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Ⅴ ソロモン革命
8節 秘書の不満 ①
しおりを挟む魔王城に帰って、数十分。分析と、とるべき対応を頭の中でシミュレートすると、秘書の部屋の前に向かう。同じ階にある彼女の部屋の位置は、入ったことこそないが流石に覚えている。
三度扉を叩く。反応はないが、いることは分かっている。恐る恐るドアを開けた。
シルヴァの部屋は、宰相や王女よりやや高級感と広さが抑えられてはいるが、立派な部屋だ。その中は彼女の性格の表れか、やり過ぎなほど整頓されて生活感がなかった。当の本人は上着や装備品を外したいつもよりラフな格好で、ベッドに腰掛け、手を膝の上で揃えて、目を閉じていた。
「お邪魔するよ」
扉を閉め、部屋の中央まで進む。そしてそこで足を止める。これ以上進むなという圧を感じた。立ち止まると、目を合わせた彼女は口を開いた。
「何故、呼ばれたか分かりますか?」
答えは既に考えてきた。
「ああ。怒っている、というよりは不満があるんだね」
ピクリと眉尻が動く。
「オレが帰ってきてからというもの、キミはずっと自分の感情を押し殺してきた。まあ、今まで一緒に過ごしてきた身としては、感情を出さないからこそ不機嫌だってのはずっと分かってたよ……ごめんな、遅くなってしまった」
体も僅かに揺れた。
「キミはきっと、怒っていて、悔しくて、そして哀しいのだろう。それは……君はオレの秘書であり護衛だ。にも拘わらず、重用してくれないオレに歯痒く感じ、頼ってくれないことが切なく、いざという時に役立てなった自分が不甲斐なかった」
彼女はゆっくりと立ち上がり、エイジに向き合う。そして__
「何故そこまで分かっていながら‼︎」
突如叫んだ。ここまで彼女が感情的になるとは思っていなかったが、彼は努めて落ち着くようにする。こちらの方が彼女には良さそうだから。
「あなたが、この前遠征に行った時、大怪我をしたと聞きました……無事だからよかったものの、その時私がいればと…何度も何度も…後悔しました。……何故なのですか⁉︎ どうして私を!」
今まで抑えていた想いが堰を切ったように、詰め寄り両手で胸倉を掴む。激情に応じるように、その目尻からは止めどなく雫が流れていく。
__これほどとは……悪いことをしたな__
「すまなかった。キミが悪いんじゃない、全てオレが軽率だったんだ。オレは……早くなんとかしなければと気が急いて、一人で突っ走ってしまった。一人でなんでもできてしまうと、自惚れ付け上がっていた」
目を見つめて、反省してますオーラを全開にする。すると力が弱まり、目線が逸れた。
「私が正体を、明かせないせいですか?」
「そんなの、もう気にしてないさ。むしろオレは、優秀なキミに引け目を感じていたほどさ。オレがやるまでもなく全て片付けてしまうんじゃないかとね。キミ含め、幹部達は優秀だ。なら、凡人たるオレができること如きで、手を煩わせるわけにはいかない」
「私は……私こそ、大した者ではありません。むしろエイジ様こそ、必要な存在です」
エイジの胸に掌を当て、見つめ合う。赤く泣き腫らしたような目だが、もう涙は止まっていた。
「……ねえ、一つ、ずっと訊きたいことがあったんだけど」
「はい。何でしょうか」
「何故、キミはそこまでオレに尽くしてくれるんだ?」
そんな理由くらい、幾つも検討がついている。それでも、彼女の口から直接聞きたい。
「決まっています。貴方は、この世界に、この国の未来に必要な存在だからです」
「それは違うな。必要だとかいう義務的な割には、随分感情的になっていたじゃないか」
この会話は想定していない。ここから先は出たとこ勝負。彼女に関しての考察は済ませた、それを基に言い負かす。
「私は、貴方を尊敬して__」
「それも、答えにはなり得ないだろう? 何より、その手のはもう通用しないぞ。君は、正確に相手の能力を測ることくらいできるはずだ。オレは、知識こそ役に立つが、オレ自身の能力自体は、言うほど器用でないことなんか自分でよくわかっている」
