魔王国の宰相

佐伯アルト

文字の大きさ
上 下
173 / 236
Ⅳ 魔王の娘

10節 魔晶石採掘 ②

しおりを挟む

 途中から本気を出して飛ぶこと二十分前後、霊峰の間近に迫る。山脈中腹周囲を旋回し、着陸に適した場所を探していく。ちょうどいい感じの場所を見つけると、ゆっくりと降下する。

「はい、着いたよ」
「どうも。なかなか楽しかったわ」

 レイエルピナを下ろしたら、腕を組み、目を瞑る。そんなエイジに構わず、レイエルピナは先に進もうとする。

「おーい、行くわよ!………って、ねえ、どうしたのよ? 行くわよ、早く来なさい! ねえってば!」

 レイエルピナは誰よりもせっかち。ちょっと集中したいのだが、周りをうろちょろされて、気が散ってしまう。

「ねえ、何してんのよ」
「少し静かにしてくれ!」
「えっ⁉︎ うん……あっ、千里眼?」

 目を開け、首肯する。

「そうだ。ちょうど良さげな洞穴を見つけた。行ってみるか。因みに、今君が行こうとした方向とは逆方向だ」
「うぐっ……悪かったわよ……さあ、いきましょ……きゃあ‼︎」
「うおっと‼︎」

 レイエルピナが足を滑らせ、崖から落ちかける。間一髪、手を掴めたが。

「危ないから、落ち着いて、慎重に、ね」
「うっ、うぅぅ、別に無傷で着地くらいできたわよ‼︎ ………ありがと」

 引き上げると、ばつが悪そうに視線を合わせてくれなくなってしまった。

「危ないから、手を繋ごうか」
「………んっ」

 目を合わせず、ぶっきらぼうに手が差し出された。


「ここだな」

 数分間移動すると、すぐに辿り着いてしまった。名残惜しいが、手を離す。目の前の洞穴はそこそこ深く、じめっとしている。

「あっ、しまったな……照明を忘れた」
「そんなの、魔術使えばいいじゃない」
「……そうだね」

 レイエルピナが詠唱すると、掌に発光する球体が現れる。

「さ、いきましょう」
「少し待ってくれ………ふっ!」

 今度はピタリと動きを止めてくれた。

「……なんで獣人化したの?」
「炭鉱の中には有毒ガスが発生する、もしくは充満していることがある。本当はカナリアなどの鳥がいれば分かりやすいが、生憎それらしい鳥はいなかったのでね。自分の感覚に頼ろうというわけさ。さっ、入ろう」
「……お先にどうぞ」

 洞窟は床が湿っていて、やや下り坂だ。

「濡れて滑りやすいから気をつけて」
「ええ、分かったぅわっ!」

 レイエルピナが足を滑らせ、背中に激突される。

「おっと。まさか君って、意外とおっちょこちょい? ちょっと前にもドアに激突してたよね?」
「ううう、もういい! このままおぶって!」

 これ以上醜態を晒すよりは、大人しく甘えることにしたらしい。エイジとしてはむしろウェルカムだ。

「うー! これって意外と恥ずかしいし、屈辱……」
「うん、気にしない気にしない」

 流石に、油断すればエイジも滑ってしまいそうなので、ズルして少し浮いていたから大丈夫だったのだが。そして、せっかく密着したのに、すぐ足場が平らになってしまった。

「なだらかになったよ?」
「……このままでいい……」

 完全にへそを曲げてしまったようだ。なら帰るまでずっとこのままでいいか。
「でもここが目的地だ。地面を見て」

 下り切った先は行き止まり。だが、その地面には沢山の魔晶石が生えていた。魔晶石の発する光に照らされ、うっすら輝くその光景は、かなり幻想的である。

「んー? そうね、魔晶石ね。じゃあ、帰りましょう」

 気だるげに地面を見ると、レイエルピナはしがみついたまあ動こうとしない。かわいい。

「え? これからが本番だろ?」
「……しょうがない、か」

 渋々といった感じだったが、このままの体勢では調査できないので降りてもらう。しゃがんで、そこらに生えている魔晶石の根本を砕き、調べてみる。

「へえ、これが天然の魔晶石………不純物が多いな」

 よく見ると、結構黒っぽく、カビた氷あるいは踏まれた雪みたいで、正直汚い。

「そういうものでしょ。天然で、純粋な物質ってそうそうないし、特にマナは他のものと混じりやすいから」
「含まれているのは……酸素にケイ素、炭素と酸化鉄、さらに水和物化してる、と。これほどの結晶のうち純粋なマナは1%もないのか……」

 魔晶石として認識されている水晶体の全てが魔力、というわけでもない。水や珪素、炭素など非金属元素も多く含まれている。物質変形の特殊能力で、そういった組成までもが判るのだ。

「魔力の結晶は、それ自体がすごく高いエネルギーを持ってる。これ全部が純粋な魔力そのものだったら、とんでもないエネルギー源になるでしょうね」
「今まで不純で質が低いと思っていたが、自作の魔晶石の方が大分質がいいな」

「えっ……自作? 今自作って言った?」
「ああ、ほらっ」

 孔から取り出し投げ渡す。その魔晶石は、なんと星型多面体。

「何よこれ……すごい上質じゃない! そもそも生物から魔晶石を作るなんて、よっぽどの量と質がないとダメなのに……これがあれば、こんな所まで来る必要なかったわ!」

「そんなにすごいのか? 器械を改造しながら余剰魔力で作ってたんだが……いざという時の魔力補給用に」
「これが一個あれば、魔王城の半日分くらいにはなるわね」

 それでも、僅か半日分。自然のエネルギーと比べれば、結局個人の持つ力など高が知れているということだ。

「残念ながら、それ一個に、順調にいっても四日かかる。結晶への変換効率が悪すぎるし、変換できても不安定だから、他の物質に変化したりして、失敗したり、ほとんと生成出来ないんだな」
「そう。それはちょっと残念ね」

