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Ⅴ ソロモン革命
5節 過渡期 ②
しおりを挟むそんな最中、九月に入って暫くのことだ。
「なんでまたこんな……」
エイジがいたのは、魔王城円卓部屋。そこに集うは幹部達。約二週間ぶりの、全員集合だ。
「今は重要な時期ですよ? いいんですか、監督役達が全員ここに集まってしまって」
「既に各部署はフル稼働。俺たちがいたところで、大きく変わるほどのことはないだろう」
「それ以外にも、いくつかやりたいことがあってだな。なに、今回は訊きたいこと、伝えたいことはまとめている。そう長くはならないだろう」
「それなら……」
最近は頭痛で寝込んでばかりで、現場に行くことは少ない。気にかけているのは自分ではなく、陣頭指揮を執る幹部達の時間を、あまり取らないようにということだ。
「それに、お前はもう、あっち行かなくていいぞ」
「ッ⁉︎ ……そうですか」
その言葉。脳裏によぎるは苦い記憶。そう、バイトの試用期間に、何度か言われた宣告に似ていて。
「な、何を誤解している⁉︎」
「エイジ様、おそらくですがベリアル様が言いたいことは、宰相ともあろうものが、現場の雑務をする必要はない、という意かと」
「そうだ、その通りだ。決してクビなどではないぞ⁉︎」
言い方がよろしくないと気付いたベリアルは、慌ててフォローする。
「そうですか……」
内心とてもホッとする。と、ハッと気づく。こういう行動が一番時間の無駄ではないのかと。
「っと、んなことはどうでもいい……はい、ところで今回の議題は何ですか? 今後の展望ですか? 気が早いですね」
「いや、そういうわけで……今後の展望をもう考えているとでもいうのか⁉︎」
「話していいすか?」
「うむ、申せ」
促されると、エイジはノートを取り出し、ペラペラと捲り始める。このノートは、頭痛で寝込んでいる間に、ちまちまとやりたいことを書いていたもの。
「正直今もイマイチ頭回ってないんで、グダりますが……魔王国の目標の一つ、領土拡大についてです」
以前の会議にて、忘れていたことをレイヴンに咎められた件である。
「我々は帝都に侵攻し、大打撃を与えました。諜報部隊などという異例はありましたが……何度も申し上げている通り、暫くの間帝国は軽率な行動はできない。これぞ、狙っていた好機です。地図を」
取り出し広げると、教鞭で差す。
「魔王国より南下した先の、この半島へ侵攻します。わたくしの見立てですと、この辺りはCw、温暖冬季少雨気候、もしくはCfa、温暖湿潤気候かなと。温帯は全五気候の中でも、特に安定しています。本当はCfb、西岸海洋性気候は人類が最も快適に暮らせる気候と言われているし、農業にも最適なんだけど……大陸の西にしか無いからな、ここらには無いだろうというのが残念……」
一度話すのをやめ、皆の顔色を伺う。
「おっと失礼。気候の話は程々にして。ここを占拠するメリットに関してですが、見立て通りの気候なら集約的稲作農業などが可能になるかと。遂に最強の主食、米が食べられる日が来るのも近い……! っと、まだまだあります。今我々は産業革命で、大量の鉱物資源や工業製品を生産しているわけですが、いずれ魔王国内の需要を超え、余るようになります。さあどうする、レイエルピナさんよ?」
「余ったら……? どこかに売るわね、普通に」
「そう、その通り。では、どこに売る? テミスなら?」
「……はっ! 私の帝国!」
「と?」
「……」
前傾し、地図をじっと見つめるテミス。
「ルイス王国ですか」
この間、三秒足らず。
「如何にも。目的は土地だけではなく、海洋もである。海岸を占拠して港を作り、新たな魔王国の拠点にしたい。魔王城の近くにも港を作って海路での輸送をしたり、他国との貿易の足掛かりにしたいところなのだが………ベリアルさま~、魔王国は船、ないですよね?」
「ううむ、その通りだな。今まで海路を重要だと思った事はないし、ここからでは海がやや遠い。南南東か北西なら、いくらか開けたところがあるが……」
南東方面には山脈の切れ目が、そして北には何もないが、広大なタイガが行手を阻む。そのうえ…
「北には流氷があるだろうな、間違いなく。砕氷船なんて造れるわけもなし」
