魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅲ 帝魔戦争

8節 戦後譚 ②

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「軍師殿、被害の状況は?」

 帝国兵達は王国の兵士たちと合流し、被害の確認と警戒体制の仕切り直しが行われ、帝都外へ逃げた市民も街中への誘導が完了した。救護班によって、兵士らも応急処置を受けている。そして今テミス達は、王国の兵達によって警護されていた。

「それが……軍や建物は壊滅状態なのですが、何故か一般人やシェルター、大きな倉庫には大きな被害がないのです」

 被害が思ったより少なかったことに、彼自身戸惑いながら伝える。

「えっ……確かに、街中に兵士以外の遺体はそれほどありませんでした。あったとしても、逃げる人の波によるであろう圧死程度。何故でしょう?」

 疲労で発言するのもやっとの状態で頭を使う。その脳裏に浮かぶは、あの男の顔。

「奴らが目的を達成する前に王国軍が来てくれたからだろう!」
「本当にそうでしょうか、父上?」

 あの、少し甘いような優しい考え。あの者が発案したというなら。

「何故疑問に思う⁉︎」
「私も姫様と同じ気持ちでございます。この結果はあまりに不自然。狙ってやったとしか思えないでしょう」
「どういうことだ⁉︎ 説明せい!」

 動揺し極めて不機嫌なイヴァンに対し、状況を冷静に把握できた軍師と皇女は語る。

「戦場を俯瞰し、実際に敵と刃を交えた感想としましては……魔王国の戦力は、まさに圧倒的です。個々の戦闘力はさることながら、その動きは統率が取れていました。伏兵の出現タイミングは混乱を誘うのに最適なタイミングであり、種族がバラバラであるにも拘らず緻密な連携が取れているようでした。しかも、城壁や各施設の破壊活動に関しても、事前に相当練り上げていたのでしょう、最適化された兵装で以て手際よく効率的に行なっていました。あのまま戦闘を続けていては、日が暮れる前に帝国は地図から消えていたでしょう。しかし、彼らは無駄な戦闘や破壊、特に市民の虐殺や民家の放火などは行なっていません。極め付けは、王国兵が現れたために撤退したと思われますが、実はその前から撤退に向けた陣形を取っていたように見えたということです。つまるところ、最初から落とし切る気はなかったものと思えました」

 信頼し重用している切れ者の軍師。その者が、その目で見て感じたことだというなら、イヴァンは強く信じる。

「父上、よく調べたところ、あの者は近衛を全滅させたと言っていましたが、実際に命を落としたのは三割程度なのです。しかも、即死ではありませんでした。彼なら生殺与奪は自由なはずですから、あえて生かしたんだと思います。……そして彼は、彼自身が発案したと言っていました。だとしたら、この結果には彼の考えが反映されていると考えられるはず」
「姫様の意見を参考にしますと……当初は敵の作戦を見切れなかった、無能な私の意見で良ければ、考察をお話ししますが」
「頼む」

 イヴァンの鋭く、期待したような目を受け、緊張しながらも軍師は考察する。

「では僭越ながら。おそらく彼らの目的は、虐殺や支配ではなく、帝国の弱体化だと思うのです。戦えない市民は逃がし、その市民を養うのに十分な食糧等は残した上で、兵士を減らして金目の物を奪い、重要な施設を破壊したのでしょう。なぜかは、分かりかねますが……」
「正解正解、だいせいかーい!」

 報告をし合っていると、突然上から声が聞こえてくる。テミスにとってこの声を聞くと、怒りと恐怖、そしてなんとも形容し難い不思議な感覚が湧いてくるのだ。事実、愛する祖国が蹂躙されたとはいえ、民草にあまり被害が出なかったことを知り、父に自分、宮廷で仲の良かった使用人や、近衛兵達も無事だった。それが分かると、少し前よりは怒りが収まっていて、彼への見方が変わったりしていた。

「何故貴様がここに⁉︎」

 イヴァンは、目の前の建物、その屋根の上にいる者を睨め付ける。

「後始末だよ。秘密兵器の、ね」
「秘密兵器? まさか、あのあり得ないほどに連携の取れた部隊の動きを実現するに足るものが⁉︎」

「ほおう、その通りだ。よく分かったねえ。安心しろ軍師さん、あなたは十分優秀だよ。こんなの誰だって守れないから、気に病む必要はそれほどない。次は守り通せばいいのだから……って、違う違う!」

 頭を振ると、テミスの目を見る。

「お久しぶり~、テミス様」
「アイ__エイジ!」

 その者を、彼女は呼び上げる。そしてエイジはというと、わざわざ呼び直してくれたことが嬉しくてにやけている。

「ああ、そうとも。エイジだ。約束したでしょう? また会いに行くって。待ち切れなくなって、つい来ちゃったよ。約束からまだ一時間も経ってないけどねぇ」
「ふっ、私としては、もう少し後の方が良かったのだが? 見ての通り満身創痍だ、決闘はできそうにない」
「大丈夫だよ、戦いに来たわけじゃないから」

