163 / 202
Ⅳ 魔王の娘
9節 能力開帳 ③
しおりを挟む帝国スパイの出現で、一時騒然となった会議室であったが、やはりというべきか、いつまでも動じている彼らではなかった。
「んー、捜索は命じたし、暇だよなあ」
「だったら、アンタの能力の話に戻しましょう」
レイエルピナだ。
「ええと、もう話すことないけど……」
興味を持ってくれることは嬉しいが、深掘りされては困るのだ。
「そう。けどアンタ、ウソをついてる」
「何が」
「アンタの能力、六つじゃないでしょ」
ギクリ、体がつい震える。
「どうして、そう思うのかな?」
「勘よ、カン。数のキリが悪い。あと、アンタは常に何か隠してる感じがするのよ。知らないだけじゃない。明かす情報は、間違いなく選んでる」
怖い。勘が鋭いとはいうが、見透かされている気がするのだ。
「取捨選択くらいしてもいいだろ」
「ふん、そうね。じゃあ指摘して口割らせるわ。アンタ、あの戦闘で武器を変な軌道で飛ばしたり、金縛りしたりしてきた。念力くらいは使えても、不思議じゃないわ」
「…………驚嘆に値する」
黙りこくると、ポツリと溢す。その顔は感嘆と、それ以上の苦々しい表情だ。
「まさか見抜くとはね」
左手を卓に伸ばす。その瞬間、軋む音がすると、浮いた。さらに、使われることのない宰相用の椅子が浮くと、彼の下へひとりでに近寄る。
「剣飛ばしには魔力を使うなど、虚言もいいとこ。真相は、この能力だとも」
その椅子に腰掛けると、椅子はエイジを乗せたままフワフワと浮く。
「なるほど。では、私からも一つ。あのメガネ、さては全知か何かの能力だろう?」
「…………」
割り込みベリアルの告げた言葉に、仏頂面。それが答え。かけた時に調べるだの、頭痛いだの、ヒントを与え過ぎたし、人目を憚らなかった。そのせいだ。
「……ッ! その能力を使えば、奴らの居場所が__」
「再三言っている通り、完璧な能力などないですからね、そこはお忘れなく」
見慣れたシャープな黒縁メガネが取り出される。だが、それだけではなかった。小脇に抱えるは、豪華な装丁の施された重厚な本。
「解説しよう、この能力がいかに使いづらいか。問題。『現在のジグラド帝国皇帝は誰か』と、『レイエルピナの好物は何か』。このどちらが、価値の高い情報だと思う?」
「そりゃ、皇帝の方でしょ。わたしの情報なんて価値ないし」
「答えは……ノーだ。陥りがちな誤解だよ、それは」
予想と違った者も多いらしく、興味深げ。
「情報の価値は、正確さと認知度による。事実であれば価値は高く、広く周知されている情報ほど価値は低い。例えば、現在のジグラド皇帝の名はイヴァンだが、これは帝国民のみならずこの大陸で広く知られていることだ。そして、イヴァン以外の名を出す者も少ないだろう。だが、レイエルピナの好物は? 本人や仲の良い数名しか知らないことだし、本人と他人の間に認識に相違があるかもしれない。この揺らぎ、不確実性が情報の精度を下げるんだ。これをより正確に知ろうとした時に負荷がかかる、イコール価値が高い」
理屈を聞けば、なるほどと思える。
「しかも、これが、“現在の”という言葉が抜けるとまた大変だ。先代の一番有名な皇帝の名前を思い浮かべる者も現れるからね。調べ方を間違えると有益な情報は手に入らなかったり、情報量が多すぎて脳回路が焼き切れる。かなり危険な能力だということはお分かりいただけた? さらに魔力と同じように、検索は魔力や精神力を消耗するが、情報の価値が高いものほど検索コストもかかるから、調べ方で得られる量も変わる。紙の作り方なら、大手メーカーの確立されたやり方がある。SIの正確な値は、全世界で確立されたものだ。だから、それ程負担はなかった」
メガネを外すと、消しつつ目頭を抑える。
「だからまあ、頼り過ぎないでくれ。それに、プライベートな内容は往往にして価値が高く不確実。よって調べにくいから、プライバシーは守られる」
安堵と落胆、そのどちらもが感じられる。自分もそうなるだろう、とエイジも考えたからこそ、弱点まで詳細に明かした。
「あそ、わかったわ。で、いつまでそれ出してんの? なんか和むんだけど」
レイエルピナが言及しているのは、その視線の先から鑑みるに、彼の猫耳と尻尾のようだ。
「へえ、和むんだ。君のことだから、てっきりキモいとか痛いとか言うと思ってたけど」
「! …………まあ、仮にも恩人に、そこまで言うことはできないし」
