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Ⅳ 魔王の娘
10節 魔晶石採掘 ①
しおりを挟む「エイジよ、お前のリハビリがてら頼みたい仕事があるのだが、任せられるか?」
「…………はい……どんな仕事ですか」
休暇明け。なんとかエイジは、愛しの布団と暫しの別れを告げることができた。しかし、バリバリ働くのが少し怖くなってしまった。それ故か、克服したはずのサボり欲求が大きくなっているのを感じて、危機感を覚えていた。
「安心しろ。デスクワークではなく、肉体労働を頼むつもりだ。ところで、魔晶石が何かは知っているな?」
「ええ、勿論。何度も見たり聞いたりしたことはありますし、私が冷房に使ってたやつですよね。そいつがどうかしましたか?」
「魔晶石は我らにとって重要な資源なのだが、そろそろ貯蓄が枯渇しそうなんだ。そのため、可及的速やかに魔晶石を補充して欲しい」
事務作業ではないらしく、エイジは少し気が楽になった。体を動かせば、少しは気も晴れるかもしれない。
「わかりました。ところで、それはどうやって入手すればいいんですか?」
「ここから南東方面、この城の地下を通っている龍脈の最下流に、山脈が存在している。山脈名、アストラス山脈。神の住まう山脈として別名、霊峰。そして、その山脈の一部が魔晶石の鉱山になっている。そこから採掘して来るといい。それと、ついでに山脈の調査も頼みたい。得意だろう?」
「承知しました。では、早速準備に取り掛かります」
『魔晶石』。読んで字の如く、魔力が結晶化した鉱石のことだ。見た目は虹色の水晶のようであり、自ら淡く発光するほか、光を当てると攪拌反射して輝く。魔力が豊富な場所でよく結晶化しているらしい。
魔晶石は、魔力の量と純度によって形状や外観、さらには特性でさえ変わる性質がある。不純物が多く、含有魔力量も少ない魔晶石は、淡く光る砂利のよう。それが純度、量共に良くなると、水晶体になる。更に魔力の量が増えて、純度が低いと光を帯びた岩石のように、純度が高いと輝く多面体の結晶となる。そして、天然には存在し得ないと考えられているのだが、最高級のものであれば、金平糖のように突起が現れ、ダ・ヴィンチの星の如く、星形多面体を形成する。
この魔晶石、魔力の塊なのでエネルギー源として非常に有用なのだ。この城でも、水を汲み上げるとき、加熱したり冷却するとき、照明にしたり研究に使用したりなど、電気のように使われている。さらに、魔晶石に魔力を肩代わりしてもらえば、幻魔器を持たない、もしくは貧弱な者でも魔術を扱えるため、とても重要な物資である。魔道具にも、バッテリーならぬ魔力コンデンサーを内蔵するものもあるが、それ以上に必ずと言っていいほど組み込まれている。今挙げた例だけでなく、他にも様々な使用法がある。
また、特殊な器具に魔力を流せば、とても効率が悪いが、人工的にも精製可能だ。エイジもその存在を知って以来、マイ器でちょくちょく余剰魔力を魔晶石に変換し、予備魔力として保管している。
さて、魔晶石採掘に際して。必要な量、採掘方法、運搬など、考慮すべきことは多い。よって、まず他の幹部に連絡し、相談する。彼らと顔を合わせるのは実に一週間ぶりで、少し久しぶりに感じた。
彼らと相談後、採掘用の隊を編成させる。ベリアルから既に言伝を預かっていたらしく、スムーズにことは運ぶ。主に調査部と、戦争に参戦しなかった兵站部の者達が中心だ。
「よし、では出発__」
「ちょっと待ってくれ」
いざ出発という時に、後ろから声がかけられる。
「どうしましたか、魔王様?」
「コイツも連れて行ってやってくれ」
魔王様の後ろいたのは、レイエルピナだった。ベリアルは背を押し、レイエルピナを前に出す。
「なんか……わたしも行くことになったわ。よろしく……」
ややめんどくさそうに流し目で言われた。とはいえ、他ならぬ恩師たる父の頼みとあれば断れないようで、渋々ではあるが逆らっている様子はなかった。
「承知しました。では、私が先行して調査してきます。皆さんはゆっくりでいいですよ」
外套を脱ぎ、竜翼を広げて飛翔の態勢に移る。そこへ__
「お待ちください!」
城から銀色の影が迫る。案の定、シルヴァである。
「どこに行かれるおつもりですか⁉︎ 私は護衛です! 同行を__」
「行くのは、霊峰アストラス。目的は魔晶石の採集だ」
「アストラス……」
