魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅴ ソロモン革命

4節 着手 ⑦

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 鉱石を念動力で持ち上げ、持てる限りを山の麓へ輸送する。目指す場所は、製錬場予定地。

「あ~! エイジくん!」

 人懐っこそうな笑みを浮かべて、駆け寄ってくるはノクトである。

「はい、鉱石」
「ふむふむ~……コレは大半が鉄鉱石かな? ようし、お仕事開始だ!」

 ノクトが声を張り呼び掛けると、魔族たちが集まってくる。

「さあ、説明した通りだよ。あの高炉が出来上がるまでの繋ぎとして、錬金術で鉄を製錬する」

 ノクトの見やった先には、ようやく土台部分のできた高炉らしきものが。

「そこに炭素を加えるという工程を挟んで、鉄鋼が出来上がる。だったね」

 早速、魔術の発動する音と光が発せられ始める。そちらで鉄が生成されると__

「オレの出番」

 物質変形能力を用いて、鉄同士をくっつけて、大型にする。

 その大型になった鉄の体積、質量を測ると、魔族たちがコークス、石炭を加熱処理して炭素部分だけとなったもの、を手に錬金術を発動。炭素含有量0.6%になるよう取り込ませる。

「さて、と。まずコレで作るのが、建築用の釘と、坑道敷設用のレールだね。特にレールは、鉄道のモデルケースになるものだ、重要だねえ」

 出来上がった鉄は横にどかされて、次の鉄鉱石に作業が再開される。

「これ、一基でも稼働できるようになったら、うんと楽になるんだよねえ」

 数日前から耐火煉瓦は、魔術もフル活用で作られているが、全く足りていない様子。

「製鉄場……僕達が要なんだ。ここが動かないと、他は鉄製品が手に入らないから、動くに動けない……僕はまあ、なんてことはないんだけど……エイジくんは、待つしかないというの、嫌いでしょ?」
「ああ、焦れる」

 今一つ落ち着かない様子のエイジに対し、ノクトはクスリと笑いかける。

「何が君をそこまで駆り立て、焦らせるのか。君の文明を知らず、千里眼を持たない僕には分からない。けどまあ、安心して。どれほどの慰めになるかは分からないけど、僕達は全員全力だ。それに、今はまだ初日。最初が遅いのは仕方ない。むしろ、僕の目からしてみれば、十分速いと思うんだけどなあ」
「……分かっているよ。ただ、オレって結構せっかちでさ」

「僕の目には、余裕があって、冷静にも映るんだけど」
「それは、人の上に立つ者としての、最低限度の立ち振る舞いさ」

 先ほど運んできた鉄鉱石。その大半の加工を終え、一息つく。

「いやしかし、疲れる」
「でもこんな辛いことが、エイジくんの持ち込んだ技術のおかげでうんと楽になると思うと……確かに待ち遠しいねえ」

「本当は、好ましくないことかもしれないがな。オレはどこまでいっても部外者なんだから」
「まだ気にしてるのかい」

 自分の持ち込んだ概念や技術のせいで、この世界が本来辿るべき発展の歴史を歪ませているのではないか。彼がそう懸念していることは、皆承知である。だからこそ、濫用するつもりもない。

「では、僕から一つ。僕達は、君の力や知識と、全知の能力を頼りにしている。しかし、頼りきりというわけでもない。僕達なりに考えて、模索して工夫して、最適化や応用しているつもりだ。君だけが全ての責を背負いこむことはないと思うよん」

「だといいが……」
「責任感強いね。まあ、だからこそ頼りにできるんだけど。よいしょっと」

 しゃがんで作業していたエイジに合わせて座り込んでいたノクトは、掛け声と共に立ち上がる。

「僕達は、魔晶石や鉱石とか石炭とか、あるだけ運んでくるよ。運搬なんて雑務は、部下たちにやらせておけば良いので~す。それに、明日また朝と夕方に、大量に追加投入されるんでしょ? 作業速度はもっともっと速くなる。キミは……すこし考え込み過ぎる節があると思うんだ。もう少し気楽に、やりたいと思ったことをやりたいようにすれば良いと思うよ? まだ若いんだし。まあ、できれば相談はして欲しいけどね」

