魔王国の宰相

佐伯アルト

文字の大きさ
上 下
154 / 235
Ⅳ 魔王の娘

7節 活動限界 ②

しおりを挟む
「おい、エイジ‼︎ どうした⁉︎」

 宰相が突如倒れたことで、場は騒然となる。そんな彼の下に、ベリアルがいち早く駆け寄った。

「おい、ノクト!」
「はい! お任せを」

 ノクトもエイジに近寄り、調べ始める。

「うーん、目立つ外傷は無し。呪いや精神攻撃等、外部からの干渉も無し。呼吸及び脈拍は、やや乱れがあるものの問題なく、発熱も無し。となると、これは……考えられるのは過労ですね」

 ノクトは調べている時、何かに耐えるように唇を噛んでいた。ベリアルは彼の不審な様子に気付いていたが、今はそれどころではないと流す。

「過労、か。うむ、思い当たる節しかないな……」
「え、過労って……どういうことですか?」

 思わぬ単語が聞こえ、レイエルピナは動揺する。過労など、彼女にとっては絶対聞き捨てならない言葉だ。

「エイジは、ここに来てからの三ヶ月半もの間、殆ど休みなく働いていたからな。こうなってしまうのも当然か。無理をさせ過ぎてしまった。私の落ち度だ」

 父が相当落ち込んでいる。流石に、もう彼のことを見ぬフリはできない。意を決して、訊く事にした。

「お父様、この人について教えてください」
「そう、か。お前も遂に、彼奴に興味を持ったか。よし、では簡潔に話すとしよう」

 咳払いをすると、娘と目を合わせ、話し始めた。

「エイジはおよそ三ヶ月半前、突然この城に現れた。彼曰く、別の世界から飛ばされて来たそうだ」
「別の、世界……?」

 そのことには驚いた。しかし、すんなりと理解できた。あの知識や特殊能力は、異世界人だというのならしっくりくる。彼に対して感じていた違和感が、一部霧散した。

「私の目の前に現れた彼は、酷く戸惑い、怯えていた。私が魔王であることを明かすと動揺したが、平静を装い、私の宰相として働くと申し出た。その翌日からというもの、彼はこの世界に慣れるための勉強と鍛練をし始めた。一ヶ月程でこの世界の知識と武術、魔術を覚え、帝国と国境で戦闘し勝利」

 補足して、彼が誰より努力していたことも聞かされる。ベリアルは人情に厚いが、同時に王として合理的で実力主義。そのポストに選ばれるだけの理由はあったのだ。

「帰還して宰相に就任した直後に、城の設備と制度の改革を開始し、その最中に体を改造して魔族となり、城の雑務と並行しつつ獣人やエルフら妖精との和平を結んだ」

 短期でこれだけのことを成し遂げる。まさに大手柄、輝かしい経歴。しかし、ある言葉に引っかかり。

「改造って……」
「アイツは、戦死した魔族の幻魔器を移植したのだ。その負荷は、相当なものだったはずだ」

 数日前の戦闘を思い返す。確かにあの時、幾つもの魔族の能力を扱っていた。体を作り替えてから、そう時間は経っていないはずなのに、あの練度。畏れを抱く。

「話を戻す。和平締結後、すぐさま先の帝国への侵攻の準備をした。戦略立案に、単独での敵情視察、軍備の加工を通常業務と並行して執り行いつつ。戦闘中は全隊の指揮を執り、単身王城に乗り込んだりして、帰城したら休みも入れず即座に戦後処理に取り掛かった」

 それだけのことをした直後に、自分が現れ、彼の負担を増やした。チクリ、と胸が痛くなる。後悔と罪悪感……滅多に抱かぬ感情を、今ばかりは抑えられない。

「それに加えて、前の世界でも、ある組織での重労働をしていたそうだ。今まで住んでいた世界とは全く異なる環境に突然飛ばされ、ほぼ休みなくこれほどの仕事を熟したんだ。それは、倒れるだろう」
「そ、そうだったのですか……」

 驚愕した。まさか彼がこんなにも努力し、苦労していただなんて。

「で、でも……過労なら、魔術で疲労を取り除けば……!」
「いいや、違うんだレイエルピナちゃん。彼は……確かに肉体的疲労はあったはずだ。けれど、それ以上に精神的なストレスが溜まっていたんだ。ベリアル様も言っていたはずだ。突然慣れぬ異世界に飛ばされた挙句、この若さにして一国を背負う宰相となった。環境の変化によるストレス、国を背負うプレッシャー、魔族化による身体の変化……むしろ、ここまで耐えられたことの方が驚きなんだ」

「でも、そのケアもノクトなら魔術で!」
「魔術は、魔法じゃないんだ。決して、万能なんかじゃない。軽減したり、一時的に取り除くことはできるけど、溜まっていく疲れを完全に除くことはできないんだ。疲労回復で酷使した馬を、数日間は全く走らせないのはそういうことなの」

 足元に転がる宰相を見る。その表情は、苦悶に歪んでいた。

 今になって、強い自責の念に押し潰される。既にギリギリだったのに、自分のせいで……自分が我儘に振る舞ったせいで、最後の一手を突き崩してしまった。

 なんとなく受け付けないから。そんな理由で、彼を拒んだ。そして今真実を突きつけられて。

 異世界人。それを理解した今、彼への拒否反応、そんなものはほぼ消えてなくなり。限界まで頑張って壊れてしまった、唯の一人の人間として見れるようになった今、その心中はグチャグチャに乱れる。

「しかし、エイジをここに転がしたままにしておくわけにもいかないな。どうしたものか……」
「そうだ! レイエルピナちゃん、エイジくんを彼の部屋まで運んでやってくれ」

「えっ、わたしがですか⁉︎」
「おお、それはいい! ついでに傍にいて、看病してやるが良いだろう」

 意表を突くノクトの提案に思い悩む。自分が、そんなことをする資格があるのだろうかと。

「そんなの……ノクトが自分でやれば__」
「ほら、僕と魔王様は、エイジくんが倒れたことを伝えたり、彼の代わりに指示出したりしないとだから」

「それなら、メイドとか部下達に__
「メイド達は、丁度今は仕込みなどの仕事で忙しい。コイツの部下達も、先程全員出払ってしまった。お前が、やるんだ」

「えっ、あっ、はい……。分かりました。運び込むだけで、いいんですか?」
「過労だから、休んでいれば良くなるはず。けど、何かあったらいけないから、そばに居てあげてくれ。容体が急変したらすぐ呼んで」

 譲らぬ二人に圧され、渋々、腕を肩に回し、半分背負うような体勢になる。

 体格的に彼の足が引きずられてしまうが、ベリアルがそれに気付かぬはずもない。まさか……と、その意図にうっすらと気付きながら、そして誰にもこの有様を見られないよう願いながら、彼を部屋に運び始めた。

しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

勇者(代理)のお仕事……ですよねコレ?

高菜あやめ
恋愛
実家の提灯屋を継ぐつもりだったのに、家出した兄の帰還によって居場所を失ってしまったヨリ。仕方なく職を求めて王都へやってきたら、偶然出会ったお城の王子様にスカウトされて『勇者(代理)』の仕事をすることに! 仕事仲間であるルイーズ王子の傍若無人ぶりに最初は戸惑っていたが、ある夜倒れていたルイーズを介抱したことをきっかけに次第に打ち解けていく……異世界オフィスラブ?ストーリーです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。

朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。  そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。  だけど、他の生徒は知らないのだ。  スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。  真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。

BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。 しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。 その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。

処理中です...