魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅳ 魔王の娘

幕間 休養 〜お仕事こわい〜 ③

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「寝落ちちゃったか……」

 スースーと穏やかな寝息を立て始めたエイジの寝顔を確認しつつ、ノクトは手を動かす。

「さて、と……」

 そろそろマッサージも仕上げ、というところでノクトは視線を変える。手は動かしたままだが。

「もう一つの本題に入ろうか」

 その目線の先には、女性陣。マッサージが始まった時から、居場所なく感じていた彼女ら。部屋を出ていこうとすら思っていたくらいであったが、声を掛けられた以上留まる。

「な、なによ、本題って」
「ズバリ……君たち! エイジくんとどこまで進展したんだい⁉︎」

 単刀直入。反応はまちまちだが、えも言われぬ緊張が走る。

「進展って、なんの」
「何って、そりゃあ……男女の関係に決まっているでしょ。それ以外に何があるっていうんだい? だってみんな、エイジくんのこと大好きでしょ。告白したり、キスしたり、添い寝したり、エッチなことをしたり、あとは……あっ」

 ノクトにもビリビリとした空気が感じ取れたようだ。少し申し訳なさそうに笑顔が曇る。

「ああ……なるほどぉ。言ってもいいけど、ライバルの手前、そう簡単に口は開けないか。ホントは自慢したくて惚気たくって仕方なさそうだけど、ね」

 けれども即座に訳知り顔。楽しそうにニヨニヨしている。マッサージは終わったのか、手を止めエイジにタオルをかける。

 女性たちは焦る。超焦る。だって、見透かされているのだもの。もしかしたら、どれほど好きで、どれほど進んだか、それさえも見破られてしまうのかもしれない。

「なんでノクトさんは、そんなことを気になさるのですか?」

 苦し紛れに、テミスがカウンターする。

「そんなことというと?」
「私たちの、エイジとの関係のことです」
「なんでか、かぁ。確かに、考えたこともなかったなあ」

 なぜか。理由を問われたノクトは、表情が崩れ、顎に手を当て真面目に考え始める。今までは己の興味の赴くまま動いてきたが、それを言語化して説明するとなると、少し難しい。

「んー、僕の感性の話になっちゃうけどもね。美しいじゃないか、愛というものは。それに、僕はエイジクンのことが大好きだからね~」

 考えながら、思いついたことを徒然と話す。だから、自分がどれほどアレなことを言っているのか、客観的にはわからない。それほどにこの話題はノクトにとって難しく、また重大なことである。

「僕はね。何よりエイジくん楽しそうなら、それが嬉しいんだ。特に、君たちといるエイジくんは、幸せそうだからね」

 客観的にはそう映っているのか。そう思えて嬉しいのだけれど、ノクトの言葉に引っかかる。

 彼は、まるで自分の身以上に、エイジのことを想っている。そう思わざるをえない言葉なのだ。言うなれば、恋を超えた感情、愛を向けているように。

「ノクトもエイジを愛しているの?」

 レイエルピナが無邪気な目で、ただなんとなく興味を持ったように訊く。無自覚に、爆弾の火種を投下したとも気づかずに。

「愛? ……そうだねえ。愛しているか、というと、愛しているのかも」

 発言してすぐに感じる。女性陣ドン引き。

「ああ、違うよ。恋愛の愛じゃなくて、仲間としての愛情だよ。ベリアルたちなんかと同じ感じ。何よりエイジくんは異性愛者だ、僕に迫られても困るだけ、むしろ嫌うかもしれないから」

 表面上は落ち着いて、しかし裏では少し焦りながら言い訳。

 だが女性陣は、少しだけホッとしていた。なぜか。簡単だ。ノクトはライバル枠になりえないと分かったからだ。

 彼は、エイジが異世界転移した日から付き合いがある。城を案内したり、世界や魔族に関する知識を授けるだけに留まらず、武術を教え、魔術を教授した。健康管理をしたり、他の魔族との交際を円滑にするための仲介、仕事の補助、トラブル発生時の対応・応援など。このお見舞いも、細やかな気遣いが所々に感じられる。困った様子を見せたときはすかさずフォローに入っていた。

 怖気を震う。これでノクトが女性だったら……勝ち目などあるわけがない。心底、男性でよかったと安堵した。

 ただ、ノクトは困惑する。素直な気持ちを打ち明けたはずなのに、なぜかすごく警戒されてしまっている。自分が何を言ったか、何をしてきたか。その自覚があまりない彼には、その理由がわからない。

「あの……なんで、僕はそんなに警戒されているんだい?」
「そんなの、決まっているじゃナイ」

 不貞腐れたようなモルガンの言葉に、固唾を飲んで答えを待つ。

「だって……わたくし達よりヒロイン力があるんですもの‼︎」
「……?」

 ノクトはポカンとしている。

「ど、どういうことだい?」
「どうもこうも……先ほどのエイジとのやりとりは、パーフェクトコミュニケーションだったじゃないですか!」
「エイジ様が完全にタジタジでした。ただ振り回したり、仕事を与えられるだけの私たちと異なり……支え合うような関係性は、ハッキリ言って妬ましいです」

 暫く呆気に取られてから、セリフの意味を飲み込み、はたと気づいた。

「……あぁ、エイジくんの対処法が知りたいってこと?」
「「「ぜひぜひ!」」」

 見事に食いついた。その勢いに、彼も気圧される。

「それって自分で見つけなくていいの? ノクトに負けたことになると思うわよ」
「「!」」

 そこへ差し込まれたレイエルピナのど正論に、冷静さを取り戻す。手柄を急いだあまり、大事なことを見失うところだった。

「まあ、でも。一つ言えるとしたら……エイジくんって、レイちゃんとおんなじで、ちょっと素直じゃないんだよね~。だからまあ、多分、押しには弱いからさ。好きって気持ちを前面に出して、グイグイいった方が良いと思うよ。思い当たる節、あるんじゃない?」

 比較対象として挙げられたレイエルピナは何か言いたげな目でノクトを睨み、その他の面々はどこか腑に落ちたように頷いていた。

「だとしたら、余計なプライドは捨てなきゃいけないんだと思いますわ。ね、シルヴァさま?」
「貴女こそ、本気でなく遊びだと誤解されないような振る舞いを心がけた方が良いと思いますよ」

 秘書がお互いに睨みを聞かせ、牽制し合う。だが、殺伐としているのはその二人だけで、テミスやモルガンは感心して、ノクトを詰めていた。

「ところで、ノクトはなんでエイジくんのことがよくわかったの?」
「コツを教えていただきたいんですが」
「ん~、まあ僕はいろんな人の恋愛を見てきたし、カウンセリングもしているから、人間観察にはノウハウがあるってところかな。その点で少しアドバンテージがあるってだけで、二人ともコミュニケーション力はあるんだから心配することはないと思うな」

 お墨付きをもらって少しは安心したようだったが、まだ少し物足りなさそうな様子。

「でも、何より大事なのは、相手を思いやる気持ちだ。もっと知りたい、もっと愛したい、もっと好きになってほしい。そう思っていれば、君たちが誰よりも深く彼のことを理解できるはずさ」

 その言葉に二人は納得し、心に留めるようにコクコクと頷いていた。

 一方レイエルピナはというと、一応後学のためにと耳を傾けていたが、自分には関係のないことだろうと場違い感を抱いていたのだった。

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