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Ⅳ 魔王の娘
3節 憎悪の焔・消滅の神威 ①
しおりを挟む「本当に、あれでよかったんですの?」
会議室退出後、エイジは秘書を連れて執務室へと向かっている。その最中のことだ。
「知らん。オレには、そんな空気を読む力なんぞないからな。その後どうなるかなんて想像つかん。だが、思ったこと、言いたかったことは全部言った。それだけだ」
エイジはただ不機嫌な様子で、早足に歩く。シルヴァも押し黙ったまま。
「……そうですわね。ともかく今は、仕事を全て片付けることが先決。責務の荷が下りれば、落ち着くこともできますもの」
ダッキはそれを不安そうな表情で眺めつつ、深入りはしない。そのまま三人は部屋に入ると、各々仕事を始めた。
昼。未だ終わりの見えぬ業務量、先の会議による雑念、疲労らしき頭のモヤ。最早自分が何をしているのか分からなくなるような、虚ろな意識の中。空回りしているような、漠然とした虚無感を抱えたまま、ただひたすら単調な仕事をこなす。このような業務は得意なはずだが、やりがいや刺激のないあまり、ただ神経を擦り減らす。
休憩になろうと、それは変わらない。魂の抜けたように、ぼーっとしてしまう。まだ何もかも始まったばかり。燃え尽きるには早いが、果たしてこの感覚は何のせいであろうか。
そんな、虚空を見つめる彼の耳が、小さな音を捉える。それは、遠慮がちなノックであった。直後、扉の軋む音を立てながら小さな影が入ってくる。
「あら? メディア様、いかがなさいましたの?」
入室した者は、自らに注意を向けようとしない、部屋の中央に陣取る者を見ると、杖を構える。すると、その先端が光り__
「危ない!」
すぐに反応したのはダッキ。刹那遅れてシルヴァが間に入ろうとするが__
「何のつもりだ」
エイジは驚愕により反応はかなり遅れたものの、シルヴァごと魔弾を防げる障壁を展開。奇行に走った魔術師を睨む。
「どうやら……そこまで…気は抜い…なかったよ…ですね」
それだけ言うと、マントを翻し出て行こうとする。放たれた魔弾も、エイジに当たったところで、丸めたティッシュをぶつけられたくらいの程度の威力に過ぎなかった。
「…………」
「え、なんて?」
ボソボソと何かを言ったようだ。何も聞き取れず、聴力強化しつつ聴き直す。
「…気を付けなさい」
「なるほど。忠告感謝しますよ」
どうやらそれだけの用件だったらしく、そのまま何処かへ立ち去っていった。
「あのまま行かせてよろしいのですか?」
「彼女に悪意はないようだ。何より、あれは気付け薬みたいなものだろうよ。どうやらオレは、随分と気が抜けていたらしい」
頭を振り、気を入れ替えようとする。そんな時だった。
「うっ…ああっ!」
目に鋭い痛みが走る。ような感覚がした。違和感のあまり手で目を押さえ、頭を振り悶える。その刺激はすぐさま消えたものの、そんな彼の目には、ある映像が浮かんでいた。
「ああ、そうか……」
「大丈夫です__ッ!」
「大丈夫だ、問題ない。もう治った」
何か悟ったようなエイジ。その眼は……異色の妖しい輝きを放っていた。
「すまない。誠身勝手だが、今日はもう休んでいいか?」
「それは__」
「ええ、問題ありませんわ。ゆっくり休んでくださいまし」
「悪いな……」
エイジはどこか確固とした足取りで退室する。残った秘書二人は、何かを訴える目と、何か諭すような目で見合っていた。
急いで自室に戻る。扉は閉めず、少し開けておく。その状態にしつつベッドに座って暫く待つと、扉が蹴り開けられた。閉めていたら、ドアが外れてしまっていたことだろう。
「アンタ、わたしと決闘しなさい!」
レイエルピナだ。エイジを見つけるや否や、彼に剣先を向けてきている。ここで断ったら何も起きないどころか、この部屋で乱闘が起こってしまう。受けない理由はない。
「わかった、受けよう。少し準備をしたら、すぐに行く」
「逃げないでしょうね」
「どこに逃げ場があるってんだ?」
フッと笑いながら肩を竦めるエイジに、レイエルピナはやや疑いながらも剣を納め、踵を返すのだった。
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