魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅳ 魔王の娘

1節 レイエルピナ ①

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「レイエルピナ……魔王様、彼女について、お聞かせ願えますでしょうか?」

 彼女は出て行ってしまったが、皆の手前惚けたままでもいられない。まず、彼女が何者なのかを訊く。

「うむ、いいだろう。あいつの名はレイエルピナ、私の養子だ。私はレイエルピナと三年半ほど前に出会った。……というよりは、拾ったと言った方が正しいか」
「養子……実子ではなかったのですね」

「すまないが、私から言えるのはこれだけだ。レイエルピナには暗い過去があるが……そのことを詳しく話してしまうのは好ましくないな。もっと詳しいことを知りたくば、彼女の口から直接聞くことだ」
「暗い、過去……」

 彼女の性格の刺々しさは、そこから来ているのだろうか、と考える。するとまた一転、気になることが。

「彼女の種族、と言っていいのか……は何ですか?」
「すまない、口外できぬ。彼女も、信用できない人間に知られることは望まないだろうからな。同様に年齢も。ただ言えることは、一般的な魔族ではないということくらいだ」

「なるほど………しかし、疑問が残りますね。なぜオレがこの城に来てから、彼女に一度たりとも出会わなかったのか」
「それはだな、可愛い子には旅をさせよというだろう? お前が来るほんの数日前に、帝国や王国に見聞を広げる為の旅に出したからだ。ただ、レイエルピナは見聞を広げることより別の目的があったようだが」

「なるほど。で、帝国を魔王国が襲撃したことを聞いて、慌てて戻ってきたと……」
「そういうことだろうな。すまないが、私はレイエルピナと話したい。席を外すぞ。会議はお開きだ」

 ベリアルの声かけで、会議は解散。幹部たちは自らの勤めを果たすため、各々職場に戻っていったようだ。残ったのは、エイジにテミス、そして物好きなノクトくらい。

「会議、なくなってしまったし……どうしようか。城の案内、再開しようか?」
「……え、あっはい、お願いします」

 エイジはレイエルピナの登場に戸惑ったが、テミスはそれどころではないだろう。初めての場所、初めて会う者たちに囲まれ、また騒動があって剣呑な空気になれば、困惑するのは無理もない。

「じゃあ五階、オレの執務室あたりから案内を再開しようか」

 レイエルピナのことは気になる。だが、それは個人的な情であり、片付けねばならぬ仕事、優先しなければならぬ事項はまだまだある。宰相は、私情で立ち止まるわけにはいかないのだ。


「なによ、これ……」

 転移陣から円卓まで、ともかく父に会わねばと急ぎ、大して注意していなかったのだが。落ち着いて城内を見渡し、愕然とする。久しぶりに戻ってきたら、城の内部がだいぶ変わっていたのだ。なんというか、小綺麗になっている。それに、今までとは部屋の配置も少し違う。

「おお、レイエルピナ、ここにいたか!」

 とそこへ、彼女の大恩人である愛しい養父、ベリアルが後ろから声をかける。

「はい、お父様。部屋の配置が変わっていますが、これはどうしたのですか?」
「ん、それはエイジが城の改革をしたからだな。大階段に行けば城の見取り図がある。見に行くか?」

「いえ……それより、どうして帝国と戦争を?」
「ふむ、やや長い話になるからな、食堂に来こう。そこで話そうか」

 ベリアルは変化した環境に戸惑うレイエルピナを気遣うようにしながら、食堂へと先導。そして彼女が席に着いて暫く、落ち着いた頃に食事が振舞われた。

「レイエルピナ様、お待たせいたしました」
「ご苦労。さあ、腹も減っているだろう? まずは食べるといい」
「え? どうしたんですか、これ……」

 目の前に運ばれた食事は、前に魔王城にいた頃の記憶と馴染みがまるでない。今までの、野生み溢れる食事ではなく、しっかりとした料理だったのだ。

「ああ、エイジがだな、メイド達に料理を指導したんだ。それ以降、この城の食事はまるで変わったのだよ。今も彼はいろんな作物の栽培を始めてな、食に興味を持つ魔族達が増えているのだ」

__またアイツだ__

 城を空けていた数ヶ月の間に、ヤツのせいで、愛する国が勝手にここまで様変わりしてしまったのか。何より気に食わないのは、父が宰相のことを嬉しそうに語ることだ。

「わたしは、大丈夫です」
「ん? まあまあそう言わずに。一口食べてみてくれ、前とは別物だぞ?」

 促されるまま渋々口に運ぶ。帝都で食べた料理ほどではないが、確かにこれまでとは比べ物にならないほど味が向上している。気付くと、二口三口と口に運んでいた。そういえば、帝都からここに来るまで何も食べていなかった。

「口に合ったようで何よりだ。今までも食事を改善しようとは思っていたが、食材も知識もなかったからな。彼が来てくれたおかげで、ここまで味が良くなった。さて、どうして帝国と戦争したか、だったな」

 ベリアルは立ったまま話を続ける。食堂にも魔王専用の椅子はあったのだが、長い間放置されており。そしてたった今初めて座ったのだが、ミシッという音がしたかと思うと椅子の足が折れてしまったのだ。尻餅をついた父は、またかと溜息を吐いていた。

「はい。お父様は以前、帝国と戦争をするのはまだ早いとおっしゃっていたはずでしたが?」

「エイジが来てからというもの、仕事の効率が格段に上がったのだ。まず、幹部達を部署ごとに割り当て、職務内容を明確に分け、各分野に専念させた。そこに彼が指示を出し、幹部が実行する。こうすることで軍備が素早く整い、作戦情報の共有などが円滑になったのだ。アイツ自身の仕事の処理速度も、相当なものでもあるがな」

「……懸念していた、エルフや獣人どもはどうしたんですか?」
「これも彼奴がササッと和平を結んだからな、今では良好な協力関係を築けている。落ち着いたら、工房や研究室を覗くといい。獣人や妖精たちが、我らと共に働いているところが見れるぞ」
「……そうですか」

 正直見くびっていたが、なかなかどうしてアイツはやるようだ。気に食わないけれど、手腕だけは認めざるを得ないらしい。

「……ごちそうさま」

 そして、いつの間にか完食してしまっていた。作ったのはメイド達のはずなのに、ヤツが作ったような感じがして、なんか嫌だ。

「今度はレイエルピナ、お前の話を聞かせてくれ。今回の旅で何を得たのかを」
「はい」

 数ヶ月に及ぶ帝国での旅を話した。見聞きした帝国の文化や周辺国との情勢、政治経済の状況、そして、あの____のことを。

「ふむ、帝国の文化から得るものはあったが、そちらについては手掛かりなしか……」

 話しながら、どんどんと不機嫌になっていく娘の顔に、ベリアルは哀れみを覚えつつ、暫し考え込み__

「ふむ、エイジに相談してみるか?」

 地雷を踏んだ。

「いい加減にして下さい‼︎」
「おおっ⁉︎ どうした?」

 もう耐えられなかった。もうその名前を聞きたくない。

「なんなんですかお父様‼︎ 何かあるたびにエイジ、エイジって……あんなのが一体なんだと言うんですか!」
「レイエルピナ……」

「……ッ! ごめんなさい……」
「…………」

 ショックを受けた様子の父の顔を見て、やりきれなくなり、食堂を走り去った。
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