さないと何にも使えなくなってしまうからね」
まだ全ての紙片が回収されたわけではないが、今この場での役目は終わったとばかりに虚空へ溶け消える。
「さて、銃へのフィードバックはあるかしら?」
「キミ自身はどう思った?」
「マシンガンの連射が遅いわ。あなたの見せた実弾に比べたら、もう全然比べ物にもならない」
「なるほど……だったら連装にしてしまえばいい。銃身を上にもう一個作るのさ。バズーカとライフルについては言うことなしだね」
「連射速度を補えないなら、数を増やせばいい……なるほど、単純ね」
自作のメモ帳を取り出して、アイデアをメモするレイエルピナ。
「ねえ……“銃”ってどう書くの? “連装”は?」
「お、勉強熱心だね」
ノートを借りると、各名称を漢字で書き込んであげる。
「さて、データも十分取れたし、回収するわ」
「えっ……」
シルヴァが驚いたように、ひしっとライフルを抱き抱える。
「実戦投入するには、まだ調整が足りてないのよ。さ、返して」
どうやら相当気に入ってしまったらしい。とはいえ、まだ完成と言えないなら仕方ない。相当名残惜しそうに、渋々と手放す。
「さて、ノクト?」
「まあってましたぁ! 聞いてくれよエイジくん! 遂に圧縮機が完成したんだよ‼︎」
今まで我慢していた分が爆発したように、興奮したノクトが叫ぶ。
「300気圧までは届かなかったけど、200まではいったんだ!」
「設備の方は?」
「圧縮機以外のプラントはできてるから、すぐにでも量産できるよ!」
「でかした! これならすぐにでも農薬を作れば、種蒔きには間に合いそうだ‼︎」
エイジとノクトははしゃぐ。傍で静かに佇むフォラスも、メガネをくいっと押上げ、どこか誇らしそうだ。
「と、いうことで。次に僕たちが開発すべきことなんかの方針が欲しいかな?」
「……そこまで進んでいるんだったら頼みたいことがある。負担を増やしてしまうことにもなるので忍びないんだが、大切なことなんだ」
「取り敢えず聞いておきましょう」
「これからは、環境に配慮して欲しいんだ。オレの元いた世界は、産業の発展に傾倒するあまり、環境への影響を蔑ろにしてしまった。そのせいで危機的状況に陥っている」
「へえ。それはどんなだい?」
「まず挙げられるのは、温室効果ガスによる温暖化だ。気候変動ともいう。地球全体の平均気温が上昇することで、気流や海流、生態系に甚大な被害が出ていて、大雨や旱魃などの異常気象も多発するようになった」
「温室……文字を見るに、熱を閉じ込める効果があるってことかな? ガスっていうのは、気体だね」
「温室効果ガスは、二酸化炭素が主だ。他にも水蒸気、メタン、フロン類、一酸化二窒素等が含まれる」
「二酸化炭素ってどんなの?」
「酸素は、知っているね? 二酸化炭素、CO_2は、炭素が酸化したものだ。基本、物を燃やした時に発生する」
「あとは呼吸でも吐いているね」
質問したレイエルピナは、ハッとしたように口を押さえた。可愛らしい反応に笑みが溢れる。
「じゃあ、機関車って……ヤバいんじゃない? 船のエンジンも」
「ああ。あんな黒煙が、環境に良いわけないしな」
「……でも、造らせるんだ」
「考えうる限り、最も単純で、実用化が早そうだったからな。一先ず輸送手段を確立して便利にした後で、少しずつ効率化していくつもりだったんだ」
段階的に進めていく、彼のその長期的な視座に内心舌を巻く。しかし、どこか焦っているかのような様子には若干の心掛があったが。
「そう。で、どうすればいいのよ?」
「排出量を減らすのは兎も角……その二酸化炭素を減らすには、植物の光合成が必要なんだ」
「つまり、植物の伐採は良くないんだね」
「ああ。材木のために多少切り倒すならいいんだが、開発のためにと無闇に拓くと後に引けなくなる。それに、木が減ると保水力が弱まって土砂災害も起こりやすくなる」
「一帯を更地にするんじゃなくて、必要な分だけ少しずつ、計画的にか」
「その通り。自然を大切にしてくれ」
ノクトは素直に受け止める。しかし、レイエルピナは若干訝しむかのような態度。
「それって、どのくらいから影響が出るのよ」
「数百年後くらいからかな。少なくとも地球では、物によって違いはあるけど、二百年くらいから顕在化してきたさ」
「へえ。自分たちに関係ないような、かなり先の未来まで見据えていらっしゃるんですね」
「残念ながら、オレ達は魔族だ。数百年単位の寿命をもつ以上、無関係とはいかない」
「あっ……」
自分の感覚と違うが故、自然と考慮から外れていた事項により驚くテミス。だが、それだけではない。自分と彼の、生物としての根本的な違いを分からされて落ち込んでいるようだった。だが、エイジは敢えてそれに構わず、別の話題を切り出す。
「次の問題は、フロン等によるオゾン層破壊だな。まず、オゾン層というのは、成層圏に分布する気体の層だ。酸素が有害な紫外線を吸収してオゾンに変化し、地表へ届くのを防いでいる。それがなくなると、過剰な紫外線によってっ生物に大きな健康被害が出るようになるんだ。フロン類は、空調の冷媒などにも用いられている物質で、炭素や水素とハロゲンが化合している。ただの魔道具なら使われないだろうが、魔力と科学を融合させたシステムだと問題になるかもしれない」
ノクトとフォラスは黙々とメモを取る。一方で化学に詳しくない者達は、ついていけずポカンとしていた。
「そして、産業廃棄物を処理しないまま放出することによる環境汚染だ。有毒物質を含んだ生物を捕食することによって上位捕食者の体内に有害物質が蓄積する生体濃縮、大気・土壌・水質の汚染による公害病と食糧不足などがある。問題になる物質は有機水銀、洗剤、カドミウム、硫黄酸化物ことSOx、窒素酸化物のNOxなどがある。これらはそのまま放出する事なく、回収してから分離等して無害にする必要がある。勿論そもそも排出しないのが一番いいが、難しいからな」
と、そこでノックが鳴る。視界の端でレイエルピナが慌てて出しっぱなしだったものを仕舞ったのを確認すると、返事をする。
「資料は後で渡すよ……はい、どーぞ」
扉を開けて入ってきたのは、レイヴンだった。
「どうやら、ある程度脱穀作業が終わったそうだ。厨房に食材は運び込まれている。料理頼めるか」
「よし、お待ちかねの米だ! 行こうか」
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