124 / 235
Ⅲ 帝魔戦争
8節 戦後譚 ⑥
しおりを挟む毛布と水が用意された後、エイジが去っていく足音が聞こえなくなったところで、テミスはホッと息を吐く。
改めてこの部屋を見ると、最初に連れてこられた所とは違う牢らしく、狭い。地下で石壁に覆われた地下牢は肌寒く、貰った毛布を纏う。
最初、拘束された状態で目覚めた時はとても動揺していたが、今は落ち着いている。あの時は混乱からつい強い口調をしてしまったし、その後も色々と予想外すぎて、ゆっくり考えることができなかった。だが、今なら。
まず、テミスは昨日のことを思い出してみる。が、やめた。帝都の惨状、彼との死闘……そんなことより、あの出来事が強烈過ぎて忘れられない。ちょっと思い出しただけで体中が熱くなる。思い出したら止まらなくなりそうなので、過去ではなく、これからのことを考えることにする。
不安ではあるが、少なくとも、あの宰相がいるなら乱暴に扱われることはないだろう。それに昔から敵対していたとはいえ、魔王国のことをよく知らない。どのような生活をしているか、興味がある。故国のことを思うと不謹慎だが、少し捕まって良かったとも思ってしまう。
だがなにより、あの人ともっと一緒にいられて嬉しい、という思いがあった。初めて会った時は敵同士だったうえ、父の目の前だったからあのような態度を取らざるを得なかったが、正直言って好みだった。アイザックもまた興味深い人で惹かれるところがあり、互いに身分を隠していたとはいえ、あの散歩は楽しめた。彼とも同一人物ともなれば……両得、一粒で二度美味しい。
彼を思い出す。アイザックとのデート、玉座での死闘。そして、行為中幸せだったな……などと思っていると、また下腹部が疼く。
鎮まって……と念じているうちに気づくことがあった。中に出されたはずなのに、残っていないように感じること。それから行為後からずっと、体の奥にある何かが昂り、力が湧き上がってくるような、今まで感じたことのない不思議な温かい感覚が体を包み込んでいる。
その時ふと、テミスは戦闘中のエイジの言葉を思い出した。『え、うっそだぁ。結構な魔力があるはずだよ、キミ。人間の中では上級、あそこのお父様と遜色ないんじゃない?』
テミスには、あるコンプレックスがあった。というのも、ジグラド帝国の歴代皇帝達は、皆幻魔器を持っていた。そして、強き幻魔器を持つ者が、皇帝になることを許される。テミス皇女にも無いわけではないが、とても貧弱で、初級魔術の行使ですら補助がないと辛かった。だから、剣の道に進んだのだ。魔力を持たずとも、民を守れるようにと。
そして、その仕来りの所為で、自分ではなく、優秀な魔力を持つ妹が次期皇帝候補であった。お陰で姉妹の中は険悪であり、片や体格が恵まれ、片や魔力がと、互いにコンプレックスがあった。勿論、地位的に優位なのは魔力を有する妹の方なので、テミスは諸侯を取り巻きにした妹にいびられていた。
その言葉が本当だというのなら……。試しに魔術を使いたいが、攻撃魔術を撃ってしまうと、脱獄しようとしたと誤認されて厄介なことになりそうだ。故に、彼女が選んだのは__
「えーっと……『エンチャント・ライト』! ……えっ、うそ⁉︎ 初めて自力で出来た……」
今まではこれほどの簡単な魔術でさえ上手く出来なかったのに、こんなにもあっさりと出来てしまった。
このキッカケがあの人なら……と。テミスは、自分にとってエイジは、御伽話の所謂白馬の王子様であるようだ、と思ってしまって。なんだか色々と恥ずかしくなり、毛布にくるまって暫く悶えるのであった。
因みに。モルガンも用いていた避妊の魔術、彼女づてにエイジも知ったのだが、こんな効力がある。避妊は、なんと副次効果。精液の魔力転換がその主な効果なのである。魔力に変換されれば、無くなるから生殖しようがない、というカラクリだ。それを吸収することで魔力が活性化されたりされなかったりするのだとか。
と、足音が聞こえる。テミスは慌てて短剣を隠し、警戒していると、現れたのは看守と思われるスケルトンと、オークらしき亜人族。彼らはテミスを下卑た視線で見た直後、貼り紙に気づき、怯えと困惑の視線に変わった。そして、そそくさと引き返していった。
彼の影響力には驚きつつも、そのまま警戒を続けていると、今度は使用人らしい服を着た女性が何かを運んできた。キツそうな顔つきに、髪を螺旋状にまとめた特徴的なヘアスタイル。この人がエイジの言うメイドなのであろうか、と予想する。彼女は牢の前に来ると、屈んで持って来た物を入れ、そのまま何も言わずに直ぐ去って行ってしまった。
運ばれてきたものを見ると、食事だった。皇居にいた時の食事とは比べ物にならないくらい粗末ではあったが、食べられなくはなさそうだ。夜になれば、また彼と会い、近いうちに牢から出れて、魔王国について知れるかもしれない。そして、魔王や幹部たちの素性も分かるのだろう。そのように未来へ想いを馳せると、少しだけの辛抱だと、逞しい皇女はちょっと、いやだいぶ足りないな、などとも思いながらも、パンにかぶりつくのだった。
「おはよう、皆さん! お待たせして、申し訳ありませんでした!」
やけにハイテンションなエイジ、地下牢を出てから出来うる限りの速さで、魔王様や幹部らが待っている集落に戻った。
「皇女の尋問はどうなった?」
「ええ、バッチリ堕としました。魔王国に屈すると!」
「……ずいぶん早いな。苦戦しそうなどと言ってなかったか?」
「ええホント。なんでだろ……催淫や洗脳、チャームなんか一切全くしてないのに」
恋愛経験皆無なこの男、乙女心わからず。
「さて、そっちは?」
「前方にいる部隊と王国兵が何度か衝突したが、大きな争いにはならず追い返せている。さて、ここからどうする、宰相よ? 整列と、ある程度の治療は完了している」
「……ふーむ。では、エレン隊や予備隊など、規模の小さい部隊から損害状況を確認。順次帰還するように。その確認係はウチの部下と情報院、モルガンのとこと……ノクト、いけるか?」
「全然オッケー!」
「頼もしいな。では、哨戒を継続しつつ、損害の確認と奪取物の利益の計上を行いつつ、漸次魔王城への帰還と物資運搬をしよう。確認は城からの応援を待つから、ここで待つとざっと六時間か……時間もったいない! 予備隊の準備出来たとこから順に、持てるだけの荷物持って砦へ向かえ! そこで確認だ! ノクト隊は役職の特例性から最初だ! よーし、動くぞ!」
「「「おう‼︎」」」
状況の報告を聞くと、ほんの少しだけ考えたのち即断即決。素早く指示を出すと、またしても城に戻って確認役を編成したりと、誰よりも機敏に動いてバリバリ作業を熟し始めた。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
勇者(代理)のお仕事……ですよねコレ?
高菜あやめ
恋愛
実家の提灯屋を継ぐつもりだったのに、家出した兄の帰還によって居場所を失ってしまったヨリ。仕方なく職を求めて王都へやってきたら、偶然出会ったお城の王子様にスカウトされて『勇者(代理)』の仕事をすることに! 仕事仲間であるルイーズ王子の傍若無人ぶりに最初は戸惑っていたが、ある夜倒れていたルイーズを介抱したことをきっかけに次第に打ち解けていく……異世界オフィスラブ?ストーリーです。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。
朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。
そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。
だけど、他の生徒は知らないのだ。
スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。
真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。
BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。
しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。
その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる