魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅴ ソロモン革命

夢中? 真実へのアプローチ ②

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「お、お待たせしました」

 収まるまで、実に十分近くかかっていた。どうやら彼女、色々拗らせて限界化したらしい。

「やっとこか。やれやれ……さて、やっと訊けるな。アンタ、名前は? オレが偽装を剥がせたら、何も隠しはしないって言ってたよな」
「そうでした、まだ名前を言っていませんでしたね。私の名前は、マリナです」

 表面上平静を保ち、微笑んで対応する。そう、今までと同じ、モザイクとしての態度である。

「おい、その営業スマイルやめろ」

 だが、エイジは不機嫌だ。

「もう偽りはしないんだったよなぁ。それに、さっきの見てればわかるんだ。アンタの地の一人称は僕で、フランクなタメ口が特徴なんだろ」
「で、でもぉ…」

「漸く理解した。何故オレがアンタを気持ち悪く感じていたか。それは、見た目も声も口調も性格も、何もかもを偽っていたからだ。オレは、素の君と話したいんだが、嫌なのか?」
「その……お、恐れ多いと言いますか……」

「オレが良いと言っている。限界化しようがなんだろうが構わん。推しの頼みだぞ、それでもやめないのか? 素を出してくれよ、マリナ」
「ひゃい…」

 最後の方は優しい声音で囁きかけると、遂に根負けしたか、顔から煙を上げながら、小さく頷いた。

「よろしい。では立ち話もなんだ、座ってくれ」

 丸テーブルと一人掛けソファを取り出して、座る様に促す。場所こそ彼女のホームだが、この場の主導権は完全にエイジが掌握していた。

「時間的にはブランチの頃合いだろうが、まあここなら、あってないようなものだろう? 紅茶でも飲もうか。スコーンやサンドイッチ、ケーキでもあればより良いのだけれど」

 ティーポットと茶葉を取り出して、魔術でお湯を注ぐ。

「ふぅ、これでようやく落ち着いて話せるね」
「誰のせいだと…」
「オレのせいだな! ハハハ」

 進められるまま、向かいに座ったは良いものの、マリナは落ち着かない様子。よく見れば、ガッチガチに緊張している。

「一つ訊いていいかな。……君っていつからそんなに女の子慣れしたんだよお⁉︎ こっちに来る前、お付き合いなんてしたことなかったんだろお⁉︎ なんでほぼ初対面の僕に可愛いとか言えちゃうんだよお!」

「そりゃ、キミ……見てたんなら分かるだろ? モルガンとダッキとテミスのせいだよ。彼女らはコミュ強で、女性として魅力的で、そんなのがグイグイアプローチしてくれば、流石に慣れなきゃやっていけないさ。とはいえ、少し耐性ができただけで、魅力を感じなくなったわけじゃないから内心ドギマギだけど。そんでもって、キミはオレのファンを公言しただろう? つまり、オレに対して好ましい感情を抱いているわけで。なら引かれる心配は無い、臆面もなく思ったことを言い放題というわけさ」

 紅茶を注ぎ、片方を渡す。そして自分のには、氷を二つまみ。

「んー、やっぱり自分で淹れるより、シルヴァの紅茶の方が美味しいなぁ」

 秘書になり、淹れ続けること三ヶ月。自分のフィードバックを熱心に聴き続けた彼女の紅茶は、好みにベストマッチした最高のものになっていた。

「あとはアフタヌーンティーセットでもあれば……と、そういえば欲しいものがあるんだった」

 秘書自慢かよ……と漫然と紅茶を飲んでいると、いきなり自分にまっすぐな視線が向けられて身構えるマリナ。

「何、かなぁ……前ほどの物は、もう用意がないんだけど……」
「大したものではないさ。それに、本当はこうして君に頼るのは良くないことだと分かってはいるんだけどね……良いかい?」

 遠慮がちながらも、物欲しそうな目。視線に射抜かれてしまったマリナさんは……キュンときてしまった。

「なんでそんなにおねだりが上手いんだよぉ⁉︎ 貢ぎたい欲が湧いてきちゃうじゃないか!」
「そうなのかい? まあ……オレの周りの人ら、ほぼみんな年上だからなあ。甘やかされてるのわかっているから、おねだりしたら通っちゃうし……自然の成り行きなんじゃないかな」