「意外に律儀だな」
「意外は余計よ」
「ああ、そういえば。猫で思いついたんだが、城内で猫を飼うのはどうだ?」
「……はぁ?」
「もちろん、宰相の掲げる国策として!」
「はぁ⁉︎」
レイエルピナが素っ頓狂な声をあげる。まさかそんな、ワガママにしか聞こえないような思いつきの案を提示するなんて。そんなのが罷り通るとでも思っているのだろうか。もしや今までの案もそんなノリだったのではと先行き不安だ。
「ね、いいでしょ魔王様?」
「流石に私も、何の理由もなく好き勝手させる訳にはいかない。ちゃんとした理由を示してもらわないとな」
「ならばメリットを並べ立て、納得してもらうとしよう。まずはカワイイ。だから精神衛生上よい。メンタルケアとなりうるのだ!」
「そんなのが理由になると思うか」
「ふ~ん、またボクが倒れてもいいんだぁ」
「…………」
ベリアルは押し黙る。それを盾にされては、もう何も言い返せないではないか。
「まあ、もう一つ理由がある。それは猫が益獣という話なのだけど……以前倉庫を視察しに行った際、ネズミを見かけたんだ。しかもそこだけじゃなく、どうやら城中にいるらしい。そいつらのせいで、食糧を食い荒らされたり、備品を汚されたり傷つけられたりする。それと同様に、虫食いの被害も深刻。さらに、奴らは大量の病原菌をも有していて、衛生面において非常にタチが悪い……と、ここで猫様だ! ネコは虫を退治してくれたり、ネズミを駆逐するなどして守ってくれるのだよ」
「な、なるほどな……」
「一応、理に適ってはいるのね」
魔王親子は微妙な面持ちであった。
「ところで、その肝心の猫はどこで手に入れるのだ?」
「あっ………………」
「はあ、アンタなんなの?」
呆れ顔に変わった。
「……あの~、ちょっとよろしいですか?」
と、そこへ助け舟を出してくれる者がいた。
「皆さんは、以前襲撃し制圧した農村で、家畜を捕らえたんですよね」
「ああ、そうだ。今輸送中だが」
「その中に、猫がいるのではありませんか? エイジさんが話してくださったことと同じ理由で、猫を飼っている集落は多いと聞いていますから」
「そんな報告は受けていないが……いや、待てよ? 確かに、牛や鶏など食材を提供してくれる以外のもの、犬猫などについては特段報告しろとは言っていなかったような」
テミスが教えてくれた情報について、少し期待しているような表情で考える。数秒黙考したのち__
「そうだな。じゃあ、調べさせてみるか……っと、丁度いいな」
話が丁度ひと段落ついたところで、タイミングよくノックが鳴る。
「宰相殿、投降した不審者を連れて来ました」
数人の魔族が、手が縄で縛られた黒ずくめの男を連行してきた。
「ご苦労。意外と早かったね」
早くも一人見つかったようだ。少し拍子抜けする。
「ねえ、君」
「ひっ、ひぃ! な、なんだ! 俺は投降したぞ! ……これでテミス姫には手を出さないんだろ⁉︎」
最初に投降しただけあって、コイツはだいぶ臆病なようだ。諜報部隊失格に思える。脅せばいろいろでてくるかもしれない。
「この城に隠れている貴様の仲間は何人いる?」
「ごっ、五人だ!」
「なるほどなるほど、五人ねぇ。ホントかなぁ? もし申告した数より多かったりした時は……どうなるかわかるよねぇ? 今なら許してあげるよ?」
「ひっ! ほ、本当は八人です‼︎」
「隊長と君込みで?」
「はい!」
首をブンブン縦に振る。
「ふーん、この嘘つきめ。まあいい。『通達。敵の詳細な数が分かった。八人だ。隊長と一人はここにいるからあと六人。ただ、全員見つかった後も三十分間は警戒を続けるように。以上だ』」
幹部らの威圧的なじっとりした視線に、完全に縮み上がっている。哀れ。
だが、エイジはとある悪魔的発想をふと思いつく。今この場には意識を失っている隊長を除けば、臆病な隊員一人しかいない。
「あっ、いいこと思いついちゃったぁ。ねえテミス、演技って得意?」
「演技、ですか? まあ、頑張ればできますけど、それが何か?」
「うん、そこの君も聞いてくれ。面白いこと思いついちゃったんだ。今から説明するから、その通りに動けよ?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
110
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる