魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅲ 帝魔戦争

8節 戦後譚 ⑦

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「すまないな。翌日には牢から出してやると言ったのに、結局二日も閉じ込めたままで……」
「いえ、ちゃんと説明してくれましたし、こういう訓練もしていますから。むしろ、訓練の時より快適だったくらいです」

 戦争日より四日後。戦後処理は進み、まだ過半数が前線に取り残されたままではあるが、幹部達は一度全員が魔王城へ帰還を果たした。

 そんな中、まだ宰相は多忙であるのだが、一段落し時間を見つけられたから、テミスに城内を案内してやろうとしている状況だ。

「襲われたりとか、不満は? どうせなら、オレの部屋で匿ってやれば……」
「そんなことありませんでしたし、不満は……まあ、お食事が物足りなかったことくらいですか……心配性ですね。私は丈夫ですから、問題ないですよ」

 実際、半日に一回顔を出すくらい気に掛けていたのである。一回一回は短い時間であったが、テミスが自らのコンプレックスを打ち明けたり、魔力活性化の相談をするほどの時間はあった。

「まあ、聞くところによると、幻魔器を持つ者は健啖家っていうし。君にとっては、やはりあの量は足らんかったか」
「それなんですが、あなたは元から私に相当な魔力があると言っていましたね。ですが、私はあの場で見せたように魔術が使えなかったんです」

「うん、それは……見識に乏しいオレの所感だが、出力部が狭窄してたとかかな。その大きすぎる魔力に対して、出口が小さすぎたとか。あるいは、制御できなくて扱い切れなかったとか。……このことはノクトやフォラスに報告、相談だな」

「ノクト……フォラス?」
「ああ、ウチの頼れる幹部達。ここにいれば、いずれ会うことになるさ」

 そのような話をしつつ、テミスを牢から出す。狭苦しい牢屋から出て、伸びをするテミスが落ち着くのを待つと、エイジが先導して城を巡る。まず向かうは、階段降りて地下三階。

「まずここ。地下三階だ。新造されたばかりで、今はお手洗いしかない。それも、城の下に川を引いてな。悪いが、今暫くは垂れ流しでよろしく。一応、水を拭くための紙も用意してある。それと、三つの区画に分けられていて、男性用、女性用、無性用となっている。あの赤い目印が女性用だ。使うヤツも少ないから、多分色々と問題はないはず……次行こう!」

 そこからは階段を登っていく。まずは一段上がって__

「ここが倉庫階だ。武器、宝物、物資が蓄えられている。が、限られた立場の者しか立ち入れないので、関係はないかな」

 軽く巡って終わりにすると、更にもう一階上がる。

「ここが地下一階。ここにも倉庫があるけど、一番使われる設備がここの鍛錬場だ。トレーニング機材のほか、模擬戦用のコートがある。それでも、なかなか使われてないものだがな」

 中をチラッと見せたら、上がって一階。

「ここが地上一階。エントランスと食堂が主な施設だ。それから、この上の二階が、この城に勤める魔族たちの寝室。そんで__」

 ここで一気に二階上がる。

「三階は施設が多すぎて時間がかかるから、後半に回わさせてもらうね。このあと一回オレは会議を挟まねばならんので。で、ここが四階。幹部格の寝室だ。君の部屋はこっち」

 手を引き、連れて行く。

「ここだ。オレの部屋の二つ右隣。ここの間にはメディアという幹部がいるが……存在感無いから気にならんかと。その向かいが、モルガンというこれまた幹部で、メディアの逆隣にシルヴァというオレのひ__」

「ここにいましたか、エイジ様!」
「んっ! ああ、彼女がシルヴァだ」

 ジャストタイミング。噂をすればなんとやらだ。

「おはようございます、エイジ様」
「おや、ハインリヒもか。なんか久しく感じるぞ。ああそういえば、テミスの面倒を見てくれたんだったな、ありがとう」
「いえ、ご主人様の命であれば、全身全霊でやりとげてこそのメイドです。不満などあるはずもございません」