「そ、そっか~……で、なんなのだね、欲しいものというのは?」
「まず一つ。衣装のオプションパーツだ。ハットにベルト、スニーカー、その他マフラーなんかも」
「それなら、お安い御用さ。デザインとか教えてくれれば、すぐに発注かけて、十分以内には来ると思うな」

 細かいデザインオーダを記した紙。手渡されたマリナが持ち上げると、宙に掻き消える。

「さて、まだあるんだったね。聞こうじゃあないか」

 なんだかさっきからマリナの様子がおかしい。怪訝に思って顔を見ると目を泳がせた。彼女自身混乱して、自分でもどんな態度をとっているのかわかっていないようだ。

「そういえば以前、特殊能力にはまだ備えがあるって言ってたな。ちょっと興味が湧いたんだが、一体どんなのが__」
「えっ、いる⁉︎ 欲しい⁉︎ ちょうど今僕、良い能力持ってるの! えいやぁ!」

 なんと彼女は、エイジの返事を聞くのも待ちきれない様子で、ナニカを一方的に押し付けた。

「ちょっ……くっ、おい、何しやがった」
「キミが、欲しいな~、と思うであろう能力を授けたのだ! さあ、なんでしょ~か!」
「余計なことを……まあ、いい。感謝はしとく。何の能力か……それは追々分かるだろう」

 少なくとも、現時点で力が増したとか、体が変化したという調子はない。付与による体の負荷も、大したことはなかった。

「あ、一応聞いとくね。キミはどんな能力が欲しいって思ってたの?」
「まあ、今困っているのは事務作業や設計図作りだからな。念写能力ってところだ。事務は筆記作業が多くて疲れる上に、オレは絵が下手なんでね。あるとありがたいなと__なんだ、そのニヤケ顔は」

 彼女はニマニマとエイジを見ている。もしや、と思いつつ、この場での検証は置いておく。

「では次。実家の、オレの部屋から高校と大学の教科書、参考書に国語と英語の辞書をあるだけ持ってきてくれ。エージェントがいるんだ、出来なくはないんだろ? それとも、もう処分されてしまったかな?」

 その要求は、またしてもマリナの予想を超えていた。けど、だからこそ興味を抱く存在であるのだけれど。

「出来なくはないけどさぁ、いくつか訊いてもいいかな……良いのかい? ご家族に暗示系かけることになるかもしれないけど」
「ほう、地球でも魔術は使えるのか!」

「気にするとこ、そっちなんだ」
「失望したかい? けどね、オレはもう家族に対しては思い残すことはない。それに、教科書を持ち出したところで、そういえば捨てていたような、ということで都合よく記憶を変えるでしょ。人間ってそういうもんだし。で他には?」

「うん。なんで?」
「なんでって、そりゃ、もう全知の書を使いたくないからだよ。教科書は数学や理科、科学知識の基礎的な情報の宝庫だ。それに、みんなに約束したからな、アレしてあげるって」
「アレ…アレ……ああ、授業するってやつか! それに今までも……なるほど、合点がいった」

 革命に際して、様々な知識を開示し、調べてきた。その他にも、学問における知識などこれから必要となる。それを補うのに、教科書はとても便利だろう。

「そういえばだけどさあ、よく決心したよねえ」
「なにが」
「産業革命だよ。君って、結構慎重だろう? パワーバランスが云々、自分の力がなんたら、秩序がどうとか」

 産業革命を起こせば、他国との技術格差や経済規模の差が拡大する。魔王国の遅れかけた文明さえ、他国と数世紀もの差をつけて追い越してしまう、少しでもやり過ぎれば、動乱の時代となるのは避けられない。

「情報は選んでいる。保険もかけてる。魔王国は僻地だから、そう簡単に盗みには来れないし。もし漏洩したとしても、魔王国以外ではすぐ実用化や解析なんてできないレベルの技術と理論、規模をかけている。だが何よりも、現行の生活水準のままでは、とてもやっていけない。それに、他の理由……アレに備えるためにもな。ま、理屈や保険はあれど、賭けには変わりないが」