 余程珍しい代物なのか、暫く名残惜しそうに眺めてから、エイジに投げ返す。

「ところで、なんだけどさ」
「ん……なに?」

 熱心に観察するエイジの傍、もうつまらなくなったように、レイエルピナはその辺をプラプラしている。

「この魔晶石、利用に差し当たってのデメリットみたいなのって、ない?」
「そんなことが気になるの?」

「ああ。こんな便利なエネルギー源が、なんで全然使われていないのか気になってさ」
「なんでって……まず、魔晶石自体が希少なの。天然に産出されるものは、龍脈上にしかない。弱い地脈じゃダメ。それに、太い龍脈上は往々にしてこの山みたいに険しい環境だったり、木が鬱蒼としてたりして、立ち入るのは容易じゃないわ。人工でも作り出しにくいし……あとは不純物が多いから、取り出せるエネルギー量に対して嵩張りすぎるのよ。純度を高める方法も、フォラスは研究中~とか言ってたし。あとは、そうね。不純物の多い劣悪な魔晶石は、使用すると近くの者の魔力回路に悪影響を及ぼす、かもしれないし、逆に高純度だと、感受性が高すぎたり低級魔族のように魔力への耐性が低い者は、被爆しちゃって悪影響が出るかも、ってノクトが言ってた気がするわ。……まあ、アンタが手伝えば、少しは違うのかも? って、何よその目は」

 エイジは少し驚いていた。彼女が少し照れつつ、自分を認めてくれていたことに気づけない程に。

「君って……意外と博識なんだな」
「ふんっ、悪かったわね! これでも魔王ベリアルの娘よ、教育くらい受けてきたわ」

 確かに知識量は劣っていたかもしれないが、こうも驚かれるのは心外である。

「ところで、これだけでいいの?」

 これだけ、というと、調査の話だ。

「まさか! あるかどうかだけを確認したんだ。他にもっといいポイントがあるかもしれないんでな、調べに行くぞ!」
「ええっ⁉︎ もういや!」

 いやいやと駄々をこねられる。二日前と立場は逆である。

「でもこれだけじゃ足りないだろ。」
「くうう、もうこの際どうでもいいわ! 抱っこして!」

 思わぬ申し出に一瞬戸惑うが、こんなに美味しい機会もそうそうない。抱っこしてやる。

「ねえこれ、お姫様抱っこ…よね?」
「お姫様なんだし、いいだろ?」
「……そういう問題じゃない……」

 顔を見ると耳が赤くなっている。そして腕の中にすっぽり収まっている。可愛い。

しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

勇者(代理)のお仕事……ですよねコレ?

高菜あやめ
恋愛
実家の提灯屋を継ぐつもりだったのに、家出した兄の帰還によって居場所を失ってしまったヨリ。仕方なく職を求めて王都へやってきたら、偶然出会ったお城の王子様にスカウトされて『勇者(代理)』の仕事をすることに! 仕事仲間であるルイーズ王子の傍若無人ぶりに最初は戸惑っていたが、ある夜倒れていたルイーズを介抱したことをきっかけに次第に打ち解けていく……異世界オフィスラブ?ストーリーです。

【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。

BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。 しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。 その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。

最初から最後まで

相沢蒼依
恋愛
※メリバ作品になりますので、そういうの無理な方はリターンお願いします! ☆世界観は、どこかの異世界みたいな感じで捉えてほしいです。時間軸は現代風ですが、いろんなことが曖昧ミーな状態です。生温かい目で閲覧していただけると幸いです。 登場人物 ☆砂漠と緑地の狭間でジュース売りをしている青年、ハサン。美少年の手で搾りたてのジュースが飲めることを売りにするために、幼いころから強制的に仕事を手伝わされた経緯があり、両親を激しく憎んでいる。ぱっと見、女性にも見える自分の容姿に嫌悪感を抱いている。浅黒い肌に黒髪、紫色の瞳の17歳。 ♡生まれつきアルビノで、すべての色素が薄く、白金髪で瞳がオッドアイのマリカ、21歳。それなりに裕福な家に生まれたが、見た目のせいで婚期を逃していた。ところがそれを気にいった王族の目に留まり、8番目の妾としてマリカを迎え入れることが決まる。輿入れの日までの僅かな時間を使って、自由を謳歌している最中に、ハサンと出逢う。自分にはないハサンの持つ色に、マリカは次第に惹かれていく。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

オフィーリアへの献歌

夢 浮橋(ゆめの/うきはし)
恋愛
「成仏したいの。そのために弔いの歌を作ってほしい」 俺はしがないインディーズバンド所属の冴えない貧乏ギタリスト。 ある日部屋に俺のファンだという女の子……の幽霊が現れて、俺に彼女のためのオリジナルソングを作れと言ってきた。 祟られたら怖いな、という消極的な理由で彼女の願いを叶えることにしたけど、即興の歌じゃ満足してもらえない。そのうえ幽霊のさらなる要望でデートをするはめに。 けれど振り回されたのも最初のうち。彼女と一緒にあちこち出掛けるうちに、俺はこの関係が楽しくなってしまった。 ――これは俺の、そんな短くて忘れられない悪夢の話。 *売れないバンドマンと幽霊女子の、ほのぼのラブストーリー。後半ちょっと切ない。 *書いてる人間には音楽・芸能知識は微塵もありませんすいません。 *小説家になろうから出張中

処理中です...