魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅴ ソロモン革命

夢中? 真実へのアプローチ ⑤

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「あ、だけど。それを動かすもの、この世界の根幹を成す概念、魔力については考えがある」

 マリナが首を傾げる。幼めな顔立ちと相まって、なかなか可愛いらしい。

「魔力とは一体どのようなものか。それは即ち、物質とエネルギーとの変化がしやすいモノ。恐らくは相対性理論、質量とエネルギーの等価性、E=mc^2の式が成り立たないんだろう。この式が成り立つならば、1gにも満たない質量欠損で都市一つが消し飛んだ原子力爆弾という例がある。しかし魔力なら、街一つなんて吹き飛ばすこともできないようなエネルギーで、易々と水1Lを生成できる。変換式がどのようなものかはわからないが、少なくとも非常に小さいんだろうよ。そして物質状態の魔力は、量子だと思われる。魔力の素粒子、略して『魔素』という物質になるかと。それならば電子や光子、クォーツそのもの、或いは代わりとして様々なエネルギーや物質に変化できることに納得できる。多分、ダークマターみたいな未知の物質、エネルギーかな……」

「へぇ~! 面白い意見だね、そんな考え方ができるんだ~」
「それどんな反応だ」

「ん~? 驚いてるんだよ。初日の時もそうだったけど、僕が思いつきもしないようなことを考えてるんだってね」
「何を言っているのかはわかるのか」

「うん。なにせ僕の趣味は読書でね。地球の学術書から娯楽的な漫画に雑誌、こちらの魔導書まで幅広く読むし」
「へえ……」

 彼女は初めて、自ら自分の情報を明かした。名前と容姿、そしておおよその立場がわかったことで少しは得体が知れたが、未だ彼女については未知の部分が多い。異世界側での姿についても……。

 好都合なことに、彼女の口は軽そうだ。話していれば、誘導せずとも色々ボロを出してくれそう。

 そんなエイジの心中に気づく様子もなく、マリナは能天気にニコニコしていて、まだまだ楽しく話をしたそうにしている。

「そういや、さっきからオレの話ばっかじゃないか。今度はキミについて教えてくれよ」
「えっ、僕⁉︎」

 まさかのカウンターに、驚き固まるマリナサン。

「いいじゃないか、聞かせろよ。こっちが教えるばかりじゃ、不公平だろ」
「む、むぐぅ…」

 一旦落ち着いて、一服する。それでも、まだ話すかどうかは決め倦ねているようだ。機密事項も多かろう。焦ることはないとでも訴えるように、エイジは微笑を浮かべ、穏やかな目で見つめる。

「顔がいい!!!」

 さっきまで平気だったのに。またぶり返してしまったらしい。

「…………アンタ、オレの元の顔知ってんだろ」
「そんなことはもうどうでもいい! 今の君は今の君!」

 どうでもいいとは。前の顔は評価に値しないと否定的に取るか、整形を受容しているとしてとして肯定的に取るべきか。兎も角、此方で唯一本来の自分を知っている彼女が気にしないというのなら、今までの自分を切り捨て、新たに生まれ変わったこの体こそ本来の自分のものであるとしよう。そう、エイジは割り切った。

「ふーん。じゃ訊くけど、オレのどこが好きなの?」
「全部‼︎ 顔がいい声がいい性格かわいい頭がいい強い!!!」
「そうかい……」

 本当はいくつか否定したいところだけれど、折角の褒め言葉なら、素直に受け取るとしよう。というより、勢いに圧された。そのあまり__

「……ことあるごとに褒めちぎるの、やめてもらえないかな」

 目を覆うように掌を当て、顔を逸らす。手の隙間から見える、その頬は…

「ん~、なになに~? まさか照れてるの~? かっわいーなぁ!」

 ニヨニヨしながら、ここぞとばかりに攻め寄ってくる。何故自分は彼女にこうも大きな好意をまっすぐ向けられるのか、全くわからず。彼女に直接何かした訳でもなく、今までの行動で彼女の気を惹きつけるようなことをした覚えもない。エイジはただただ困惑して、嬉しくて、でもそれ以上に恥ずかしい__