 頼れる部下達との会話を弾ませようと、口を開くエイジだが。

「ええと??」

 どこか、テミスの様子がおかしい。

「ん、どうしたんだ?」
「あの……ごめんなさい。彼女たちが何を話していらっしゃるのか、さっぱり分かりません」

 エイジは帝国語で自分と話しているのに、魔族語のシルヴァらにも話が通じていることから混乱しているようだ。

「あ、ああそっか! そうだった! てっきり……オレ、ちょっと特殊だからね。話せるの当たり前すぎて失念してたわ。ほいっと!」

 テミスの方を向き、指をひと鳴らし。

「コレで大丈夫なはずだ」
「何をなされたのですか?」
「!!!」

 テミスが目を見開いて吃驚していた。突然言葉が通じるようになったことに戸惑っているようだ。無理もないが。

「な、分かるようになったろ?」

 何故かドヤるエイジ。

「え、ええっと、改めまして。ジグラド帝国第一皇女、テミスです。よろしくお願いいたしします」
「どうも~! ダッキで~す!」
「わぁ! びっくりしました……」

 背後から忍び寄り、突然回り込むというドッキリを仕掛けたダッキである。

「ダッキ……いつから」
「あなた様なら、気づいていると思いましてよ?」

「……ハインリヒと話し始めたあたりだ。魔力で気づく。あと、呪符ありがと」
「正解ですわ! お役に立てて、嬉しいですぅ~」

 得意げにしているが、嬉しそう尻尾をパタパタしているところがどこか憎めない。

「あ、あの……ダッキさん、でよろしいのですね?」
「ええ。わたくしに敬称は不要でしてよ?」
「いえ、つい癖で。ところで、その……その耳と尻尾は?」

 テミスの目線はそこに釘付けである。なにせ、フワフワモフモフで触り心地がとても良さそうなのだから。テミスとしては物珍しさの方が優っているようであるが。

「もちろんホンモノですわ。なにせわたくし、幻獣なものですから」
「げ、幻獣⁉︎」

 ダッキの正体に驚き、そして僅かに怯えを見せるテミス。

「怯えなくても大丈夫でしてよ。わたくしは、上位幻獣の中でも! 真ん中であたりですので」
「上位ねぇ。やけに強調するな」

「単に幻獣といっても、ピンキリでしてよ」
「ほう、詳しく」

 知らない知識だ、エイジのスイッチが入る。

「幻獣にも、魔獣よりちょっと強い程度の下位のものもいれば、わたくしなどのように上級魔族に匹敵、もしくはそれ以上の力を持つものもいるのですわ。人間形態になれるのは上位である、といえば判別もしやすいでしょう。ちなみにドラゴン、龍種は生まれた時から問答無用で中級以上の幻獣確定ですの」
「へぇ、なるほどねぇ」

 興味深そうに話を聞くエイジ。更にそれを興味深そうに見るのがテミス。

「あなたにも知らないことがあったのですね」
「むしろ、知らない事の方が多いさ」

 エイジとダッキの話が終わったと見ると、テミスはダッキへ向き直る。

「ダッキさん、ところであなたは、エイジさんの何なのですか?」
「それはですねぇ……ペット兼秘書ですわ!」
「ぺ、ペット……?」

 愛玩動物。想定外過ぎて思考がフリーズしている様子。というよりも、幻獣をペットにするという規格外ぶりに理解が追いついてきていないようだ。

「前、コイツに襲われてな。返り討ちにして手懐けて、優秀だったから秘書にもした」
「は…はあ……」

 エイジとしても同情せざるを得ない。自分とて、ふとわけわかんなくなるのだから。

「にしても……敬語の人ばかりで堅苦しいですわ」
「お前の高飛車も相当だ」
「テヘペロ」

 テミスは困惑し、シルヴァは話す機会を窺い、ハインリヒは一歩引いて落ち着くのを待っている。みな、基本口調が敬語である。慣れねば息苦しかろう。

「さて……私も話してよろしいでしょうか。申し遅れました、私はエイジ様の第一! 秘書、シルヴァです。よろしくお願い致します、テミス様」
「あ、あの時エイジさんと一緒にいた……はい、こちらこそ」

 心なしか“第一“がかなり強調されていた。譲れぬ意志を感じ、困惑するエイジは苦笑い。だが、ここで空気を読めるくせに憚らぬ者が。

「わたくしこそ! エイジ様の第一! 秘書、ダッキですわ‼︎」

 ギロリと凄むシルヴァ、挑発的な笑みのダッキ。一触即発の__

「第一がシルヴァ、第二がダッキだ。このたわけ者が!」
「ふふん」
「え~! ひどいですわあんまりですわー!」

 誇らしげなシルヴァに対し、エイジの胸に飛び込むダッキ。……瞬間、テミスとシルヴァの目の色が変わる。

「なんだよ、ダッキ」
「ダッキ様……エイジ様は多忙の身です。テミス様に城の案内もしなければなりませんし。お手を煩わせないで」

「ううっ、わたくしだって、頑張っていますのに……呪符プレゼントしたり、戦前準備も戦後処理もやって、留守番もしっかりこなしましたのに……むう」
「はいはいわかったよ……よしよし、よく頑張ったな、えらいえらい」
「え、えへへ、えへへへへ」

 言葉は棒読みでありながら、頭をポンポンして、さすさす、ナデナデと優しい手つきで褒める。ダッキも嬉しそうに、気持ちよさそうにして、エイジの首筋に頬擦りしたり……そんな様子に羨望の視線が刺さったり。

「ぐぅ……」
「シルヴァ……爪噛むのやめなさい。それ良くないぞ」

「あっ、はい! つい……はしたないですね、貴方の秘書としてあるまじき失態! 申し訳ございません!」
「なにもそこまでしなくても……」

 姿勢をピシッと正して最敬礼。その間もダッキは煽るようにデレデレと__

「ダッキ、もう行きますよ! 仕事が溜まっているのですから!」
「あぁ~! いたいいたい、痛いですわぁ~!」

 耳を摘まれ、引っ張られていくのであった。

「……特徴的な、方達でしたね」
「まぁ、ウチの連中、特に幹部、あんくらい濃いのばっかだ。お楽しみに。埋もれないようにな」
「………はい」

 呆然と、絶望的なお知らせを受けるのだった。

「で、ハインリヒ。何の用だ?」
「あ、覚えてくださっていましたか! それでは……こほん」

 隅にいたメイドが、嬉しそうに返事する。場の空気を完全に秘書たちに持って行かれて、先ほどから居た堪れなさそうだったので、逆に意識に残っていた。

「テミス様、エイジ様の命を受け、部屋をご用意いたしました。清掃と家具の配置を行いましたので、これから自由にお使いいただいて結構でございます。また、以前着用なさっていた衣類の修繕が完了いたしました。後ほど伺い、お渡しいたします」

「そうですか。牢に入っていた時といい、お世話していただき、ありがとうございます」
「いえ、それらは全てエイジ様の思し召し。私はそれに従ったに過ぎません。感謝であれば、彼に。それでは、失礼いたし__」

「ああ、待ってくれ。一応、テミスにも専属のメイドをつけたいのだが、頼めるか?」
「今すぐは、戦後処理の関係で難しいですが……承知致しました。可及的速やかに手配いたします」

「ありがとう、助かるよ。じゃあテミス、行こうか」
「どちらに、ですか?」

「魔王様の座す、玉座の間さ」


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