様子がおかしい。その名を聞いたシルヴァの目は、揺らいでいた。
「どうした?」
「……いえ。あそこは、苦手なんです。……今回は同行を見送らせてください。申し訳ございません」
何故か、あのシルヴァが同行を断った。何か因縁でもあるのだろうか。どうにも行きたくないといった風情だ。
「分かったよ。多分、大丈夫だから」
「はい、申し訳ありません……無事を祈っています」
すごすごと、シルヴァは城へと戻っていった。
「じゃあ今度こそしゅっぱー__」
「ちょっと待ってよ」
「ん? どうかしたのか?」
顔だけで振り向くと、レイエルピナが突然背中に引っ付いてきた。ちょうどおんぶのような感じだ。
「わわっ、どうしたんだ⁉︎」
「ねえ、このまま飛んでみてよ。わたし、自分じゃ飛べないから上からの景色とか気になるのよねー」
「えっ、ああ、わかった……しっかり掴まれよ!」
「では、我が娘を頼んだぞ!」
「承知!」
解放率30%。翼に魔力を込め、片足を引き、姿勢を低くして力を溜め。大地を蹴って飛び上がる。瞬間、皮膜より魔力をジェット。
「行くぞ!」
「うわわ!」
地面に対して20°程で一気に100m上昇。その後仰角10°に変え、加速していく。そして前方に鋭角な、四角錐のバリアを張り、空気抵抗を受けないようにする。
「へえ、こんな感じなのね」
一瞬で過ぎ去っていく地上の木々や動物などを眺めているのか、感慨深げな声が真後ろから聞こえる。標準巡航速度は、体感時速120km以上。もう一枚の翼を展開しての最高速度にして200km/h を超える速度で飛んでいくので、地上を移動するよりかなり速く、楽だ。これでも不慣れであることと、客を乗せているので、それを考慮しつつの速度である。万全ならば、この日ではない速度が出せよう。
しかし、好きな娘を背負って移動しているというこの状況は、なかなか恥ずかしく緊張する。
「ねえアンタ、これどうやって飛んでるわけ?」
「そりゃ、翼に魔力を集中して、その噴射エネルギーで体を浮かせているのさ。羽ばたきだけで体を浮かすには、この翼は些か小さいからな」
「ふうん。わたしにも翼があったらこういう風に飛べるのかしら?」
「さあね。個人差はあると思うよ。少なくともオレは結構苦労したさ。ちょっと高めのところから飛び降りて、滑空できるようになるまで数日間ずっと練習したし、こうやって飛ぶのには数ヶ月かかった。できるようになったのは割と最近なんだ。それに高所恐怖症だからな、慣れるまでがかなり大変だったよ」
元より地に足つけて生きてきておいて、空を飛ぶ感覚なんてすぐに掴めるようなものでもない。
「うわー、怖いんだ。ダッサ」
怖いけど。乗せてもらっている分際で、とちょっとムカつく。
「じゃあ、わからせてやろう。急降下とか錐揉み回転とかしてあげようか? そのくらいならできるけど」
「いっ、いえ、なんでもないわ、うん」
流石にそれは怖いようだ。慌てて撤回し、今度はしっかりとしがみつく。
そんなことを話しているうちに、目的地の山脈がはっきり見え始める。
「多分あれが目的地の 霊峰アストラス山脈か」
真夏にもかかわらず、山頂にはうっすらと雪、或いは氷が見える。
「ええ。龍脈が通っているから、神聖視されて霊峰なんて呼ばれているわ。実際に神がいる、なんて噂もあるけど」
「そんな感じ、するか?」
「うっすらと、ね」
自らに神を宿すレイエルピナがそう感じるのだというなら、居てもおかしくはないのかもしれない。
さて、山脈の山々は見たところ富士山よりやや低い。恐らく古期造山帯だろうか。確認をとってみる。
「なあ、この辺りって、火山とか地震とかあるか?」
「地震? ほとんどないわね。大陸南の方は多いらしいけど」
「てことは古期造山帯かな。安定陸塊の可能性も無くはないけど。とはいえ、そのどちらかは確定……新期造山帯の方が嬉しかったんだけどなあ」
古期造山帯から主に産出されるのは石炭。安定陸塊だと鉄鉱石。新期造山帯であれば石油や鉄以外の鉱石なんかが出るのだが。
「何それ?」
「大陸の活発な運動とか、マグマとかの関係で山ができるんだ。それが昔のやつほど削れて緩やかに、低くなる。その山がいつできたものかで、埋まっている資源が予想できるんだ」
「へえ、やっぱりアンタの知識、すごいのね」
素直に褒められると、なかなか照れるものだ。
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