「と思っていたのか? 調子に乗るなよ」
「ひょぇ…」
「ほら、捕まえた」

 近寄ってきた無防備な顔に手を添えて、逃がさない。照れているのは本心だけれど、押すだけでなくちょっと引くことで、誘き寄せる罠にすることにした。少なくとも自分以下の紙装甲低耐久に負けたくはない、という意地もあった。

「なあマリナちゃんよ。オレは、ファン一号であるキミのことを知りたいんだ」
「でもぉ…」

「教えてくれないと__」
「ないと……?」

「拗ねちゃうぞ」
「ぐはぁ⁉︎」

 そんなの絶対ダメである。間違いなくキャパオーバーして情緒崩壊してまともに生きていけなくなってしまう。

「はい…はい……言います言いますちょっと待ってねスゥーハーッ」

 落ち着けないけど落ち着いて、思考は散り散りだけど考えをまとめる。

「僕の名はマリナ。異世界との転生転移を管理している神様に仕える、神官の一人。出身はこちら、キミにとっての異世界側だ。たしか……生まれは……三百年くらい前だったっけ……。自分で言うのもなんなんだけど、稀代の天才魔術師として持て囃されたこともあったなぁ……まあ、こんなだから神様にスカウトされてね。擬似的な神性と、千里眼に幾つかの権限を与えられて、今に至るというわけさ」

「ふうん。どっちか迷ったけど、そちら側の生まれなのか。さて、その神様、上司って何者?」
「秘匿事項。ごめんね」
「ふむ……」

 彼女にとっての隠匿事項。まずは、先ほど剥がされたけど、容姿や声、その他神官の個人情報。そして、活動内容。最後に組織の全容。組織については、天性や転移を司る神をトップに据え、中間管理や接客営業等を引き受けるであろう神官、調査や調達、各種処理を行うエージェントで構成されていると考えられる。

「さて、権限というのは? なんとなく分かるけど」
「そうだね、君と似たような特殊能力や、組織への指示権とか」

「なるほど。マリナってそれなりに高い地位にいるのか? 天才を自称するくらいだし、優秀なんだろ」
「え~、でへへ~、まいったな~、それほどでも~ないかもよ~?」

 頬を薄く染め、体をくねらせ後頭部をかいて、全力で照れている。本心からこんな素直な反応ができるのは、エイジにとって羨ましいものである。

「で、特殊能力ってのは」
「さっき言った千里眼や、地球やこの世界、そしてここに転移したり介入する能力。お取り寄せしたりとかできるし~……ああそうだ、僕ね、数年地球で過ごしたこともあるんだよ」

「なるほどな。知識だけでなく実感の伴った発言や砕けた口調はこのためか……で、仕事は転移転生者たちの手引きと、千里眼を用いての監視か」
「む! 監視って言い方はやめてくださーい、観察者あるいは観測者でお願いします」

「分かったよ、ウォッチャー」
「お! その響きカッコいい! 採用! これからは僕のこと、ウォッチャーマリナと呼んでくれ」

「ことわ……ウォッチャーウォッチャーウォッチャー」
「うっ、やっぱりやめて……なんか恥ずくなってきた」

「ウォッチャーウォッチャーウォッチャー」
「やーめーてーってば!」

 これはなかなか。得られる情報が有意義ではあるのは違いないけれど、彼女のノリが話しやすく、話が合うためについつい話し込んでしまう。軽く三十分以上は経っていた。

「いやしかし、ウォッチャーねえ。未来や分岐の可能性まで見えるとは、便利なことだな」

「やめい! …………そんなに良いもんじゃないよ。見たくないものまでいっぱい見えちゃうし。だから、普段この目を使っている時は、感情を封じる魔術を使っているんだ。そして余計なことは考えないようにしてる。……だからなんだよね、知識はあっても応用できないし。使わないから鈍っちゃってさ。人とお話しする時も基本接客姿勢じゃないとだし……娯楽がマンガと小説読んでゲームして、ジュース飲みながらスナック菓子摘みつつゴロゴロするくらいしか」