見たことはないけれど、魔王国の緯度で雪が降るなら、北の海はほぼ間違いなく凍っていることだろう。
「ふう、さて困ったな……どうやって船を確保するか。造船のノウハウは無いぞ……また能力の出番ですか」
「あ、それなら、帝国にあなたが欲している通りの船があると思いますよ」
「それは本当かテミスゥ⁉︎」
「え、ええ、はい……」
食い気味の返答に少し引き気味のテミスであるが、エイジは必死だ。何でもかんでも全知能力に頼っていては、頭が焼き切れる。もう頭痛は勘弁なのだ。
「はい。帝国が漁業や王国に海路で向かう用の大型帆船が、何隻かあったと記憶しています」
「なるほど、そうか! よし、じゃあぶんどるか? いや、流石にそれは野蛮だな。ここは普通に買収だ」
「戦争しといて今更野蛮って……」
レイエルピナ、呆れ気味のツッコミである。
「ま、ともかく。どーにか金を工面して、船を買い取る。その船をそのまま使ってもいいし、参考にして造ってもよし。幸い、人手も木材も有り余って……はいないが、余裕はある。それから、港の整備もな……」
机にノートを置くと、また何かを書き連ねる。
「よし。では、話変わって侵攻についてですが。まずは砦や、以前制圧した集落を経由し陸路で。帝都からは遠い所を進むので、接敵する可能性は低い。少数で大丈夫でしょう。そこで仮拠点を立てたのち、転移陣を展開、占領します。そこから陸路で線路を引いたり、あとは余裕ができたら港を__」
「エイジ様、少しよろしいですか?」
「……んっ! どうした、我が秘書?」
横にスッと現れたシルヴァが、肩の後ろ辺りをツンツンしてくる。恐らく無自覚。きっと指摘したら恥ずかしがるだろう、ということは胸にしまいつつ。平静を保ち、切れないながらも何とか装い、続きを促す。
「貿易についてなのですが、ポルトへの言及をお忘れではありませんか?」
「なっ、なっ、なっ……」
「どうされました?」
「素晴らしい! 素晴らしいぞ我が秘書!」
思わず両手で強く握る。
「えっ? えっ?」
「そうだ、ポルトだ! すっかり忘れていた! 完全に盲点だった……あの商業国家は使えるぞ!」
帝国と王国に気を取られ、いつの間にか意識から追いやられていた。
「いやしかし、何かに集中すると視野が狭くなるのは悪癖だな……」
「ふむ、ポルトのことを考えていなかったというのは、どういうことだろうか? 説明を求む」
ベリアルの、まるで責めているかのようなセリフが飛んでくるが、本人からはそのような感情は一切感じられない。
「まず、魔王国から陸路でポルトに行くには、帝国あるいは王国を完全に横断しなければなりませんでした。これは、警戒され対立している我々では非常に厳しいうえに、そもそもとても遠い。だから接点を持てるはずがない、そう考えていたかもしれません」
「なるほどな。で、今は違うと?」
「ええ。南に向けて陸沿いに海路を行けば、何者にも邪魔される事はないですし。大回りで遠いけど……。あと、大陸北側は帝国領ですが人がいない。そこに線路を引いたっていい。何よりそもそも、我々が直接共和国まで出向く必要はなかったんです。帝国や王国に中継ぎしてもらってもいい」
「その帝国や王国と険悪だから、困ってるんじゃないわけ?」
「聖王国じゃないんだから、その辺りはどうとでもなるのさ、レイエルピナ。こちらがある程度土地を手に入れてから不可侵条約を結ぶ、って手もあるし、それが受け入れられないとしても、彼らからしてみればウチらの資源は希少度が高く、喉から手が出るほど欲しいわけで。交易が持ちかけられれば、彼らにとってもビジネスチャンスなわけだし、みすみす逃すとも思えない。どうだろうか、異論はあるかい、お姫様がた?」
「……」
「私にも、反論は思いつきませんね。感情的に受け入れ難いかもしれませんが、それ以上に利益が大きい。それに、正常な交易が出来れば、魔王国への信用度も上がる……」
テミスの言葉に大きく頷くエイジ。議論は盛り上がり、煮詰まっていく。
「一つ質問がある」
「何でしょうか、エリゴスさん?」
「ポルトと交易するとして、取引するものは何になるのだろうか」
魔王国の今後に関わる話。そして、この議題が終わった後も、エイジに訊きたいことがある。そんな魔王国幹部らは、興味深げに参加している。
