魔王国の宰相

佐伯アルト

文字の大きさ
上 下
198 / 236
Ⅴ ソロモン革命

5節 過渡期 ①

しおりを挟む
 ベリアルの演説より、約一週間が過ぎた頃……。

 高炉第一基は無事竣工し、数日前より操業を開始していた。高炉により製錬された銑鉄は、パイプを通じて転炉に流し込まれる。銑鉄はコークスによって還元されたために炭素を多く含んでいるが、そのままでは質が落ちてしまうので脱炭する必要がある。その転炉に(数日かけて分量と圧が調整された)高圧の酸素を送り込み、炭素やリンと酸化反応させて取り除く。こうして純度を上げ、鋼へとなると、ワイヤーで転炉を引っ張り傾けて、金型へ通じる管へと流れる。錬金術による鋼の生産は未だされているが、この高炉と転炉を用いての製造量は、実に九割を占めている。

 そして、この管から流れ出た溶鋼は、枝分かれして様々な部署へと行く。大半はレールである。金属を削り造られた金型は少しずつ生産されているが、現在の主流は砂型鋳造。試作し、最も良い形状のレールを模型として使用している。砂型は初期費用が安く、制作期間が短いために採用された。寸法制度や冷却スピードは劣り、高価なランニングコストがかかるが、速度を最重要視する魔王国は、今後しばらく砂型鋳造に頼ることとなるだろう。

 さらに、レールとトロッコにより、鉱石運搬の単位時間量が増加。更に多くの鉱石や魔晶石が発掘されている。航路などへの運搬の時間が大幅に短縮されていく。

 また、この高炉の稼働により、釘など工具も大量生産が進む。このおかげで、仮設集合住宅の建設速度も、加速度的に速くなっている。建設が終わっているのは、労働者の一割分にも満たないが、二週間後には半分以上を賄える想定。一部屋に二人以上入れるのならば、その時点で全員収容可能なようだ。

 その労働人口だが……魔王国全体の人口が不明なために予測による概算となるが、現在で二十万前後、人口の過半数が働いているようだ。しかもさらに増加する予想。というのも、女子供さえ働くことを志願したためだ。無論、希望や能力に合った割り当てをしてはいるが。



 とはいえやはり、未だに労働環境は良くない。魔力制御に精通したものはともかく、食事を必要とする者全員を賄うには量が足りない。エイジの手配で今でもある程度は集まったといえど、交渉をする者は百人もいないうえに、換金元となる資源の運搬も足りていない。仕方なく人材を一部食料調達に回して、なんとか賄っている。

 また、過酷な労働環境で服がダメになったり、素材が粗悪ゆえに本来ならしなくてよかった傷を負ってしまう者まで。さらに先述の通り、仮設住宅は足りない。衣食住、ここに来る前の方が満ち足りていたと思う者は多い。

 また、自分の仕事が何の役に立つのかと、疑問を持ち始める者たちは既に現れている。追加労働者の増加率も落ち着き、皆が仕事を覚え始めたところで安定したところと、不満によって士気の乱れが起こるなど、労働者当たりの効率というのは、初期稼働時と大差がない。

 そんな中、進捗を懸念したベリアルが、最前線に現れる。そしてあろうことか肉体労働、特に重労働とされている作業を率先してこなすようになる。この姿に感銘を受けた魔族たちの士気は大きく向上。幹部も全員余すことなく現場に赴き指揮を執る。体調を崩した者達へのフォローを最優先にしながら。

 しかしエイジは、そこにはいない。なにせ、能力の酷使により頭がやられ、頭痛に喘いでいたためである。呆れながらも看病する秘書達を遮り、仕事をするようにと伝えて寝込んでいた。



 更にそこから数日の時が過ぎる。人事部による勤怠管理は強化され、ボーナスなどの話が出始めた頃だ。

 フォラスとレイエルピナによる鉄道の開発も佳境を迎え、機関車の部品が製造され始める。その作られた部品がどうなるのか、知らない者が多数ではあったが。

 大量生産された工具で木を切り、木材はトロッコで運ぶ。これを釘で打ち付け、金具で固定し、支柱を立て壁を張り床を敷く。最も人員の割かれている建築の方は極めて順調。エイジが大暴れして切り倒したおかげで、木材だけは有り余っているのだ。

 高炉は、二基目がもうすぐ完成する。錬金術師達の必要性は薄れ、余った人員は採掘の方に回される。その採掘も、坑内にレールが張り巡らされ、何階層にも掘り進められてはリフトで運ばれ。爆薬で砕いてはトロッコに載せ、平らな道を押していくだけのものになる。事故防止の為の魔導具の動力も、すぐ近くで魔晶石がいくらでも手に入るため問題にはならない。

 力仕事の苦手な者達は、現在家具作りや枕木製造に従事している。更に非力な子供達などは、魔王城周辺にて、灌漑で栽培された綿花の収穫を行なっている。その綿花は工業地帯へ運ばれて、ある程度形の出来上がった紡績機で糸となる。これによって服が作られるほか、綿のまま布団などへ使用されることもある。

 こうした相互作用により、多くの魔族達は気づいていない様子で合ったが、少しずつ環境は改善されている。更にもう数日経てば、暮らしの質の向上を体感できるほどにはなるはずであった。


しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

勇者(代理)のお仕事……ですよねコレ?

高菜あやめ
恋愛
実家の提灯屋を継ぐつもりだったのに、家出した兄の帰還によって居場所を失ってしまったヨリ。仕方なく職を求めて王都へやってきたら、偶然出会ったお城の王子様にスカウトされて『勇者(代理)』の仕事をすることに! 仕事仲間であるルイーズ王子の傍若無人ぶりに最初は戸惑っていたが、ある夜倒れていたルイーズを介抱したことをきっかけに次第に打ち解けていく……異世界オフィスラブ?ストーリーです。

【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。

BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。 しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。 その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。

最初から最後まで

相沢蒼依
恋愛
※メリバ作品になりますので、そういうの無理な方はリターンお願いします! ☆世界観は、どこかの異世界みたいな感じで捉えてほしいです。時間軸は現代風ですが、いろんなことが曖昧ミーな状態です。生温かい目で閲覧していただけると幸いです。 登場人物 ☆砂漠と緑地の狭間でジュース売りをしている青年、ハサン。美少年の手で搾りたてのジュースが飲めることを売りにするために、幼いころから強制的に仕事を手伝わされた経緯があり、両親を激しく憎んでいる。ぱっと見、女性にも見える自分の容姿に嫌悪感を抱いている。浅黒い肌に黒髪、紫色の瞳の17歳。 ♡生まれつきアルビノで、すべての色素が薄く、白金髪で瞳がオッドアイのマリカ、21歳。それなりに裕福な家に生まれたが、見た目のせいで婚期を逃していた。ところがそれを気にいった王族の目に留まり、8番目の妾としてマリカを迎え入れることが決まる。輿入れの日までの僅かな時間を使って、自由を謳歌している最中に、ハサンと出逢う。自分にはないハサンの持つ色に、マリカは次第に惹かれていく。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...