魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅳ 魔王の娘

3節 憎悪の焔・消滅の神威 ⑤

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「はぁ…はぁ……些か過剰だったか」

 放ったエイジは、肩で息をし、顔を顰めた。大量の魔力を一気に使用したせいで、立ちくらみや耳鳴りがする。一応、まだまだ余裕は残っているが。

「さて、どうなった?」

 粉塵が晴れた先には、レイエルピナが健在であった。しかし、圧倒的なオーラを放っていた重厚な魔力は、その殆どが消え失せていた。

「くっ、ううっ……」

 衣服の所々が軽く破れており、顔には一筋血が垂れている。腰が抜けたように座り込み、苦悶の表情も浮かべていた。その後方では、幹部たちが必死の形相で障壁を張っていたようだ。それでも完全に防ぎ切ることはできなかったのか、彼らも余波を浴びたらしく着衣が乱れていた。

 この状態から判断するに、幹部らはレイエルピナをも守っていたのだろう。しかし、幹部たちの防御を貫通し、消滅の魔力さえも消し飛ばしてダメージを与えた。その事実から、凄まじい威力であったことが窺える。

「もう、そこまでだ……」

 ベリアルが静止する。この戦い、もう彼には見ていられなかった。だが__

「まだ、まだよ!」

 レイエルピナは腰から虹色の鉱石を取り出すと、握り砕く。瞬間光に包まれると、いくらか魔力が回復していた。魔力解放直後程ではないものの、身体能力を維持することはできる位だ。

「そうか……まだやるか」

 エイジは左手でアロンダイトを持つと、その長さを半分にする。

「よかろう。ならば、格の違いというものを刻みつけてやる。二度と逆らおうなどと思えんようにな。幸い、技にはまだまだ手持ちがある」

 右手に棒を持つと、剣の柄をその先端に差し込む。

「剣にはこんな使い道もある」
「槍ですって?」

 レイエルピナは消耗からか、すぐに飛びかかることも、消滅魔力を編むこともしない。

 動かぬのをいいことに、先手を取ったはエイジ。槍を腰だめに突進。その攻撃で一気に距離を詰めると、中距離を保ったまま切り上げ、払い、石突き打ち、突き、薙ぎと連続して技を繰り出す。同じ刺突武器ならば、長物の方が有利。弾かれ、出頭を押さえられ、詰めようとすれば下がって間合いを空けられる。さらに、両手持ちが基本の槍を片手でブンブンと振るものだから手数も多い。

「……あれ?」

 ふとテミスは何かに気づく。あの体全体を大きく使った槍使い、悪くはないのだが、どこか不自然。本能的に動いているのか、何処か詰めが甘く、ともすれば拙くも映ってしまう。身体能力の差さえなければ、自分でもある程度は渡り合えてしまうようにさえ。

「どうなさった、テミス姫?」
「エリゴスさん……これは、ええと__」

 テミスはエリゴスに自らの違和感を打ち明ける。

 その間に、自ら距離を取ったレイエルピナは、剣に魔力を込め、地面に突き刺す。そこから沼のように黒い膜が広がる。それが足元まできたエイジは危険を感じると、その場から後ろへ跳んで退避。直後、そこから荊のような棘が何本も突き出る。

「コレもその剣の能力か!」

 滞空中に先ほどいたところへ槍を投げると、着弾地点で爆発。黒き沼と荊は爆散する。投擲の反動で宙返りしたエイジは四つん這いで着地。と同時に外套を消しつつ飛竜の翼を生やし、突撃。そのまますれ違い様に翼で打つ。

「く、うっ……」

 レイエルピナは腕で防いだが、受け止めきれず、戦場中央まで転がっていった。この攻撃を終えると、エイジは翼など余計なものを総て消す。

「なるほど、そういったことか」

 テミスの違和感。その説明を聴いたエリゴスにとっては、その理由を知っているから当然のことと思い込んでいた。しかし、この場の何名かはそのことを知らないだろうと思い、その答えは声を張った。

