魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅴ ソロモン革命

3節 中央集権 ①

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「突然の招集にも関わらず、お集まりいただき、感謝します」

 翌日、エイジはある部屋にいた。魔王城は五階、応接間である。

「我々はなぜ呼ばれたのかな」

 口を開いたのは、獣人族の集落の族長老犬バウム。その側に侍るは、次期族長候補ネコ科のシャルと、護衛のオオカミ科ハティ。彼らの集落は魔王国との条約締結後、族長らの活躍により、他集落との合併などによってその規模を広げている。それも、魔族の脅威が消えたことを示したことと、魔王国の支援によって生活が安定したこともある。

「用件すら伝えることも出来ず、誠申し訳ありません。なにぶんこちら、只今現在立て込んでおりまして」

 その隣の者達に、エイジは視線を向ける。そこに居るのはウッドエルフ王のハック、ダークエルフ王のニンテス、それぞれの補佐ハイエルフのオーヴェンとティタス。皆難しい顔をして、次の言葉を待つ。

「では、用件の前に一つお聞かせくださいませ。あなた方は、魔王国のことをどうお思いで?」

 その質問に、各々の長は側近と目を見合わせる。

「あなた方の市民の幾人かを、こちらで預かっておりますが。彼らの扱いや、彼らからの伝聞で、この国をどう感じましたかな?」
「そうですな。聞いたところによると、仕事は大変で、言葉の壁で不明瞭な部分も多いが。少なくとも、生活においては不自由していないと」
「んにゃ? ウチは悪くないって思ってるにゃ」
「正直、アンタらが律儀に約束を守るたぁ、思ってなかったんでな。驚いている」

 バウムは厳格ながら敵意なく、シャルは緊張感なくのんびりと、ハティが少々不機嫌そう、というよりきまりが悪そうににしながら答えた。

「我々も同様に、現状魔王国に関しては、不満はありませんとも。ですよね、ニンテス様?」
「ええ。魔導の技術も発達していますし、居心地がいいくらいです」

 ニンテス女王は、フォラスとの論戦や技術交換を経て、魔王国との関係を深めたようである。オーヴェンは普段と変わらず掴み所のない表情をしているが、ノクトに慣れたエイジの見立てでは、今はリラックスというかありのままで、良からぬことも考えていないようである。

「わたくし達への偏見や、迫害等も無いようですし。みんなも暮らしやすいと言っていますわ。ですよね、ハック様?」
「……認めたくはないがな」

 ニンテス同様この国に来て、自らの目で確かめたティタスは好意的。寧ろ自らの方がが魔族への偏見凝りまくりのハックさえ、それ程の拒否反応は示さなかった。

「それはよかった。皆様がこの国を気に入ってくれてなによ__」
「御託はいらん。とっとと本題に入らんか!」
「なんですか、そんなに忙しいですか、こちらの方がよっぽど忙しいのに……」

 わざわざ応対してやってんだぞ、と言いかけて堪える。煽り耐性のない自分を反省してはいるが、そう簡単には直らない。寧ろ抑えられただけマシであろう。

「ハック様…! 折角の厚意を無下にするのは、如何かと思いますが!」
「いだだだ! 悪かった、取り消す!」

 側近に耳を引っ張られ、焦って撤回。離された後もバツが悪そうに顔を背ける。

「では急かされたんで、本題に入りましょう」

 ちょっと不機嫌になりながら、空気を纏める。そして自身も深呼吸し、落ち着きを取り戻す。

「今、この国は変革しようとしている。その変化は大きいものであり、文明は躍進、これまでのものとは全く異なる次元であると言えよう」

 語気が変わり、傾聴する。その内容に彼らは、だからどうしたと言いたげ。

「だが、その革命を為すには、力が足りない。この国の力だけでは、至れない……。ですから__」

 姿勢を前傾して。

「どうか、あなた方の力を貸してほしい。共に、この国を育てていただきたい」

 拳を握り、真っ直ぐな視線で見据え、熱弁する。

「……具体的には、どうすればいい」

 数拍おいてのバウムの発言を、乗り気であると捉えたエイジは、目を輝かせる。

「何も、難しいことではありません。市民の皆様を、全て、この国に移住させていただきたい。そして、働ける者には、働ける限り働いていただく。鉱石の採掘に、材料の加工、魔導研究の手伝いなど。当然今まで通り無理はさせませんし、新たに得た技術等に衣食住、整い次第惜しみなく提供させていただきますよ。権利や待遇など、魔王国民と全く同じ扱いをするということです」

