魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅳ 魔王の娘

9節 能力開帳 ④

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 あらかた説明を終えると、諜報員の視覚を封じて転がす。まだレイエルピナは訊きたいことがあるというのだ。エイジとしては、これ以上はもう明かしたくないのに。

「おっと、そうだ。この際だから……シルヴァ」
「はい、何でしょう」
「手、出して」

 差し出された手をエイジが握る。

「これでよし」
「これは……付与ですか?」

 ただの体温だけではない、温かなものを感じたようだ。

「ああ、通訳能力。この際だから、ここのみんなには分けておこうとね。ここで一つ。付与を渋る理由だけど、いくつかはオレの力を分割することになるから。いやまあ使い切れてはいないけど、少し嫌じゃん? この翻訳能力は分割なし、かつ自己負担だし、その消耗も全くと言っていいほどないから。まあ、聞き慣れないとか複雑な言語は情報量が多いから、それを通訳だけじゃなくて理解もしようとすると頭痛くなるよん」

 順番に、円卓を巡って一人ずつ力を与えていく。これで、エイジが翻訳を使わずどんな言語を話しても大丈夫なはずだ。

「これでよし。ではレイエルピナさん、訊きたいことというのは?」
「アンタ、わたしと戦った時に三割とか、四割とか言ってたわよね? それって制限能力のこと?」
「ああ、その通りだが、それがどうした?」

 ついに来たか、と覚悟を決める。念力や全知より隠しておきたかったのに。

「それ、どう考えてもおかしいのよ。確か、わたしが力を解放してあなたを追い詰めた時、三割から四割に引き上げたんでしょ?」
「そうだね」

「明らかに一割上がっただけじゃないと思うの。力の強さや速さなんかの身体能力、魔力が大幅に増加した。四割だったら、二割の倍の強さだと思うのに、その程度じゃなかった。どういうことなの? まさか、言ってる割合はそのままの倍率じゃないってこと?」

 残念だ。本当に悔しいが__

「…………くっクク、アハハハハ! いいねぇ、まさか君が一番最初に気付くとは! 魔王様が先に気付くと思ってたよ!」

 開き直りだ。哄笑しヤケクソ気味に叫ぶ。

「やっぱりね。ふふっ、お父様に勝った!」
「は、はぁあ⁉︎ き、気づいてたし! 言わなかっただけだし! 負けてなんてないから!」

 ベリアルが、今まで見たことがないようなテンションで負け惜しみを始める。ホントに気付いてなくて意地を張っている、というのはないだろう。コミカルで面白い。

「てか、何でそんなにわかんの。怖いわ」
「そうね、自分でもどうかと思うわ。でも、わたしの中にある神としての感覚が訴えるのよ。それに、体の調子が良くなって、何だか頭が冴えてるみたい」

 感覚。確かにエイジも、彼女に並ならぬ縁を感じてはいるが。今まで人にそのような感覚を抱いたことはなかったし、向けられたこともなかったから、慣れぬことに恐れさえ感じる。

「ふう、まあいいわ。ねえ、どういうことなの、説明しなさい」
「じゃあ、オレが今まで倍率を言った時に、なんて言ってたか分かる?」

「は? ん~、そこまでは覚えてないわ」
「能力解放率、だろ?」

 レイヴンが口を挟む。やはり彼らは詐称を見破っていたらしい。

「正解だ。流石だよ」
「俺はお前と真正面から戦ったことがないから、倍率そのものだと思っていたが。お前のことだ、含みがあるだろうと言動に注意していた。当たりのようだな」

 そこで三人目が見つかったらしく、運び込まれてくる。が、そんなことどうでもいいくらい、幹部らはエイジの話に夢中だ。

「レイヴンが言った通りだ。オレが言ったのは、あくまで能力の解放率。つまり、出力ではないのだ。わかるね? 能力をどれほど使えるか、ということと、身体能力や魔力の出力は必ずしも正比例ではない。戦闘力など言わずもがなだ‼︎」

「へえ……分っかりにくいわね。もっと単純にしたらどうなの」

「解放率と出力が別なのは最初からだ。まあ、敢えて出力を言わない目的は、オレの力を解放率の額面通りに受け取って、油断したヤツを叩く為だ。分かりにくいようにしてあんの!」

 ならば次に気になるのは、あとどのくらいエイジが力を隠しているか、だ。そちらの方が、五人目が連れられてきたことよりよほど大事。

「解放率と出力には、分かりやすい相関はないのか」

「あるよ、体感の目安ならね。そうだね、魔力については計算式に当てはめるなら、X二乗といったところだ。パーセントならば、X^2/10000。つまり、解放率 20% なら、出力は0.2の二乗、 400/10000=0.04 だから 4%。 30 なら 0.09 で 9% 、 40 なら 16% 、 60 なら 36 、 100% は 100%だ。つまり、二割から三割に上げたら魔力量はほぼ倍に。二割から四割なら四倍になる」