「そかそか、この程度は大丈夫ってとこまでにしてるのね。だからかあ、まだ銃には手を出してないのは」
「……ん?」

 あることが引っ掛かる。

__もしや、マリナは__

「どうしたの、考え込ん……え、まさか⁉︎」

__知らないのか、あのことを__

「一つ、確認させてほしい。マリナ、アンタは千里眼を保有しているんだよな?」
「ま、待って! ちょと待て⁉︎ え、ええと…」

 彼女は逡巡する。答えるべきか、そうでないかを。もし下手に口を割れば、まだ彼の考えが及んでいない様な自分の秘密が、露呈することになる。

「この世界の能力の特徴として、同系統の能力は打ち消し合うという性質がある。この隔絶された空間から、お前がオレのことを見れているのは、千里眼の恩恵だ。そして、オレがそちらを観測できないのは、ここが能力の範囲外にあるからか、あるいはアンタの能力がオレ以上だからと、一方的なのだと推測できる。そんなキミが知らないことがあるのはなぜかな……」

「いやだってホラ、僕だって四六時中君をストーカーしてる厄介ファンではないよ⁉︎」
「その割には、随分と細かい事まで知っている様じゃないか。魔王国の方針のような、重要なことは察知している。それはなぜか」
「それは……?」

 固唾を飲んで、続きを待つマリナ。この人の鋭い推理で、どこまで自分は脱がされてしまうのか。

「なんでだろう?」
「分かんないのかよ⁉︎」

 ずっこけるマリナ。拍子抜けではあるけど、答えが出るというのは結構マズい。

「悪いな、熟考できれば推察できるが、即時判断というのはどうにも苦手でね……」

 汗が一筋。顎に手を当て考え始めたエイジを見て、焦るマリナ。なんとかして遮り、意識を逸らせないものか__

「ね、ねえあの__」
「あっ…」

 しまった、一歩遅かったか?

「なあ、マリナさんよ」
「は、はい!」

「教えろよ」
「……え?」

 前のめりになり、じっと見つめてられて、目が泳ぐ。

「なんでなんだ? 教えてよ」
「い、言うわけないじゃないか!」

「じゃあしょうがない。口割らねえなら、キスしてやる」
「キッッ⁉︎」

 まさかの、自分で導き出すのではなく、脅迫して自供させるつもりとは。だが、効果は抜群だ。もしそんなことをされようものなら、絶対理性が保つはずない。

「どうなんだ、え?」
「あ…あ……あっ、こ、これを!」

 椅子から立って迫ってきた彼に、衣装を押し付けて一時難を逃れる。

「ん、来たか………どう? 似合ってるかな」
「それはもう、とても‼︎」

 早速ハットを被り、ポーズを決めるエイジに、マリナは顔も合わせようとしない。過剰供給で一杯一杯になっているようだ。

「で、言うの? それとも粘膜接触するの?」
「分かったから! 言うから! っていうか言い方ぁ‼︎」

 目を瞑り、吸って吐いて。目を開けると彼が真ん前にいて呼吸が乱れるが、なんとか落ち着きを取り戻せる。

「うっうん……実はね、僕は、君が思っているより近くにいるかもしれないよ?」
「ッ! なるほどそうか、仮の姿なりなんなりで下界にいると。そしてその時は察知されないように千里眼を使わない、あるいは使えない状態か」

「そゆこと~。そして僕の千里眼は、現在視もあるけど、あまり強くなくてね。実際に見た方が早いというか。そして、本来の機能は未来視だ。しかも、並行世界の可能性すら視ることができる。だから……僕も知ってるんだ。君が何に恐れ、焦っているのかを、ね…」

「なんだと……⁉︎ チッ、そうかい……オレ以外にも知ってるヤツがいるとは」

 あの光景。いつ起こるとも知れぬ世界の終焉。自分以外に知っている者がいることが、こうも心強いとは。自分自身でさえ驚いている。しかし、それでも。

「けど……ごめんね。僕は、君に何もしてあげられない……」
「ふん、ハナから期待してないさ。立場ってもんがあるんだろ。それに……最初からオレ一人でやるつもりだった。まだ誰にも話していないしな」

 彼女は天使を名乗る神官、介入して手伝ってもらえるとは思っていない。危機を知り、就任前から色々と考えを巡らせてきた。使えるものはあくまで現状手元にあるもの、今さら天の手に頼ったりはしない。武器と道具、もう十分だ。

「オレが強くなり、魔王国が育てば、きっとどうとでもなるはずだ。君らなんかには頼らねえよ」

 再び椅子に腰掛けると、冷めた紅茶を飲み干し、おかわりを注いだ。

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