「ぐむ…」
目が逸される。口ごもり、反論は飛んでこない。ならば……少し怖いが、核心に踏み込む。
「……では、何だと思うのですか」
「キミってもしかして……オレのことが好き?」
「!!?」
一瞬で顔が真っ赤になった。
__何このかわいい生き物⁉︎__
理性が揺らぐが……
__いや、まだだ、まだ抑えろオレよ……!__
「なん…なのですか……貴方という人は…!」
指摘してからというものも、顔を背けられて目が合わない。さっきよりは落ち着いたが、別の意味で興奮しているのか頬には朱がさしていて、耳は未だ真っ赤。
「なんでオレのこと好きになったの?」
「………」
「仕事している姿がカッコよかったとか?」
「……!」
「それとも……優しくしてくれたから、みたいな?」
「ッ……」
息を呑んだ。まさかそんなだとは思わなかったエイジも驚く。
「それも…ありますが……」
目が合う。一瞬彼女は逸らそうとするが、耐えて真っ直ぐ見つめる。
「貴方は、私の世界に、色をくれたからです」
彼女にしては抽象的な答えが返ってきて、少し驚く。
「確かに、貴方の仰る通り、私が優秀だという自覚はあります。ですが、それが……それこそが、私にとってのコンプレックスだったのです」
「……どういうことだ?」
「私にとって、多くのことは簡単で、やり甲斐や達成感といったものがない。全てが、つまらなかったのです」
常に劣等感に悩まされ、苦労や挫折が多かった彼からすれば、贅沢なものに思える。でも、本人にとってその虚無感は深刻だろうから、そういった感情は出さない。
「私がここにいるのは、ベリアル様に恩があるからです。恩に報いるため、自ら考えて、役立つであろう知識の学習や、武芸の鍛錬をしてきました。しかし__」
一旦言葉を区切った。その表情は、嘗ての苦悩に塗れた暗いもの。
「その先に至れなかった。して差し上げたいこと、やりたいことが見つからなかった。ベリアル様は、恩返しに拘る必要はないと、私に何も要求することはなかったのですが……だからこそ、何も見えなくなってしまったのです」
つまるところ、彼女には自主性がない、能動的になれなかったのが本質的な悩みなのだろう。そして、優秀だからこそ、その能力を持て余し、全て簡単だから目の前のものに打ち込むこともできず。
けれど、彼女はそこで顔を上げて、エイジをまっすぐ見つめた。その瞳の中に、光が灯る。
「そこに、貴方が現れた。エイジ様の言葉と行動が、私を変えてくださったのです」
「……オレには思い当たる節がないんだけど」
「そうなのですか? でも、私にとって大切な、一番大きく心を動かしたあの言葉は。今でも、ハッキリ思い出せます」
彼女は、自分の口で、その言葉を反芻する。
『オレは、この国を……世界を救いたいと思ったんだ。オレが異世界から来たってのは……聞いてるみたいだな。そんなオレからすれば、この国、この世界は苦しみに満ちている。そう思えるんだ。戦争にせよ、飢えにせよ。病や不便もあるし、対して娯楽はない。それを、オレは見て見ぬ振りはできなかった……! オレには、それを変えられる知識が、能力があるのだから! それを使うには、世界を変えるには。この立場しかない。そう思ったからこそ指導者に、宰相になりたいと願ったんだ。そして、その本懐を遂げるには、優秀な者たちの力が必要なんだ。分かりやすく言い換えよう……オレには、君の力が必要だ』
大袈裟な話。それを覚えられていて、ましてや真に受け、大切な言葉として胸に留めているだなんて。恥ずかしいことこの上ない。
「そんな、大きな志を持つ貴方の下でなら、きっと私は退屈しない。必要とされる、生きる意味を見つけられると。そう、思ったのです」
「ただその場の思いつきで言ったことだよ?」
「では、全くの嘘なのですか?」
「いや、そういうわけじゃ__」
