魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅳ 魔王の娘

10節 魔晶石採掘 ②

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 途中から本気を出して飛ぶこと二十分前後、霊峰の間近に迫る。山脈中腹周囲を旋回し、着陸に適した場所を探していく。ちょうどいい感じの場所を見つけると、ゆっくりと降下する。

「はい、着いたよ」
「どうも。なかなか楽しかったわ」

 レイエルピナを下ろしたら、腕を組み、目を瞑る。そんなエイジに構わず、レイエルピナは先に進もうとする。

「おーい、行くわよ!………って、ねえ、どうしたのよ? 行くわよ、早く来なさい! ねえってば!」

 レイエルピナは誰よりもせっかち。ちょっと集中したいのだが、周りをうろちょろされて、気が散ってしまう。

「ねえ、何してんのよ」
「少し静かにしてくれ!」
「えっ⁉︎ うん……あっ、千里眼?」

 目を開け、首肯する。

「そうだ。ちょうど良さげな洞穴を見つけた。行ってみるか。因みに、今君が行こうとした方向とは逆方向だ」
「うぐっ……悪かったわよ……さあ、いきましょ……きゃあ‼︎」
「うおっと‼︎」

 レイエルピナが足を滑らせ、崖から落ちかける。間一髪、手を掴めたが。

「危ないから、落ち着いて、慎重に、ね」
「うっ、うぅぅ、別に無傷で着地くらいできたわよ‼︎ ………ありがと」

 引き上げると、ばつが悪そうに視線を合わせてくれなくなってしまった。

「危ないから、手を繋ごうか」
「………んっ」

 目を合わせず、ぶっきらぼうに手が差し出された。


「ここだな」

 数分間移動すると、すぐに辿り着いてしまった。名残惜しいが、手を離す。目の前の洞穴はそこそこ深く、じめっとしている。

「あっ、しまったな……照明を忘れた」
「そんなの、魔術使えばいいじゃない」
「……そうだね」

 レイエルピナが詠唱すると、掌に発光する球体が現れる。

「さ、いきましょう」
「少し待ってくれ………ふっ!」

 今度はピタリと動きを止めてくれた。

「……なんで獣人化したの?」
「炭鉱の中には有毒ガスが発生する、もしくは充満していることがある。本当はカナリアなどの鳥がいれば分かりやすいが、生憎それらしい鳥はいなかったのでね。自分の感覚に頼ろうというわけさ。さっ、入ろう」
「……お先にどうぞ」

 洞窟は床が湿っていて、やや下り坂だ。

「濡れて滑りやすいから気をつけて」
「ええ、分かったぅわっ!」

 レイエルピナが足を滑らせ、背中に激突される。

「おっと。まさか君って、意外とおっちょこちょい? ちょっと前にもドアに激突してたよね?」
「ううう、もういい! このままおぶって!」

 これ以上醜態を晒すよりは、大人しく甘えることにしたらしい。エイジとしてはむしろウェルカムだ。

「うー! これって意外と恥ずかしいし、屈辱……」
「うん、気にしない気にしない」

 流石に、油断すればエイジも滑ってしまいそうなので、ズルして少し浮いていたから大丈夫だったのだが。そして、せっかく密着したのに、すぐ足場が平らになってしまった。

「なだらかになったよ?」
「……このままでいい……」

 完全にへそを曲げてしまったようだ。なら帰るまでずっとこのままでいいか。
「でもここが目的地だ。地面を見て」

 下り切った先は行き止まり。だが、その地面には沢山の魔晶石が生えていた。魔晶石の発する光に照らされ、うっすら輝くその光景は、かなり幻想的である。

「んー? そうね、魔晶石ね。じゃあ、帰りましょう」

 気だるげに地面を見ると、レイエルピナはしがみついたまあ動こうとしない。かわいい。

「え? これからが本番だろ?」
「……しょうがない、か」

 渋々といった感じだったが、このままの体勢では調査できないので降りてもらう。しゃがんで、そこらに生えている魔晶石の根本を砕き、調べてみる。

「へえ、これが天然の魔晶石………不純物が多いな」

 よく見ると、結構黒っぽく、カビた氷あるいは踏まれた雪みたいで、正直汚い。

「そういうものでしょ。天然で、純粋な物質ってそうそうないし、特にマナは他のものと混じりやすいから」
「含まれているのは……酸素にケイ素、炭素と酸化鉄、さらに水和物化してる、と。これほどの結晶のうち純粋なマナは1%もないのか……」

 魔晶石として認識されている水晶体の全てが魔力、というわけでもない。水や珪素、炭素など非金属元素も多く含まれている。物質変形の特殊能力で、そういった組成までもが判るのだ。

「魔力の結晶は、それ自体がすごく高いエネルギーを持ってる。これ全部が純粋な魔力そのものだったら、とんでもないエネルギー源になるでしょうね」
「今まで不純で質が低いと思っていたが、自作の魔晶石の方が大分質がいいな」

「えっ……自作? 今自作って言った?」
「ああ、ほらっ」

 孔から取り出し投げ渡す。その魔晶石は、なんと星型多面体。

「何よこれ……すごい上質じゃない! そもそも生物から魔晶石を作るなんて、よっぽどの量と質がないとダメなのに……これがあれば、こんな所まで来る必要なかったわ!」

「そんなにすごいのか? 器械を改造しながら余剰魔力で作ってたんだが……いざという時の魔力補給用に」
「これが一個あれば、魔王城の半日分くらいにはなるわね」

 それでも、僅か半日分。自然のエネルギーと比べれば、結局個人の持つ力など高が知れているということだ。

「残念ながら、それ一個に、順調にいっても四日かかる。結晶への変換効率が悪すぎるし、変換できても不安定だから、他の物質に変化したりして、失敗したり、ほとんと生成出来ないんだな」
「そう。それはちょっと残念ね」

 余程珍しい代物なのか、暫く名残惜しそうに眺めてから、エイジに投げ返す。

「ところで、なんだけどさ」
「ん……なに?」

 熱心に観察するエイジの傍、もうつまらなくなったように、レイエルピナはその辺をプラプラしている。

「この魔晶石、利用に差し当たってのデメリットみたいなのって、ない?」
「そんなことが気になるの?」

「ああ。こんな便利なエネルギー源が、なんで全然使われていないのか気になってさ」
「なんでって……まず、魔晶石自体が希少なの。天然に産出されるものは、龍脈上にしかない。弱い地脈じゃダメ。それに、太い龍脈上は往々にしてこの山みたいに険しい環境だったり、木が鬱蒼としてたりして、立ち入るのは容易じゃないわ。人工でも作り出しにくいし……あとは不純物が多いから、取り出せるエネルギー量に対して嵩張りすぎるのよ。純度を高める方法も、フォラスは研究中~とか言ってたし。あとは、そうね。不純物の多い劣悪な魔晶石は、使用すると近くの者の魔力回路に悪影響を及ぼす、かもしれないし、逆に高純度だと、感受性が高すぎたり低級魔族のように魔力への耐性が低い者は、被爆しちゃって悪影響が出るかも、ってノクトが言ってた気がするわ。……まあ、アンタが手伝えば、少しは違うのかも? って、何よその目は」

 エイジは少し驚いていた。彼女が少し照れつつ、自分を認めてくれていたことに気づけない程に。

「君って……意外と博識なんだな」
「ふんっ、悪かったわね! これでも魔王ベリアルの娘よ、教育くらい受けてきたわ」

 確かに知識量は劣っていたかもしれないが、こうも驚かれるのは心外である。

「ところで、これだけでいいの?」

 これだけ、というと、調査の話だ。

「まさか! あるかどうかだけを確認したんだ。他にもっといいポイントがあるかもしれないんでな、調べに行くぞ!」
「ええっ⁉︎ もういや!」

 いやいやと駄々をこねられる。二日前と立場は逆である。

「でもこれだけじゃ足りないだろ。」
「くうう、もうこの際どうでもいいわ! 抱っこして!」

 思わぬ申し出に一瞬戸惑うが、こんなに美味しい機会もそうそうない。抱っこしてやる。

「ねえこれ、お姫様抱っこ…よね?」
「お姫様なんだし、いいだろ?」
「……そういう問題じゃない……」

 顔を見ると耳が赤くなっている。そして腕の中にすっぽり収まっている。可愛い。

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