 手をヒラヒラさせて、ノクトは立ち去ってしまった。

「……可愛がられてんな、オレは」

 幹部達からしてみれば、桁違いに若いエイジは、かわいらしく映るのだろう。それに、仕事をこなす姿も健気に見えるのかもしれない。

「休み時間ってことね。はいはい、しばらくしたら戻ってきますよ。それまで好きにさせてもらう。……とはいえ、オレってば全然一箇所に留まらないな」

 宰相……トップはいろんな現場を見て回らねばならないから、とどこかで思っていたためであろうか。そんなことに気付けるオレ、ちょっと成長したかも? など思いながら、また別の場所へ向かう。

 その先は、転移陣周辺。即ち人事部の下へ。

「いたいた……ダッキ」

 そこには、机に突っ伏してスヤスヤと眠るダッキの姿が。

「そんな体勢、体に悪いだろう」

 彼女の周りは死屍累々の様相を呈していたが、その他には目もくれず、ダッキを抱えると仮説本部へと運んでいく。

 念力で入り口のカーテンを捲ると、誰もいないテントの中を突っ切って、端の仮眠室へと運び込み、ベッドに寝かせる。そのベッドの隣には、モルガンも寝ていた。

「……二人とも、お疲れ様」

 労うように、二人の頭をそっと撫でると、エイジは背を向けて__

「ダーリン……らいしゅき…れふ……」

 ビクリとして振り返る。どうやらダッキの、ただの寝言のようだが。

 ふと頭をよぎる考え。ダーリンとは誰のことであろうか。彼女が過去に愛した誰かなのだろうか。それとも……彼女から自分は、ちょくちょくダーリンなどと呼ばれている。匂いなどから自分の存在を無意識下で感じ取って、そんな言葉が出るに至ったのか……。どちらなのか気になるところであるが、頭を振り、雑念を振り落として外に出る。

 外に出ると、先ほどは無視していた人事部の息ある屍たちを、取り出した敷布団の上に運び、転がしておく。そして、机の資料をざっと整理し、纏めて、本部のロッカーへ収納する。

「これでよし……ん?」

 後ろから、天幕の捲られる音がする。振り返って見てみると、そこにはテミスを背負ったレイエルピナが。

「あれ、どうしたの?」
「テミスが疲れて、うとうとしてたから運んできてやったのよ」

「いや、そうでなく……キミら仲悪いんじゃ?」
「別に、そんなことないわよ」

「でもこの前__」
「あんなの、マジなわけないじゃない」

 ダッキ、モルガン、その隣にテミスをゆっくり寝転がす。

「……ああ、そういえば、もう日付変わるくらいか」
「魔族にとっては嬉しい時間帯なのでしょうけど、テミスにはキツかったようね」

 人間で、朝から起きていて、トラブルもあって。それでは、体力のある彼女でも疲れはするだろう。

「仮設住宅建設の進捗はどうだい?」
「今はフォラスに代わってもらってるわ。それと、今の作業は角材を切って、骨組みになる分を揃えているところ。釘とか、全く足りてないけどね……アンタのパズルみたいにする案、良いとは思うけど、手間なのよ。釘でガンガン打ち付けちゃいたいわ」

「そうかい……コイツは、結構複雑な問題だな……高炉が動かないことには」
「まあこっちでも、やれる限りは相欠け継ぎとかするから。くれぐれも、アンタは無茶しないように。少しは自分を顧みること」

「おやおや珍しい。心配してくれるのか」
「アンタが倒れると、各所の進行に支障が出るのよ」
「ごもっともだ」

 言葉を交わすと入れ替わるように、エイジは天幕から出ていった。
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