「「「…………ハァ!!?!?」」」

 唖然愕然呆然。

「ちょっ、ちょっと待ってよ! てことは、アンタ魔力でいえば今まで最大の……ええと?」
「45%なら、20.25% だよ」
「二割しか出してないってこと⁉︎」

 この絶望感たるや。

「理論値だけど、そういうことになるね。まあ、扱いきれてれば手加減してるみたいで格好いいけど。まだ満足に扱えないから抑えてるだけだし、あまり格好良くはないな。解放率 80% までいけば、間違いなく理性と制御を失って暴走するだろうから、これでいいのさ。結局オレも君と同じく、身に余る力を与えられたわけだ」

 部屋がしんと静まる。具体的な数字が与えられたことで、ポテンシャルが如何なるものかわかってしまった。慄くより他になし。

「100%……もしや、本気の私すら凌駕するというのか。しかも、同じ倍率でも以前より量も質も成長している。……潜在能力が、計り知れん」

 今までと幹部たちから向けられる視線が変わり果てて、色んな意味で怖い。

 そんな空気を変えてくれたのは、侵入者たちだった。

「全員を捕縛しました。やや抵抗しましたが、すぐ諦めたようです」
「うんうん、ご苦労。『八人全員見つかった。ただし、あとしばらくは警戒を続けろ!』 さて、隊長さんも目を覚ましたようだし、これで全員揃ったな」

 二十分掛かるかどうかといった内に全員見つかった。一人でも見つかった以上、不利だと判断したのだろう。抵抗らしい抵抗もなく捕まえられたようだ。

「さて、コイツらの処遇をどうするかな__あ?」

 ふっとよそ見をした瞬間、後頭部に何かが刺さった。

「ん? 何これ? 毒針か?」

 取って匂いを嗅ぐ。本能的に嫌な匂いがした。

「オイオイ、まさかまだ諦めていなかったのかあ? こんな毒針如きが、このオレに効くとでも? さぁて、放ったのは誰かなぁ⁉︎」

 後ろを見ると、誰も視線を合わせない。

「よーし、決めた! やっぱ皆殺しだ!」

 指を指し、その先に魔力を溜める。

「油断していたが……温情は無しだ! この甘さが命取りとなりうるならば__」
「待ってください‼︎」

 とその時、テミスが彼らの前に立ち塞がった。

「エイジ様、どうか彼らを見逃してください! 私が、なんでもいたします……! どんな罰も受けますから! ……どうか……お願いします」

 エイジに向かって頭を下げ、懇願する。

「ほぉう。だ、そうだ。どうする? 守るべき主君が頭を下げ、自らを差し出してお前らの命乞いをしているぞ?」

 この、まさかの出来事に、諜報部隊の面々は狼狽する。

「姫様、私どもの命など……!」
「いえ、あなた方は帝国に必要な人材です。どうか無事に逃げ延びててください……!」

「…………ふむ。ならば、今回はテミス姫様に免じて命は助けてやろう。……だが、逃してはやらん」

 諜報部隊の注目が集まる。

「お前らには、魔王国の一員として働いてもらう。逆スパイとしてな。帝国の情報を流してもらおうか。無論、怪しまれないようにこちらの情報を流して結構。重要なことは、どちらにせよ教えることはないからな。これでどうだ? 敬愛する主君の娘さんと一緒に働けるんだ、なかなか良心的な案だろう? どうするんだ、隊長さんよ⁉︎」

「…………いいだろう。姫様の無事さえ確約されるなら、貴様ら魔王軍のもとで働いてやる」
「分かっていると思うが、もし魔王国を裏切るような動きをしてみろ、お前らの姫の命は無いと知れ!」

 最後に釘を刺すと、魔族に命じて拘留所へ連行させた。

「帝国に戻った際、姫は無事だが、酷い環境にいるとでも伝えるんだな」

 実はこの一連、マッチポンプだ。全部、さっき立てたエイジの計画通り。彼らからしてみれば、テミスが早くも懐柔され、仲良くなって裏で繋がっているなど思えないだろう。

「さて、後で誰か情報を引き出しておいてくれ」
「はーい、じゃあ僕やるよ」
「俺もやろう」
「じゃあ頼んだ」

 これで用件は済んだ、とばかりにエイジは部屋を出ようとする。ところで、足を止める。

「あ、もう質問ない?」

 確認するも、流石にもう無いようだ。今までの明かされた内容も、十分衝撃的だったせいでもあろうが。

「じゃあ、これで終わりっと。さーて、なにしようかな。そういえば仕事中でほっぽって__」
「療養せよ‼︎」

 伸びをして、部屋から出ようと油断していたところからの大声に飛び上がる。

「過労でぶっ倒れたのを忘れたか。宰相には一週間の療養を命ずる。拒否権はない、働くことは許さん。体と精神をしっかり休めよ」

「は、はい。いいのですか?」
「何をくだらんことを言っている。お前の穴は私が埋める。休め、命令だ」

 エイジは部屋から追いやられる。仕方なく部屋に向かい、指示通りに寝るのだった。

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