魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅴ ソロモン革命

1節 布石 ①

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「わかったわかった、落ち着け」

 予想通り爆ぜたエイジを、慣れた様子で鎮めるベリアル。流石にエイジも、新顔が引き気味なことを見て、咳払いして落ち着く。

「時間は与えたはずだ。順を追って説明してくれ」
「承知しております。すみません、少し昂ってしまいました。では、革命について説明します。が、その前に……布石を打ちます」

 その聞き慣れぬ言い回しに、眉を顰める面々。

「布石とな?」
「ええ、事前準備です。あることをしておかないと、少し手間でしてね」
「ほう、どういったものかな? 聞かせてみせよ」

 ベリアルは手を組んで前のめりに。他の者たちも今一度集中し直す。

「新たに部署を二つ、増設します。それは、開発部門と、生産部門です」
「ほう……その意義は?」
「先の戦争で、あることを確信したのです。順に説明します」

 開発、生産。二つの単語を皆が飲み込むまで、一息置く。

「まず開発部門ですが、その名の通り、様々なものを開発してもらいます。新技術、それを応用した日用品などの道具であったり、設備であったり、あるいは兵器であったり……。今まではそれらを、魔導院が一手に引き受けていました。しかし、先の戦争において、魔導院は魔導の追究のみを旨とするにもかかわらず、設備や兵器の開発のみならず製作など、明らかに負担がかかり過ぎていました。本来の役目を果たせぬほどに。その負担を分散させるため、開発部門の新設提案に踏み切りました」

 ほう、と関心を持った様子。特にフォラスは喜ばしそうである。

「次点、生産部門です。これも前述の開発部門と同じく、先の戦争において気付いたことでありますが。兵站部門は、本来は物流機能こそが役目にもかかわらず、武器や物資の調達や生産、加工なども手掛けることになり。結果どこよりも疲弊してしまう結果となりました。そのため、加工や生産に特化した部門を新設しようという運びに。ちなみに、調達部門の新設も検討しましたが、これは兵站や調査、そしてこれから改革にて作るもので、より運搬が楽になりますので、それほどの必要性を見出しませんでした」

「うむ。それは確かに重要な話だ」

 あのタフで知られるエリゴスが、あの時ばかりは悲鳴を上げていた。となれば、この提案を彼が呑まぬはずもない。

「なるほど。部門新設の提案、確かに耳に入れた。で、その統括は誰がするのだね? 幹部は全員埋まっているが」
「そうですねえ。まだ決まっていませんが、その前にまず__」
「なら、わたしが開発部門やるわ」
「君がか⁉︎」

 興味なさげにぼーっと聞いているのかな、と思っていたら、予想外のところから返事が来て、たまげる。

「あら、そんなに意外? わたしじゃ悪かった?」
「あ、いや、そういう訳では……でも何故?」

 魔王の娘ともなれば、立場は幹部以上。七光ではあるかもしれないが。

「わたしの趣味は破壊だから。兵器には興味があるわ。それに、この部署がこの国の最先端なんでしょ? 楽しそうだもの」

 兵器だけじゃないんだぞ、と言おうと思ったが、それも承知なようで安心。

「では、頼んでいいね?」
「任せなさい。やってやるわ!」

 能力がどれほどかはともかく、やる気はあるようだ。最近は色々な部署の仕事を見ているらしく、仕事への理解も進んだ頃合いだろう。フォローは必要だろうが、ここは任せてみよう。

「なら、後は簡単だ。生産部門には、ゴグ氏を統括としよう」
「オラカ!」
「で、す、が……その補佐に、テミス姫に入ってもらおうかな」
「えっ……私ですか⁉︎」

 まさかの指名に、驚くのは彼女だけに非らず。

「私で……いいのですか?」
「ああ。君には、間違いなく能力があると見ているからね。君こそ、いいか?」

「は、はい! 不肖テミス、全身全霊で取り組みます!」
「ははは、気が早いな。まだ設立されてないよ?」
「あっ……」

 はりきりの空回りに恥じらうテミス。

__うん、かわいい__

「設立されてないって……どういうことよ?」
「だってまだオレの提案、承認されてないよ?」
「「「あっ……」」」

 今やっと皆も気づいたらしい。まだ提案段階で、承認されていなかったことに。

「反対意見などでなさそうな雰囲気だったもので、つい」
「そうか。では、宰相の提案を承に__」
「お待ち下さい」

 宰相の待ったの声に、疑問の魔王。

「部門を新設する為に、幹部総員で議決します。承認か、反対か。2/3の賛成で以って可決とします。」
「なぜ、今になってそんな格式張ったことをするのだ?」

「今までは改革が急を要したので飛ばしましたが、この頃は安定してきましたからね。是非を問い、より良い政策を決める為に必要なことです。私だって間違えることはあるでしょうからね。なにより、宰相の独裁を防ぐための抑止として必要な行為です。幹部ら提案の都度、発議するようにしていただきたい。議決は魔王様にとっていただきます」

 そんなこと、必要あるか? と、困り顔であるが、これが必要無いと断定できるほど愚かな者は、この議席にはいない。

「承知した。では我が魔王国の幹部たちよ、兵器開発部門と生産部門、二つの部署を新設することについて、是非を問う‼︎」


「承認します」
「賛成よ」
「肯定スル」
「認めよう」
「承認」
「……異議なし」
「オッケー」
「ミトメマス」


「……では、満場一致により可決とする!」

 予想通りの結果ではあるけれど。やはり必要な行為であるのは違いない。

「可決されましたか。では、本日をもってゴグ殿の前線維持任務を解除。生産部門部長として魔王城に勤務していただきます。前線の維持は、以前申し上げた理由より、現状の戦力で十分だと想定しておりますので」
「ウム、ガンバル!」

 初対面の時は、まだ様々な種族に慣れていなかったためか、嫌悪感を覚えていたのだが。慣れてくると、ゴグは聡明な方であり、純朴な性格、なによりこの城に来てから清潔にするようになったので、エイジもさほど忌避感は感じなくなった。

「では、先ほど指名した通りのメンバーに各部門を統括していただきます。とはいえ、ゴグ氏はデスクワークをしたことがないでしょうし、レイエルピナは人の上に立ち率いた経験がない、テミスは魔族に不慣れであると思いますので……開発の主導は基本、現代武器やアイデアなどが豊富にある私が担当しますが、それだけでは足りない。これから暫くは戦争するつもりもありませんので、レイヴン、ノクト、エリゴスさん、フォラスさんには、彼女らの補佐に入ってもらいます。よろしいですか?」

「仕方ないな……まあ、俺も不安ではあったから賛成だ」
「負担を減らされる分だと考えれば、そのくらいならばよいだろう」

 新リーダーへの心配、そして初期投資だと考えれば、この程度の負担など気にならないそう。

「さて、これが布石、ということは、これからが本番だな?」

「ええ、そうです。新設したこの二つの部門、これらこそが最も多忙、かつ今回の革命とも呼べるような改革の根幹を成すものである! というわけでお姫様方とゴグ、お覚悟を。それと皆も、少し糖分を摂るなりして頭を休めて。こっから……とんでもないことが始まるから、ネ‼︎」

 軽い気持ちで統括やる、なんて言ってしまったことを、レイエルピナは今更後悔し始めた。だが、もう遅い。

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