「いや、充実してんじゃねえかよ」
「だって人とお話しできないんだもーん」

「ダウト。テメェは同類だ。コミュ障で、人見知りな、陰キャオタクだ」
「…………なんでバレちゃうかなぁ、内弁慶」

「シンパシー感じた」
「なるほどこいつは否定できねえぜ」

 一本取られた、とばかりに額を抑え虚空を仰ぐ。そんなマリナをじっと見ると、エイジは椅子から立ち上がり伸びをする。

「ん、どうしたの?」
「いや……そろそろ帰ろうかなと思ってね。かなり長居しちまった」

「そか。今日はこんなにお話ししてくれてありがとね。久しぶりに長話できて嬉しかった」
「こちらこそ、楽しかったよ」

「教科書は、魔王城に直接送っとくよ。それで、君はお城に帰るのかい? それとも修行再開? まだ一週間までには日にちがあるよ」
「それは山々だが……生憎オレは宰相様でね、出来る限り早く戻らなければいかんのさ。佳境なのに長期間離れるとか、ホントはあってはならないからね。それに、後はベリアルやレイヴンあたりの幹部らと対人戦の練習でもしたいところ」

「ん~、だったら……いや、どうしようかな……流石に……ダメかなぁ……」

 何か案があるようだ。しかし、やはりかなり悩んでいる様子だ。その、強く躊躇う様子から、余程のものとみえる。

「そんなに重大なものなら、無理せずとも良いさ……」

 ちょっと残念そうに背を向ける。押してダメなら引いてみる。

「あ、あー! 待って待って、ちょっタンマ! 考えさせ__」
「そこまでするくらいなら__」

「ええいままよ! ここまで情報明かしたんだし今更‼︎ エイジくん! 僕、いい修行場所知ってるよ!」
「ほう? それは?」
「ここ!」

 両腕をパッと広げるマリナ。

「ここはね、神域と呼ばれている、神に創られた特殊空間なんだけど……外界との繋がりを完全に遮断すると、外より早く時間が過ぎるんだよ」
「だいたい何倍?」

「えっとぉ……五から十くらい? およそ、こっちの一週間が向こうの一日とかかな」
「ふーん……だとしたら、二日あればだいたい二週間分の修行はできるか」

 それは大いに魅力的な話だ。時間に追われている身としては、一日一日が惜しい。本当は入り浸りたいところであるが……流石にそこまで頼りきりになるつもりもない。これからに備え、ちょっと使わせてもらうだけだ。

「なあ、ここにベリアルたちを連れてきてもいいか」

「…………少し考えさせて………………うん、本当は魔神王たるベリアルは、この領域を作った神的にも入って欲しくないだろうし、ベリアルもここがなんだか分かっちゃうだろうけど……エイジくん、僕に声かけてから、どうにかして幹部たちの魔力抵抗を下げてもらえないかな。認識阻害をかけて、ここがどんな場所か考えられないようにして、ここで修行したこととかも忘れてもらうから。それが条件」

「わかった、呑もう。しかし、認識阻害ねえ……今まで君に、オレは知らぬうちに何回かけられてきたんだろうな」
「む、一度もかけてませーん! そこまで僕のこと、疑わないでよね! 色々喋ってあげたじゃーん!」

「ふっ、悪かった。……じゃあな」
「うん……バイバイ」

 荷物を片付け背を向けて、エイジは帰__ろうとして、帰り方が分からないことに気づく。

「……帰してもらっていいかな」
「ぷふっ」

 最後の最後で決まりが悪い思いをすることになってしまった。それでこそ、彼らしいけれど。

「じゃ、またね~!」
「またね、か……ああ、そうだな」

 マリナが高らかに指を鳴らすと、エイジは転移の光に包まれた。

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