魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅳ 魔王の娘

7節 活動限界 ②

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「おい、エイジ‼︎ どうした⁉︎」

 宰相が突如倒れたことで、場は騒然となる。そんな彼の下に、ベリアルがいち早く駆け寄った。

「おい、ノクト!」
「はい! お任せを」

 ノクトもエイジに近寄り、調べ始める。

「うーん、目立つ外傷は無し。呪いや精神攻撃等、外部からの干渉も無し。呼吸及び脈拍は、やや乱れがあるものの問題なく、発熱も無し。となると、これは……考えられるのは過労ですね」

 ノクトは調べている時、何かに耐えるように唇を噛んでいた。ベリアルは彼の不審な様子に気付いていたが、今はそれどころではないと流す。

「過労、か。うむ、思い当たる節しかないな……」
「え、過労って……どういうことですか?」

 思わぬ単語が聞こえ、レイエルピナは動揺する。過労など、彼女にとっては絶対聞き捨てならない言葉だ。

「エイジは、ここに来てからの三ヶ月半もの間、殆ど休みなく働いていたからな。こうなってしまうのも当然か。無理をさせ過ぎてしまった。私の落ち度だ」

 父が相当落ち込んでいる。流石に、もう彼のことを見ぬフリはできない。意を決して、訊く事にした。

「お父様、この人について教えてください」
「そう、か。お前も遂に、彼奴に興味を持ったか。よし、では簡潔に話すとしよう」

 咳払いをすると、娘と目を合わせ、話し始めた。

「エイジはおよそ三ヶ月半前、突然この城に現れた。彼曰く、別の世界から飛ばされて来たそうだ」
「別の、世界……?」

 そのことには驚いた。しかし、すんなりと理解できた。あの知識や特殊能力は、異世界人だというのならしっくりくる。彼に対して感じていた違和感が、一部霧散した。

「私の目の前に現れた彼は、酷く戸惑い、怯えていた。私が魔王であることを明かすと動揺したが、平静を装い、私の宰相として働くと申し出た。その翌日からというもの、彼はこの世界に慣れるための勉強と鍛練をし始めた。一ヶ月程でこの世界の知識と武術、魔術を覚え、帝国と国境で戦闘し勝利」

 補足して、彼が誰より努力していたことも聞かされる。ベリアルは人情に厚いが、同時に王として合理的で実力主義。そのポストに選ばれるだけの理由はあったのだ。

「帰還して宰相に就任した直後に、城の設備と制度の改革を開始し、その最中に体を改造して魔族となり、城の雑務と並行しつつ獣人やエルフら妖精との和平を結んだ」

 短期でこれだけのことを成し遂げる。まさに大手柄、輝かしい経歴。しかし、ある言葉に引っかかり。

「改造って……」
「アイツは、戦死した魔族の幻魔器を移植したのだ。その負荷は、相当なものだったはずだ」

 数日前の戦闘を思い返す。確かにあの時、幾つもの魔族の能力を扱っていた。体を作り替えてから、そう時間は経っていないはずなのに、あの練度。畏れを抱く。

「話を戻す。和平締結後、すぐさま先の帝国への侵攻の準備をした。戦略立案に、単独での敵情視察、軍備の加工を通常業務と並行して執り行いつつ。戦闘中は全隊の指揮を執り、単身王城に乗り込んだりして、帰城したら休みも入れず即座に戦後処理に取り掛かった」

 それだけのことをした直後に、自分が現れ、彼の負担を増やした。チクリ、と胸が痛くなる。後悔と罪悪感……滅多に抱かぬ感情を、今ばかりは抑えられない。

「それに加えて、前の世界でも、ある組織での重労働をしていたそうだ。今まで住んでいた世界とは全く異なる環境に突然飛ばされ、ほぼ休みなくこれほどの仕事を熟したんだ。それは、倒れるだろう」
「そ、そうだったのですか……」

 驚愕した。まさか彼がこんなにも努力し、苦労していただなんて。

「で、でも……過労なら、魔術で疲労を取り除けば……!」
「いいや、違うんだレイエルピナちゃん。彼は……確かに肉体的疲労はあったはずだ。けれど、それ以上に精神的なストレスが溜まっていたんだ。ベリアル様も言っていたはずだ。突然慣れぬ異世界に飛ばされた挙句、この若さにして一国を背負う宰相となった。環境の変化によるストレス、国を背負うプレッシャー、魔族化による身体の変化……むしろ、ここまで耐えられたことの方が驚きなんだ」

「でも、そのケアもノクトなら魔術で!」
「魔術は、魔法じゃないんだ。決して、万能なんかじゃない。軽減したり、一時的に取り除くことはできるけど、溜まっていく疲れを完全に除くことはできないんだ。疲労回復で酷使した馬を、数日間は全く走らせないのはそういうことなの」

 足元に転がる宰相を見る。その表情は、苦悶に歪んでいた。

 今になって、強い自責の念に押し潰される。既にギリギリだったのに、自分のせいで……自分が我儘に振る舞ったせいで、最後の一手を突き崩してしまった。

 なんとなく受け付けないから。そんな理由で、彼を拒んだ。そして今真実を突きつけられて。

 異世界人。それを理解した今、彼への拒否反応、そんなものはほぼ消えてなくなり。限界まで頑張って壊れてしまった、唯の一人の人間として見れるようになった今、その心中はグチャグチャに乱れる。

「しかし、エイジをここに転がしたままにしておくわけにもいかないな。どうしたものか……」
「そうだ! レイエルピナちゃん、エイジくんを彼の部屋まで運んでやってくれ」

「えっ、わたしがですか⁉︎」
「おお、それはいい! ついでに傍にいて、看病してやるが良いだろう」

 意表を突くノクトの提案に思い悩む。自分が、そんなことをする資格があるのだろうかと。

「そんなの……ノクトが自分でやれば__」
「ほら、僕と魔王様は、エイジくんが倒れたことを伝えたり、彼の代わりに指示出したりしないとだから」

「それなら、メイドとか部下達に__
「メイド達は、丁度今は仕込みなどの仕事で忙しい。コイツの部下達も、先程全員出払ってしまった。お前が、やるんだ」

「えっ、あっ、はい……。分かりました。運び込むだけで、いいんですか?」
「過労だから、休んでいれば良くなるはず。けど、何かあったらいけないから、そばに居てあげてくれ。容体が急変したらすぐ呼んで」

 譲らぬ二人に圧され、渋々、腕を肩に回し、半分背負うような体勢になる。

 体格的に彼の足が引きずられてしまうが、ベリアルがそれに気付かぬはずもない。まさか……と、その意図にうっすらと気付きながら、そして誰にもこの有様を見られないよう願いながら、彼を部屋に運び始めた。

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