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Ⅴ ソロモン革命
1節 布石 ③
しおりを挟む「さあて、では問題。この鉄道、まずはどこに敷くと思う?」
「砦じゃない?」
「まずはここから城下町まででしょ」
「いやまあ、城下町もそうなんだけど……まずは、アストラス山脈まで敷く!」
誰からも出なかった答えである。だが疑問を呈するより早く、納得が起こる。
「確かに道理だ」
「ええ、そうです。燃料となる魔晶石、材料となる各種金属。それら有益な物資が大量にありつつ、それらは重く、また距離も離れている。鉄道のメリットを最大限に活かせる、真っ先に敷くべきルートなのですよ」
「敷く、というのは?」
「ああ、そういえばだ。前提として、列車は決められたルート上しか走れないんです。特別な設備が必要なので。これ見てください」
先程の下手な絵の下側を指す。そこにはレールがきちんと描かれていた。そしてまたエイジは別のフリップを取り出す。
「これが線路の俯瞰図と断面図。ほら、線の道でしょ? さて、構造だが、圧力を分散させるために砂利を敷き詰めた『道床』、車輪を直接支えるメイン部分の『レール』、そのレールを固定し荷重を道床に分散させる『枕木』が主なパーツとなっている。レールは『エ』の字型で、長さは(メガネ着)……標準長25m。当然、全て同じ形状でなくてはだめだ。枕木は、レール保持と荷重に耐える分の強度が必要。当然幅も統一だ。道床は、砂利を用いるものは『バラスト』と言われるらしいね。砂利の大きさ……15~70 mmで。靱性のある石を砕くといいそうだ。基礎は大事、隙間なく敷き詰めないとだ。まあ、これが線路の構造。全部一定の規格で作らなければならないが……ふふふ、どうだ? これで分かるだろう、単位の重要性、便利さが! これがあの時言った事前準備というやつだ!」
得意げに取り出すは1m定規。これを元にして、現在フォラス主導のもと計器が大量生産されている。
「さあて、これで鉄道の話は終わりだ。じゃあ、次行こう。頭疲れた? 知らん。取り敢えず聞いて。オレが覚えているから問題ない」
皆が次の話に備える間も無く、エイジは話を続ける。
「開発が鉄道に集中しているうちに、生産部門にも色々やってもらうよ。まずは、国営工場を建てる。しかも二つ。敷地は……そうね、10ha(ヘクタール)。1ヘクタールが100m × 100m = 10000㎡。まあ、2×5 でいいかな。場所は城周辺と、アストラス山脈のすぐ近くだ。その方が、手に入れた材料をすぐに加工できて便利だからね。山脈近くにも、確か森はあったはずだ。それを使って建設する予定だが、その間に、機械を造る」
話しながら自分でもこんがらがってきたエイジは、昨夜作った表を出す。今言ったことが箇条書きにされている紙だ。
「遠いからな、建設予定地が決まったら、転移魔術陣をすぐに設置しよう。建ったら機械搬入。木材カットして枕木作ったり、製鉄して金型に入れてレールを作る。列車の部品を作りつつ、別のこともやってもらう。鉱石から金属を取り出す製錬、純度を高める精錬用の設備を作る。そしてさっき言った通り、紡績機を使ってガンガン服を作る。コンクリートで道を舗装する」
ノートをスラスラ読み上げるエイジに対し、ベリアルやエリゴス、テミスが難しい顔をしている。ゴグは最初から諦めていた。
「木材を加工し、釘やネジ、ボルトにナット、スパナとドライバー、バールや金槌など各種工具を作って公営集合住宅を建てます。……いや、いらねえな。工具は別で使えるから作るにしてもだ、ええとあれなんていうんだっけ……パズルみたいにするやつ……検索完了。ほぞつぎ、相欠つぎ、だぼつぎなんかの接合法を使う。まあ難しいし、困ったら金物使うしかない。さて、建築といえば、手狭で防衛設備等が整っていないこの城も増築しますよ。水道も引く。そして……貨幣を製造する。社会基盤をドンドンと整えていきますから」
「やることが多いな。なるほど、数年かかるも納得である」
「いえむしろ、数年で終わらせられる分、魔王国には地力があると言えますよ」
川を引いたり、戦争の準備を整えたり。今までの事例から、魔王国の秘めた力を察するには十分である。
「さて、わかりましたね? 住居は木造にします。近くに木材として最適な針葉樹の多く生えるタイガがあるんで、そこから持ってきます。城下町の、レンガ製や革製の住居も断熱性で見れば悪くないんですが……大量に作る必要がある以上、加工が簡単かつ手に入れやすい素材として木材を使用しますね」
魔王国の建築事情は、他国(特に帝国)のものを見よう見まねでやった結果、レンガや石造が主となっている。
「待ってよ、なんでそんなの建てる必要あるの? 足りてるんじゃないの?」
「そうでもないのだ、レイエルピナ。住む場所のない者は、確かに一定数いる。だがエイジよ、お前の想像しているであろうものは、私の想像よりは間違いなく大きい。レイエルピナのいう通り飽和する可能性もあるが……なぜ建てる?」
「ふふ、いいでしょう。なぜ建てるか、それは第二の布石ですよ」
また出た布石。如何なるものか。
「いいですか皆様。この改革をするには、現時点で把握しているこの城での労働者及び兵士ら戦闘員たちでは、人手が圧倒的に足りません‼︎ ですので……城下町に住む魔族ら、およびその周辺……魔王国の一員としての自覚があるかどうか怪しいところからでさえも、魔族であらば全員かき集めて労働力とします‼︎ 加えて獣人、エルフ達にも色々手伝ってもらいましょう。となると……今のままでは家、全く足りませんよねえ? 家を持つ者としても、職場に近い方が通勤しやすくて楽でしょう?」
「なるほど、よくわかった。では訊くが、今まで働いたこともない奴らが、はいそうですかと働くか?」
こんな鋭いことを言うのは、レイヴンくらいしかいない。その言葉にエイジは考えたことがなかったように固まる。で、その視線は魔王に向く。
「そうですね、そこは魔王ベリアル様のカリスマ性でなんとか。なんとかかんとか。まあ、演説でもすりゃあいいんじゃないですかね」
敬愛する主君の能力を疑うこともできず、レイヴンは頷く。
「だが、それだけでは流石にムリだろう」
故に本人が否定するのだが。
「取り敢えず、働かせるところまで来れば勝ちですよ。彼らも最初のうちは、なんのために働いているかわからないでしょう。ですがね……自分の加工した木材が家になる。自分の作った家具が家に置かれる。働いた成果が目に見える形で、自分の生活を豊かにする。そして……鉄道が動いた暁には、こんなトンデモないものを作っていたのかと驚くと同時に、誇りに思うでしょう。どうです? モチベ上がりません?」
「なるほど……天才か⁉︎」
讃えられ返しに褒めるベリアル。エイジは気恥ずかしくって堪らない。
「……流石に言い過ぎですよ。さて、元にしたのは共産主義、社会主義ですね。この制度は端的に言うとみんな平等。物は平等に分け合う。みんな同じ額の給料をもらい、みんな同じ生活水準になる。素晴らしいことですが、しかし現実は甘くない。真面目に働いてもサボっても同じ収入なら、労働意欲低下しますよね? そういうことで大抵崩壊しました。ですので、お金ではなく実物にしつつ、意欲あるものには追加報酬を与えるという制度にしますか。社会基盤が整ってきたら、人民には独立してもらい、資本主義としますか。とはいえ……魔王国の発展は、ロシアに似た歴となりそうだな。鉄道や共産主義、天然資源や地理的特徴といい……」
良いイメージはないが、似たものは仕方なし。進むべき道さえ誤らねば、良い参考になるのだ。
「まあ、これでこの私の発表は終わります。さて、質問のある者はいますか?」
「はい」
手を挙げたのは、レイエルピナだ。正直質問しかないだろうなと思っていたが、それとは少し違うらしい。
「ん? なんでしょうか」
「ずっと、気になってたのよ。アンタの会議に初めて参加してからずっと、ね」
出会った頃から、というと、エイジにはあまり良いものである気はしない。
「それは一体?」
「アンタは……いつまでこの国の宰相でいるつもり」
てっきり一生いるかと思っていた魔王国の幹部たちは、目から鱗である。しかし、エイジは宰相になると決めた時から、ある覚悟を決めていて。
「あとほんの数年だよ。多分だけどね」
短過ぎる。それが皆の抱いた感想。
「それはなんで?」
「オレは本来人の上に立てるような器じゃない。それに、先程言ったように、魔王国には地力がある。オレは知識を吐き出すだけ吐き出したら、そこで用済み。いなくてもなんとかなる。それ以前に、本来このオレはこの世界の住人じゃないんだから、既に過干渉なんだよ。そんで、為政者に大事なのは世論を反映すること。永く居座ると、察知する勘も鈍る。専門分野に特化した幹部ならまだしも、宰相は替の効く歯車であるべき。先程挙げた事例、あれを成し遂げ、この国が発展し、魔族達が国の管理からの自立を目指し始めた時点が、きっとオレの宰相としての辞め時なのさ」
「そう、なのね……」
答えを得たレイエルピナの表情は、そんな短期間でいなくなってくれるなら清清する。といったものなどではなく……どこか寂しげなのであった。
「他には……え、ナシ? 本当にいいの?」
「……ああ。適宜訊けば、いいだろうからな」
突如明らかに皆の元気がなくなり、戸惑うエイジ。そりゃあ、あれだけの情報を押しつけられれば疲れるだろうな、と内心労わる。
「もう疲れたでしょうが、まずやるべきことを提案させて下さい。すぐにすべきことは、部署新設に伴う人員の異動です。開発部門と生産部門に人を回してください。特に生産の方は、一番人が多くなるように。手が余っているものは全員入れるくらいでいいです。よろし__」
「構わん、やれ」
エイジの確認を待たずベリアルが容認。
「相談を__」
「お前のやりたいようにやれ」
そんなものいらんとレイヴン。
「なら、誰がいいか考え__」
「ワタシがやるから」
エイジのやる必要はないとばかりにモルガン。
「でも任せきりにはで__」
「エイジクンは先のことだけ考えて」
遠慮を切り捨てるノクト。
「え、どうしたのみんな?」
「鈍感」
「朴念仁」
「唐変木」
「分からず屋」
「えぇ…」
秘書と姫、それぞれ二人ずつの批難の目を向けられ、困惑するのみ。態度豹変の理由がわからない。
「わかったよ、長話が過ぎ__」
「分かってない。汝は何も分かってない」
トドメにエリゴス。
「なんで…そう思われたか…せいぜい…考えなさい」
メディアまでもが死体蹴り。
「……はい」
皆に圧され、声が小さい。追いやられるように部屋を出ていく。まだまだそちらのカンは鈍いのだった。
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