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Ⅴ ソロモン革命
4節 着手 ③
しおりを挟む時は少し戻って、夕方頃。本部より少し離れた森にて。
「よし、ここです皆さん。この森が、住宅及び工場の建設予定地に近く、また鉄道の敷設において障害となるであろう森です。ここの木を切り倒し、建設材とします。伐採する係と枝払いをして整形する係、そして運搬する係に分かれてください」
「ダヨリニナルナ、テミスサマ」
グレーの作業着に着替え、腋に資料を抱え、ペンを指揮棒のように振るって、凛としたよく通る声で魔族達に指示を出していく皇女の姿があった。もしここにヘルメットがあったら完成形である。
因みに彼女、今日は不服だが仕方なく転移魔術陣でこちらに来ていた。
「それはこちらに。……ああ、そちらはこちらで対処いたします。……皆さん、お困りのことがあれば、遠慮なく私にお申し付けください!」
あちこちに率先して動き回り、指示を出し、時に手を貸す。こうするのには理由があった。
勿論、エイジの役に立ちたいという想いが大きい。しかし、それだけではない。テミスは勘付いていた、自分に敵意や不審の目が向けられているということに。
何故、こんな女が我々に指図するのか。体力も魔力も優れていない奴が。そして、知っている者は知っている。彼女が最近魔王国に入国したばかりの新参者であること。そして、敵国の皇女であることを。
そんな彼らの不信感を少しでも拭おうと、今テミスは精一杯働いている。
「すみません、こちらを優先して処理していただけないでしょうか。ありがとうございます。さて、次は……」
「なあ、おい」
「はい、どうかなさいましたか?」
資料をめくり、確認をしているテミスへ、ある魔族から声が掛けられる。
「聞いたよ……アンタ、帝国の姫なんだってな」
「ええ、はい。そうですが……」
肯定したことで注目が、そして敵愾心が集めるのをピリッと感じる。
「なぜキサマのようなニンゲンがここにいる」
「それは……宰相エイジから、推薦を受けたためです」
ポケットから取り出したのは、魔王ベリアルの紋章。目にした者は、一瞬たじろぐ。
「……あなた方が敵国の皇女である私を疑うのは、仕方ありません。私だってあなた方と同じ立場であれば、そう思うでしょう。しかし、どうか信じてほしい。私は……あなた方の実情を知らなかった。私ですら知らないのですから、多くの人間達も同じはずです。いえ、知ろうともしていないでしょう……ですが私は、あなた達のことを知って、自分を恥じました。そして、知ろうともしなかった過去の自分を悔やみました。今の私は、心からあなた方のお役に立ちたいと願っています」
最初に敵意を投げかけた者は、テミスの穏やかで、それでいて強い意志を秘めた目に圧され、引き下がった。しかし……
「信じられるものか!」
鋭い声が投げられ、強い声にビクつく。
「俺たちは、おまえ達帝国に散々苦しめられてきたんだ!」
「上が何考えているか知らないが!」
「アンタのいうことを聞く筋合いはない!」
魔族達の中には、魔術陣を展開する者も現れ、テミスは冷や汗を垂らす。
__マズいですね……私自身もそうですが、何よりこれをエイジが知ったら……きっと彼らはタダじゃ済まない。もし制裁を下すようなことがあれば、市民達の感情が……__
数人が工具を携え、敵意も剥き出しにテミスに迫る。
__いや、相手のことを考えている場合じゃないですね……やるしかない、かな。剣は良くない。だとしたら盾を__
「ヤメロ‼︎」
覚悟を決めたテミスの前に、影が割って入る。
「ゴグさん⁉︎」
「はっ、このお飾り幹部が!」
そんな彼の行動に物怖じせず、それどころか同時に葬ってやろうとさえしている魔族らは、歩みを止めることはない。そして、目前に迫り、手が振り上げられると__
「ぐああぁ⁉︎」
「ガノジョニフレルコドハ、ユルザン!」
その手をゴグは掴む。そのまま万力のような握力で締め上げる。巨体を持つ彼が腕を持ち上げれば、無謀な魔族は宙吊りになる。
「この……ウスノロが!」
二人に向けて、魔術が放たれる。その瞬間ゴグは身を捩り、テミスを庇う。
「ッ! 大丈夫ですか⁉︎」
「イマナラ、マダ、ミノガジテヤル」
「ッ⁉︎」
煙の中から、何事もなかったかのように現れ、掴んでいた魔族を放り投げる。
魔王の人選には全て意味がある。決して理由なく幹部に選出されることなどない。
「テミスサマハ、オウサマニナレルヒトダ。オラナンカヨリ、ズッド、アダマガイイ。シジモウマイ、キモキク。ヤサシグテ、キレイデ、ツヨイ。ベリアルサマモ、サイショウサマモホメデイダ。ソレデモ、モングガアルナラ……」
少し離れたところまで離れていき、大木を両手で掴むと__
「フンッ‼︎」
容易く引き千切り、構える。
「オデガ、アイテシデヤル」
まさに、鬼の形相。その気迫に圧倒され、敵意は弱まる。
「マオウザマノダメニハダラグナラ、オレトテミスサマノ、ハナシヲギイデクレ」
「……分かりました」
苦渋の色を浮かべながら、反抗者達は引き下がった。
「オケガハナイカ?」
「貴方こそ、大丈夫なのですか?」
「コノグライ、ナントモナイベヤ」
にかっと笑い、サムズアップ。
「優しいんですね」
「イヤイヤ。モジアナダニ、キガイガクワワッダラ、オラガサイショウサマニコロサレテマウ」
「ふふ、確かにそうかもしれませんね」
本当は笑い事ではないかもしれないけれども。
「さて、では仕事に戻り__ひゃあ⁉︎」
「コノホウガ、ミヤスインデネエガ?」
ゴグはテミスにそっと手を回して抱えると、肩に乗せる。
「ええ、そうですね。お願いします。それとこれは、私なりの感謝です」
「……! アダダガイナ」
肩に手を置いたテミスの手から、光が溢れる。癒しの光だ。
「では、あちらに向かいましょう」
「オウ!」
テミスの指差す先に、ゴグは意気揚々と走り出した。
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