「はっはっは! 当然であろう。なにせ奴の戦闘経験は、僅か三ヶ月なのだから‼︎」

「え?」
「は?」
「うそっ……」
「マジ、ですの……?」

 その事実に、テミスやレイエルピナはおろか、シルヴァやダッキでさえ驚き固まる。そのリアクションに、エイジは静かに腕組みドヤっている。

「ふっ、どうだレイエルピナさんよ。そろそろ疲れてきただろう? んじゃ、この大技で最後とするよ!」

 自分のすぐ左に、直方体の魔導金属塊を召喚。ズドンという音と共に、落下する。

「コイツを……!」

 持ち上げると、変形させて大剣に。

「とァ!」

 突然の変形に驚くレイエルピナに数振りすると__

「お次は、こうだ!」

 再び形状変化させて戦斧に。

「こうして……こうっ!」

 槍や盾、戦鎚へ。切れ味は大したことないものの、振るたびぐにゃぐにゃと変形する武器に、苦戦は必至。

「こんな嫌がらせも、ね」

 再びぶつかった時、鍔迫り合いとなる。しかし、エイジの武器が溶けるようにレイエルピナの武器に絡みつく。エイジはそこまですると手を離す。絡みついた金属塊のせいで武器は数倍に重くなり、レイエルピナはまともに振ることもできなくなる。

「こんのっ!」

 剣に魔力を込め、溶かして抜き取ろうと悪戦苦闘するレイエルピナ。その隙に、エイジは大きく離れて、真横に孔を開ける。そして、指を鳴らす。

「よし、もう少しで……なによ、コレ……」

 ふとレイエルピナが顔をあげると、その周囲には、幾つもの孔が開いていた。

「どうだ? 今まで隠してたんだ。幻影の腕も上がったろう。あの時設置したのは、機雷だけじゃあないんだな。では、コレを食らってもらおうか!」

 人差し指を指し、そこから__

「ビームッ!」

 を放つ。剣を諦めた彼女は、上体を逸らして難なく躱す。

 だが__

「なっに⁉︎」

 別の穴から光線が飛び出してきた。レイエルピナの真後ろにある穴、そこを通って別の穴から出て来たのだ。更にそこからもまた別の穴に、穴から穴へと結ぶようにと飛び交う。

「さらにサービス!」

 もう何発も追加で撃ち込む。跳弾のように縦横無尽に光線が駆け巡り、弾幕どころか檻の如く相手を閉じ込めた。たった数発でも何十もの弾が飛んでいるように感じさせるこの技は避け切れず、次々と被弾していく。

「うっ……ああァァァア‼︎」

 肩を、足を背中を撃たれる度に悲鳴を上げる程のダメージを着実に与え、遂には立つこともままならないほどにまで追い詰めた。

「そろそろ終わりにしてやるよ」

 真横の孔に手を突っ込むと、そこから取り出したのは、先端に刃のついた鎖だった。

「そーらっ!」

 それを真っ直ぐレイエルピナに向けて投げる。すぐ横を逸れた鎖は、穴を通って張り巡らされ、彼女の周囲を囲って動きを封じる。

 レイエルピナの体からは力が抜け、動きも封じられた。勝ちを確信したエイジは、一息吐いつつ外套を羽織り直し、周囲の穴を消してレイエルピナに近寄る。

「どうだ、いい加減気は済んだか」

 彼も神経を張り詰めつつ、幾つもの大技を放ってきた。そのせいか、ここに来て完全に気が抜けてしまった。レイエルピナの右手が、動いたことにも気付かぬほどに。

「ああああああ!」

 レイピアで叩きつけ、消滅魔力で消し飛ばし、鎖を破壊する。そして、その剣で彼を狙う。

「……ッ!」

 驚いたエイジは後退り、避けようとする。

「うっ…」

 だが、そこへ突然の頭痛が貫き、動けなくなってしまった。

「死、ね!」

 殺意の籠った一撃。その刺突は吸い込まれるようにエイジの胸に向かう。

 そして剣が当たる。その直前……目が合い、その剣は一瞬止まった。少なくとも、エイジにはそう思えて__

「くっ、はあっ!」

 その隙に、右手を突き出す。親指、人差し指、中指を立てた独特の形で。

「うっ……!」
「金縛り……ってねぇ!」

 力が加えられ、レイエルピナの動きが止まる。そこに剣を飛ばすと、その周囲全方位から剣先を向けた状態で維持。身動きを封じ、剣先を首筋に当てがう。

「悪いが、オレの勝ちだ」

 今度こそ、敵の戦意が無くなった。それをを確認すると、剣を仕舞い踵を返す。

「ッ……なんで、わたしを殺さなかった!」

 後ろから声が聞こえ、立ち止まる。

「わたしは、アンタを殺す気だったのに!」
「…………さあ、ね」

 結局振り向くことなく、そのままエイジは闘技場を出て行った。


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