「ええ、そうでしょうね。咄嗟に口をついて出た言葉ならば、嘘はつけない。その言葉は、確かに本心だと感じられました。それに、貴方はそこまで無責任ではないですから」
怒ったり、恥じらってばかりだった彼女の顔に、笑顔が戻った。
「それと、その……私が不眠症だということは、ご存知ですよね」
「えっ⁉︎ 初耳だけど!」
「えっ……伝えて、おりませんでしたか……?」
本気で知らなそうな顔に、焦り出す。今日の彼女は、本当に感情豊か。
「と、ともかく、です! 私には、トラウマがありまして。以来、なかなか寝付くことができなくなっていたのですが。以前、その……エイジ様の肩を枕にしてしまったことが、ありましたよね」
「ん? ああ、多発テロで走り回って疲れてた時か」
「その時こそが、私にとって最も癒された瞬間だったのです。あれほど深く、安らかに眠れたことはなかった。貴方の存在が、私に安らぎを与えてくれたのです」
そこまで行くと、エイジの方が照れてしまう。そこまで想われている、彼女にとって大切な存在になれていることが嬉しい。
「それだけでは、ありません。貴方にまだ明かせていない、この出自。その所為で、私は疎外感を感じ、また誰も信用できず孤独だった。けれど貴方は、そんな私に居場所をくれた。一人の人として接して、部下として扱い、頼ってくれた……そんな、貴方を…私は……いつしか…好きになっていたのです」
その表情からは、想いを告げる恥ずかしさと、受け入れられるのかという不安が見えた。
「私は……貴方を好きになっても……いいですか…?」
彼女にとって……これは一世一代の賭けだろう。想いを告げた以上、どちらにせよ、もう今まで通りの関係ではいられなくなる。それにもし、拒否されてしまったのならば。きっと……仕事は続けられたとしても、その心は立ち直りはしないだろう。
彼にとってのシルヴァは、とても魅力的だ。容姿的にも性格的にも能力的にも。拒否などするはずがない。しかしエイジとて、諸手を挙げては受け入れられず、脳裏に浮かぶものはある。一ヶ月ほど前、自らに想いを告げた、一人の女性が気掛かりだ。
『でも、もし許されるのならば……恋人でなくていい、伴侶になんて到底なれなくても……あなたと、一緒にいても…いいですか…? あなたの大切なヒトに、して、くれますか……?』
___……ッ! ははっ、我ながらサイッテーだな……__
あのシーンを思い出していたら、あることに気づいてしまった。
__別に、そんな関係じゃないもんな。正式にお付き合いしているわけじゃない。だったらまァ……__
その答えを、エイジは……唇を重ねることで示した。
「!!?!?」
大混乱。突然のことに何が何だかさっぱりわからず、咄嗟に腕に力を込めて離そうとするも、瞬時に抱きしめられて逃げられない。
「ダメなわけないだろ。むしろ……嬉しいな。キミのような、とても魅力的な女性に好いてもらえるだなんて」
「あわ…わ…わた、しは…」
普段冷静な彼女がひどく動揺し、悉く受けに回る様は、エイジを昂らせる。そんな彼の目に、真っ赤な耳が映り込む。欲望のままに、唇でちょっと甘噛み……
「ひやぁ!!?」
可愛らしい悲鳴をあげる。慣れぬ感覚に目を白黒させている。
「なっ……ななっ、なにを…⁉︎」
「そこに、美味しそうな耳があるのが悪い」
そしてその隙に抱き上げる。
「~~~!!?」
オーバーロード。脳回路が焼けるような感覚で思考ができないシルヴァは、動きが完全に固まった。
そのまま、エイジはベッドに近寄り、十分近づいたところで絡れるように倒れ込むと、上体を起こし覆い被さる。
目があった瞬間、シルヴァは顔を背け目を静かに瞑ったが、暫くすると目を開けて横目で何かを訴えてきた。
「全く……そそるのもうまいやつだ」
左手でシルヴァの手を握り、右手を後頭部に添えて、そっと唇を塞いだ。
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