「にゃるほどにゃー……」
「ならば、我々にとっては、何の不利益もないようだな」

 魔王国による恩恵を、この中で最も受けている獣人達には、最早抵抗感はないようだ。

「わたくしは乗ります」
「お待ちください! 彼の提案を飲むということは、事実上、我々の国がなくなるということです!」

 珍しく焦った様子で、オーヴェンは自らの主人を止めるが。

「それがどうかしたというのですか? もとよりあの戦争のせいで、わたくしが女王になった時点で国家の体をなしていませんでした。それに、魔王国の一部になったとして、わたくし達精霊の存在や、歴史、文化といったものがなくなるわけでもありません。魔王国に暮らす魔族の方々の様子を見れば分かることです。多くの種族がいながらも、各々の民族がアイデンティティや誇りを有しながらも調和し、共存できているのですから。わたくし達がその中の一つになるだけです」

「では、もし過激な反対派が現れたならば?」
「民に危害を与えるのであれば鎮圧を。ただ反対を訴えるのであれば、彼らが魔王国に与しない道を示す必要はあります。そこは要相談ですね、オーヴェン」
「……は。それが陛下の御意志ならば、私はそれに従うまででございます」

 元老長は、己が主君に首を垂れる。その方は、他国の宰相に微笑みかけていたが。

「ふふっ、こんな可愛らしい方が魔王国の宰相だなんて。助けてあげたくなってしまいます」
「ふん、頼りないな。ついていくことに、儂は不安しか感じぬ」

「あら、そうですか? 彼はやり手だと感じますけれど」
「……ふん」
「エイジ様、我々もあなた方魔王国のために協力は惜しみません。必要とあらば、なんなりと」

 ティタスが勝手に全面協力を押し出してしているが、ハックは顔を背けつつも強い反対はしていない。

「……そうですか。あなた方の協力に感謝します」

 各々の反応より、要求が飲まれたのは明らか。会議は締結されたと見做し、礼をする。

「それでは、本日より二週間以内を目安に、市民の移住を開始していただきたく。足はこちらが提供します。こちらの革命活動は今週末には始まりますので、早めであればあるほどありがたい。それと、あなた方には市民移住後、この城に部屋を用意いたしますので、大使として滞在していただきたく存じます。……大使の仕事は、国民を代表して他国との交渉を行うことですよ」

 諸々一通りの説明を済ませると、エイジは席を立つ。

「積もる話もあるでしょう、私は退席します。しなければならない仕事も山ほどありやがりますから。この部屋はしばらく開けておきます、好きにお使いください。話も通してありますので、城内を散策しても不審がられることはありません。それでは」

 エイジは秘書たちにハンドサインすると、部屋を出ようと扉に向かう。

「ああ、そういえば! 明後日の正午に魔王城下町にて、魔王様の演説がありますので出席されてみてはいかがですの? ベリアル様は並ならぬカリスマ性をお持ちのお方……不信感のある者たちも、きっと心を動かされるに違いありませんわ!」
「え、オレそれ聞いてないケド⁉︎」

 ダッキの情報に誰より反応したのは、まさかのエイジだ。

「でも、先日あなた様はいなくて」
「あー、そういやそん時アストラス行ってたな。でもさ、帰ってから言ってくれても__」
「帰ってきた時は終業時間でしたから、邪魔するわけにも。お疲れでしたでしょうし」

 無。真顔である。都合が合わなかった上に、気を遣った結果とあれば強く言い出せない。

「間の悪さは健在か」

 無感動ながら、どこか諦めたようにぼやく。

「どうかなされまして?」
「その日、仕事……砦まで出張です。聞けねえじゃねえか……」

「サボり……ううん、キャンセルすればよろしいのではなくて?」
「そういうわけにもいかねえだろが……まあ、その日までになんとか考えとくか……はぁ」
「それでは、我々はここで失礼しますわ」

 落ち込んだ様子のエイジをダッキが促して、宰相一行は退室していった。

「あの者……まさか幻獣を側近にしているとはな」

 バウムはホッと息を吐いたのち、唸る。

「なんと…! 只者ではないと思ってはいたが、まさか幻獣とは」

 緊張していたのは、エルフ王もまた同じらしい。

「うむ。あの狐の者は、儂等の集落の側……その山中の祠にて封印されておった者。かの宰相と激闘を繰り広げておったが、まさかあのような形に落ち着くとはの……」
「なんと! では彼女は、あの人の強さに匹敵するというのですか?」
「もう一人も同じく……いや、更にその上のようじゃの。更に恐ろしいのが、二人ともまだ本調子でなく、宰相もまた多くの力を隠しているのだろうて」
「魔王国……あれほどの者が平然といるとは、底知れないですね……」

 彼らの消えていった扉を見て、外賓達は戦慄するのだった。

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