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Ⅲ 帝魔戦争
8節 戦後譚 ⑥
しおりを挟む毛布と水が用意された後、エイジが去っていく足音が聞こえなくなったところで、テミスはホッと息を吐く。
改めてこの部屋を見ると、最初に連れてこられた所とは違う牢らしく、狭い。地下で石壁に覆われた地下牢は肌寒く、貰った毛布を纏う。
最初、拘束された状態で目覚めた時はとても動揺していたが、今は落ち着いている。あの時は混乱からつい強い口調をしてしまったし、その後も色々と予想外すぎて、ゆっくり考えることができなかった。だが、今なら。
まず、テミスは昨日のことを思い出してみる。が、やめた。帝都の惨状、彼との死闘……そんなことより、あの出来事が強烈過ぎて忘れられない。ちょっと思い出しただけで体中が熱くなる。思い出したら止まらなくなりそうなので、過去ではなく、これからのことを考えることにする。
不安ではあるが、少なくとも、あの宰相がいるなら乱暴に扱われることはないだろう。それに昔から敵対していたとはいえ、魔王国のことをよく知らない。どのような生活をしているか、興味がある。故国のことを思うと不謹慎だが、少し捕まって良かったとも思ってしまう。
だがなにより、あの人ともっと一緒にいられて嬉しい、という思いがあった。初めて会った時は敵同士だったうえ、父の目の前だったからあのような態度を取らざるを得なかったが、正直言って好みだった。アイザックもまた興味深い人で惹かれるところがあり、互いに身分を隠していたとはいえ、あの散歩は楽しめた。彼とも同一人物ともなれば……両得、一粒で二度美味しい。
彼を思い出す。アイザックとのデート、玉座での死闘。そして、行為中幸せだったな……などと思っていると、また下腹部が疼く。
鎮まって……と念じているうちに気づくことがあった。中に出されたはずなのに、残っていないように感じること。それから行為後からずっと、体の奥にある何かが昂り、力が湧き上がってくるような、今まで感じたことのない不思議な温かい感覚が体を包み込んでいる。
その時ふと、テミスは戦闘中のエイジの言葉を思い出した。『え、うっそだぁ。結構な魔力があるはずだよ、キミ。人間の中では上級、あそこのお父様と遜色ないんじゃない?』
テミスには、あるコンプレックスがあった。というのも、ジグラド帝国の歴代皇帝達は、皆幻魔器を持っていた。そして、強き幻魔器を持つ者が、皇帝になることを許される。テミス皇女にも無いわけではないが、とても貧弱で、初級魔術の行使ですら補助がないと辛かった。だから、剣の道に進んだのだ。魔力を持たずとも、民を守れるようにと。
そして、その仕来りの所為で、自分ではなく、優秀な魔力を持つ妹が次期皇帝候補であった。お陰で姉妹の中は険悪であり、片や体格が恵まれ、片や魔力がと、互いにコンプレックスがあった。勿論、地位的に優位なのは魔力を有する妹の方なので、テミスは諸侯を取り巻きにした妹にいびられていた。
その言葉が本当だというのなら……。試しに魔術を使いたいが、攻撃魔術を撃ってしまうと、脱獄しようとしたと誤認されて厄介なことになりそうだ。故に、彼女が選んだのは__
「えーっと……『エンチャント・ライト』! ……えっ、うそ⁉︎ 初めて自力で出来た……」
今まではこれほどの簡単な魔術でさえ上手く出来なかったのに、こんなにもあっさりと出来てしまった。
このキッカケがあの人なら……と。テミスは、自分にとってエイジは、御伽話の所謂白馬の王子様であるようだ、と思ってしまって。なんだか色々と恥ずかしくなり、毛布にくるまって暫く悶えるのであった。
因みに。モルガンも用いていた避妊の魔術、彼女づてにエイジも知ったのだが、こんな効力がある。避妊は、なんと副次効果。精液の魔力転換がその主な効果なのである。魔力に変換されれば、無くなるから生殖しようがない、というカラクリだ。それを吸収することで魔力が活性化されたりされなかったりするのだとか。
と、足音が聞こえる。テミスは慌てて短剣を隠し、警戒していると、現れたのは看守と思われるスケルトンと、オークらしき亜人族。彼らはテミスを下卑た視線で見た直後、貼り紙に気づき、怯えと困惑の視線に変わった。そして、そそくさと引き返していった。
彼の影響力には驚きつつも、そのまま警戒を続けていると、今度は使用人らしい服を着た女性が何かを運んできた。キツそうな顔つきに、髪を螺旋状にまとめた特徴的なヘアスタイル。この人がエイジの言うメイドなのであろうか、と予想する。彼女は牢の前に来ると、屈んで持って来た物を入れ、そのまま何も言わずに直ぐ去って行ってしまった。
運ばれてきたものを見ると、食事だった。皇居にいた時の食事とは比べ物にならないくらい粗末ではあったが、食べられなくはなさそうだ。夜になれば、また彼と会い、近いうちに牢から出れて、魔王国について知れるかもしれない。そして、魔王や幹部たちの素性も分かるのだろう。そのように未来へ想いを馳せると、少しだけの辛抱だと、逞しい皇女はちょっと、いやだいぶ足りないな、などとも思いながらも、パンにかぶりつくのだった。
「おはよう、皆さん! お待たせして、申し訳ありませんでした!」
やけにハイテンションなエイジ、地下牢を出てから出来うる限りの速さで、魔王様や幹部らが待っている集落に戻った。
「皇女の尋問はどうなった?」
「ええ、バッチリ堕としました。魔王国に屈すると!」
「……ずいぶん早いな。苦戦しそうなどと言ってなかったか?」
「ええホント。なんでだろ……催淫や洗脳、チャームなんか一切全くしてないのに」
恋愛経験皆無なこの男、乙女心わからず。
「さて、そっちは?」
「前方にいる部隊と王国兵が何度か衝突したが、大きな争いにはならず追い返せている。さて、ここからどうする、宰相よ? 整列と、ある程度の治療は完了している」
「……ふーむ。では、エレン隊や予備隊など、規模の小さい部隊から損害状況を確認。順次帰還するように。その確認係はウチの部下と情報院、モルガンのとこと……ノクト、いけるか?」
「全然オッケー!」
「頼もしいな。では、哨戒を継続しつつ、損害の確認と奪取物の利益の計上を行いつつ、漸次魔王城への帰還と物資運搬をしよう。確認は城からの応援を待つから、ここで待つとざっと六時間か……時間もったいない! 予備隊の準備出来たとこから順に、持てるだけの荷物持って砦へ向かえ! そこで確認だ! ノクト隊は役職の特例性から最初だ! よーし、動くぞ!」
「「「おう‼︎」」」
状況の報告を聞くと、ほんの少しだけ考えたのち即断即決。素早く指示を出すと、またしても城に戻って確認役を編成したりと、誰よりも機敏に動いてバリバリ作業を熟し始めた。
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