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Ⅳ 魔王の娘
3節 憎悪の焔・消滅の神威 ④
しおりを挟む「エイジ‼︎」
ベリアルたちの焦った声が響く。この威力の前では、彼でさえタダでは済まない。それを裏付けるほどの動転ぶりだった。
「…………っぐ」
呻き声を上げる。彼は辛うじて生きていた。しかし、その装束は肌が見えるほどボロボロ。そこから見えている限りでは、彼は血まみれになっていた。
「っあ~、いてて……死ぬかと思った」
台詞だけなら余裕がありそうだが、実際は息も絶え絶え。何とか指を動かすのがやっとで、起き上がることさえできないようだった。
「はぁ……ハァッ……」
そして、攻撃を放ったレイエルピナ自身も、消耗が激しいのか少し息が乱れていた。しかし、エイジの不意打ちを警戒しているのか、追撃はせず様子を窺っていた。
と、ここで動きがあった。
「…………フゥーッ」
エイジの体が淡く発光すると、彼を縛る拘束が顕現し、砕け散った。
「魔力が……⁉︎」
驚くのも無理はない。先程より、魔力が倍増したのだから。
力が解き放たれると、エイジはゆっくり起き上がる。その姿は先ほどのボロボロのものでなく、戦闘前の無傷な姿に。しかし、一部異なる点もある。
「漸くわかった。それが貴様に対して抱いていた嫌悪感、違和感の正体か」
呟きながら立ち上がる。彼は外套を纏っただけでなく、左目が露出していた。普段、彼は魔力で髪を整え分け目を固定していたのだが、そんな余裕もなくなったようだ。
「さあ、仕切り直しといこう」
「何が変わったか知らないけど……!」
レイエルピナは再び彼に向けて消滅球を放つ。対する彼は、避けることもできただろうに敢えて真正面からそれを受け止める。
「くうぅ……ハアッ‼︎」
魔力を流し、渾身の力を込める。そして、気合と同時に魔弾を弾き飛ばした。
そこまではいい。しかし、それに意識を向けていたせいで__
「やるわね。けど……死ね!」
背後を取られていた。特殊な魔力を纏った不治の刺突、全力の攻撃が放たれる。されど__
「フン、後ろが隙だとでも思ったか。残念だったな」
エイジの方が速かった。というより、予め見越して仕込みをしていた。
「なに、これ……」
「見ての通り、第五の手足、尻尾だともさ」
獣の尻尾がレイエルピナの腕に絡みつき、締め上げて動きを止めていた。
「くっ、動かない……!」
「甘かったな、ハッ!」
外套が消え、腰から悪魔の翼が生えると、魔力を噴射。レイエルピナを吹き飛ばす。
エイジが振り返ると、その姿は変化していた。三角耳が生え、牙は鋭く、耳は長く、側頭に角が生え、頭上には崩れかけた輪が浮かび、目は縦長に、首からは鱗が覗く。
「能力解放率45%、種族値解放。本気だ!」
「うぅ……このぉ!」
彼女は直様起き上がり、周囲に浮かんでいた漆黒の魔力球を飛ばす。
「そんなもの、見えていれば当たりはしない」
しかし、簡単に見切れる弾速だ。例え幾つ飛んでこようと避けるのは容易い。
「それに、当たらなければどうということもない」
「そんな余裕も今のうちよ!」
余裕綽々といった様子のエイジの背後から、避けたはずの魔弾が再接近していた。
「……悪いが、痛い目に遭ったんでね。もう油断は捨てた」
「なにっ……!」
だが、目もくれず、易々と避けてしまう。もしくは、鋭い魔力光線で軌道を逸らしてしまった。
「弾速が遅いからには理由がある。それに、オレも似たようなことはできるんでね。自分も使えるような技に引っ掛かる訳があるか」
「調子に乗るな‼︎」
業を煮やしたのか、逃げ道を塞いで切りかかってくるが__
「そろそろコレを使わせてもらおう」
愛剣で難なく受け止め、斬り返す。
「それは、お父様のアルテマ⁉︎ そんな……」
「名を変えて、今はアロンダイトだ!」
親愛なる父の剣がこんな奴に渡っていることにはショックを受けたものの、アルテマよりは良いセンスだと思ってしまったレイエルピナであった。
さて、その斬り合いは、今度はエイジが完全に優勢だ。剣戟の中で押し込み、そして大振り本気の一撃で吹き飛ばす。
「かはっ!」
壁に背中を強かに打ち付け、彼女の動きが止まる。その内に息を入れ、力を抜き、落ち着く。関節を動かし、頭をリフレッシュさせる。
落ち着いたところで、前方に魔力の高まりを感じた。殺意を感じ、避けた瞬間、先ほどまで彼のいた所を、紅い閃光が貫く。
「斬撃飛ばし……か」
彼女の瞳、そしてその剣は、爛々と禍々しい赫耀を放っていた。加えて、先ほどの攻撃にも不治の呪いは付加されていただろう。
エイジは試しに、光線の軌道上に剣を振り下ろす。
「ふむ、斬撃の滞留はなし、か。まあ流石に、そんなんあったら困るがな」
機能アンロックしたらしき魔剣。新たな能力を持っていることも有り得る話である。
そのような分析をしていると、再びレイエルピナの魔力が爆発的に高まる。彼女は上体を大きく捻り、目に見えるほどの魔力を放出。それが剣身に凝縮して暫く、先程と同じ刺突が飛ぶ。
されど、発射間隔は見抜けた。躱して、その隙にアロンダイトを大剣モードに。下段に構え、体に刀身を隠すような脇構え。魔力を充填し、応えた剣は青白い極光を放つ。
「あの構え……大技です!」
「こっちからも行くぞ。ハアァ!」
右下から切り上げ。その軌道上に魔力の刃が飛ぶ。
「ラァ!」
「二発目⁉︎」
続いて横薙ぎ。一度見ていたテミスは、続きがあることに驚く。
「ダァ!」
半身引いて、次は刺突。当然斬撃は飛ぶ。
「オォ!」
そして眼前に突き刺しての四連撃。波動が地を走る。
「……ああ、効かないのか。自信はあったんだがなァ」
一発目は横に回避、二発目は消滅魔力で、三発目は刺突で相殺、四発目も消滅させられた。
しかし……この技の甲斐あり、攻略の糸口を掴んだ。
「そうか……消滅の魔力は」
流石に、あれほど高威力の斬撃を食らっては、消滅魔力塊もタダでは済まなかった。斬撃を飲み込むと霧散してしまったのだ。加えて、球を再生産したレイエルピナの魔力は、ゴッソリと削られていた。
「あれほど強力な特性、デメリット無しなわけはないか」
何か巧い手がないものか。エイジは考えを巡らせるがしかし、導き出すだけの時間は与えられないだろうと感じる。そして自分の体力・魔力はそれなりに残っている。つまり、結論は__
「消滅の魔力……消し去りたくば……飲み込みきれぬほどのエネルギーを加えてやればいいだけだ!」
__ゴリ押し。
「ハァ…………何をするつもり?」
不審がる彼女の前で、剣を放り捨てたエイジは大仰に手を広げて、魔道具や触媒も撒き散らしつつ、詠唱を始めた。
「『劫炎よ灼き尽くせ』! 『激流怒濤』! 『氷瀑雪崩れん』!」
直後、その背後には次々と、彼の体を軽く覆えるほど巨大な九色の魔術陣が光輪のように顕れる。
「『抉れ風陣』! 『大地猛り果てよ』! 『雷霆打ち据え給え』!」
「アイツ、まさか!」
「全員、防御張れー‼︎」
意図に気付いたベリアルたちが焦り出し、彼らも魔力を高めて詠唱を開始する。
「『光輝の彼方』! 『常闇に呑まれよ』! 『無に帰さん』!」
人域の限界、ランク5。それを悠々と超えつつ、なんと全属性分の九つ同時展開。魔王でさえ不可能な、まさに奥義だった。
詠唱された節は、本来のものの終節。しかし、その言葉をより強いものに置き換えた上で、必要以上に充填された高密度の魔力は、その威力を5.5に格上げさせた。
エイジは見据える。放つべき相手を。
「喰らえ、我が魔術の秘奥を……『FULL BURST』‼︎」
吼えると同時、魔術は放たれた。
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