「ふーむ……テミス、ポルトは大陸の中央にある。つまり乾燥していて、砂漠や荒野が広がっている。違うかな?」
「いえ、その通りですが……それがどうかしたのですか?」
「乾燥しているという事は農業がしにくいという事。つまり彼らは、農産物の自給できない。だから商いをして食料を得ている。三大国に面しているというのは大きなメリットだからな。それに恐らく、土地が平坦で移動しやすいというのも後押ししているのだろうよ。これが、ポルトが商業国家として発展した経緯だ。どうだろう?」
「はい、流石はエイジさん!」
テミスの賞賛に照れつつ……
「本当に、君がいてくれてよかった」
カウンターを決めていく。固まったテミスを堪能すると、咳払いして、考えをまとめる。
「ポルトは乾燥していて暑い。つまり、魔王国のある土地とはできることが全く異なるんだ。つまりは__」
「つまり魔王国の特産品は高く売れるってこと?」
「まさにその通りだ! この辺りの、寒冷な気候でないと得られないものは高く売れるだろう。加えて。ここや半島で、作物の栽培に成功すれば、それらを自給できないポルトに高く売れる。それだけじゃない。帝国や王国にも、ここの冷涼な気候を活かした抑制栽培……端的に言うと、旬の時期からずらして栽培する方法なんだけど。これで出荷時期をずらせば高く売れる。何で高くなるかっていうのは、まあ経済学の需要供給の話で長くなるから、今は置いておくとして……」
「輸入はどうなるのだ?」
「聖王国など西部諸国の産品であったり、あとは……これは賭けですが、石油かなと。まだ誰もその価値に気づいていないうちに、買い占められればいいんだけど。っと、メモメモ……」
ノートを取り出し、議会で出た意見をまとめ__
「議事録は、もう取っておりますわ」
「マジか! 流石我が秘書、優秀だな」
「えっへん、それほどでもありますわ」
「……提案したのは私ですが」
「はいはい。二人で協力して書いておきましたわ」
秘書二人が書いたノートをざっと読み、満足したエイジは後で褒めちぎることを誓うと、正面に向き直る。
「では、まとめに入りましょう。我々は、生産量の向上と国内での需要が落ち着き次第、ジグラド帝国、ルイス王国、ポルト共和国と貿易をするつもりです。そのために、まずは陸路でこの半島を占領。その後、港を整備し、帝国から買い取った船、或いは国産船を用いて海路を拓きます。それが出来たら、この半島からさらに南下し、王国領の一部海岸線も占拠します」
「おい、最後なんか増えてなかったか⁉︎」
「王国領内に使える港を用意せずして、如何に交易するのだね? というわけでレイヴン、使える軍の準備よろしく」
「……はぁ、使える兵士数はそう多くはないぞ」
「大丈夫大丈夫、接敵なんてしないはずだから」
将軍はため息を吐くと、自分のメモ帳を取り出して書き込みを始める。
「侵攻と船の調達は、一週間以内に、ほぼ同時に行うつもりだ。お金の工面と、購入と運搬する要員は、こっちなんとかするのでご心配なく」
「……そんなに急ぐ必要はあるのか?」
「そうだ、エイジよ。国内が落ち着いてからではないのか? 工場はようやく本格稼働に至ったばかりであり、事前準備にしては時期尚早。お前はどこか、焦っているように見受けられる」
「焦っている? フッ、何のことでしょう。私は元からせっかちですよ」
心に過ぎるは、荒廃した世界。
「「「……」」」
呆れ。否、心配と、何かを探っているような視線を感じる。
「それに、私は何か感じるのですよ。急げという予感が。半島や王国から、何やら因縁めいたものを感じていますのでね」
「それは、千里眼によるものか?」
「……いえ、ただの勘です」
あの予知とは違うが、これも全くの嘘というわけでもない。
「……そうか。あまりいい気はしないが、そこまで言うのなら、止めはしない」
色々な感情や考えを飲み込んで、ベリアルは顔を伏せた。
「だが、それよりも! ここまで長くなるとは、思っていなかったが……この会議にはまだ続きがある。本題に戻らせてもらおう」
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