 ひょいっと屋根から飛び降りると、無防備にテミスに近寄る。王国兵たちは狼狽え、すぐに動けない。そして、彼はテミスの顔に手を伸ばし……頭に手を置いた。

「へっ?」

 手が顔に伸ばされた際、覚悟を決め眼を閉じたテミスだったが、予想外の感覚に間の抜けた声を出す。その手は淡い光を放ち、どこか暖かかった。

「何をしている⁉︎ 要人をお守りせよ!」
「は、はァッ!」
「おっとぉ!」

 左真横からの王国兵の突きを、エイジはバク転して躱す。二人の距離は再び離れた。

「これは……体が楽に? ……回復魔術など、何の真似ですか⁉︎」
「いやぁ、どうせレガリアなるものの反動で、身体はガタガタだと思ってさ。美人がボロボロになっている様は、痛々しくてね、見てられないものさ」

 __やはり、この者は……__

「ふう、私をこうなるまで追い詰めたのは、誰だったんでしたっけね」
「おぅ! それを言わちゃあ、立つ瀬がないねぇ」

 二人はどこか通じ合っているように、軽口の応酬を繰り広げる。だが生憎、ここは二人きりではない。

「くっ、皇女様を守るのだ‼︎」
「貴様、何者だ⁉︎」

 王国兵達が要人を守ろうと間に入る。

「ふっ、ならいいだろう、教えてやる。私の名はエイジ。ソロモン魔王国の宰相様だ‼︎」
「なっ、宰相⁉︎ 幹部じゃなかったのか⁉︎」

 驚くテミスとイヴァン。先程の幹部という認識は誤解であったかと認める、と同時に疑問も抱く。何故、そんな大物がこの場に単身で。しかも魔王でも幹部でもないのに恐ろしいほど強いのか。

 そんなことを考えているうちに彼が動こうとし、その瞬間王国兵がざわつく。それに嫌な予感がしたテミスたちは咄嗟に叫ぶ。

「ダメです! その者には!」
「気をつけろ! 幹部級の強さだ‼︎」

 がしかし、あまり効果がなかった。王国兵達は魔族との戦闘経験があまりなく、幹部といわれてもピンとこなかったうえ、気をつけてもどうにかなるような相手でもなかったからだ。

 エイジがヌッと右腕を上げ、水平になった瞬間、掌に魔術陣が展開。そこから赤黒い闇属性のビームが放たれ、彼の右側の兵士たちが薙ぎ払われる。そして彼が左を向き手を突き出した瞬間、いくつもの武器と陣が展開され斉射、一瞬で多くの兵士が戦闘不能となった。

「シルヴァ!」
「はっ!」

 彼の背後の建物、そこから冷酷にして美しき狙撃手が現れ、屋根の端に膝をつくと、弓を引き、数瞬のうちにテミスの周囲に展開していた兵士の頭部を寸分違わず撃ち抜く。

「喰らいなさい」

 最後、一際太い矢が生成されると、騒ぎを聞きつけた増援に向かって放たれ、彼らの手前の地面に着弾すると爆発、行手を妨げる。

「今です、エイジ様」
「あいよ。ナイスだシルヴァ」
「くっ、やはり供はいたか……それに、あの女性も相当な使い手か」

 テミスは、自分らを守るものがいなくなったのが分かると、意味はないと知りながら剣を構える。

「さあ、私をどうするつもりです?」

 冷や汗をかきながらも、少しでも余裕を持とうと笑みを浮かべる。だが、エイジはそんな彼女から目線を逸らすと、イヴァンを見やる。

「借りがあると言ったね。じゃ、返させてもらおうか!」

 彼の姿がブレる。そして__

「ひあ⁉︎」

 一瞬でテミスに接近すると、そのままお姫様抱っこ。跳び上がり、屋根上へ。

「最後に、あなた方にとって一番大切なものはもらっていくよ。うん、お姫様抱っこに顔赤らめている場合じゃないと思うけど?」
「ッ! くっ、放せ‼︎」

 思い出したかのように抵抗を始めるお姫様。

「おっと、ちょっと大人しくしてもらおうか」

 エイジはテミスの目を見つめる。

「ッ、なに⁉︎ 体が、動かな__」
「石化魔眼による硬直ってな。でーは、君らの大事な大事なお姫様は貰っていくよ。うん、追加報酬ゲット。じゃあね!」

 テミスを抱えたまま翼を広げると、シルヴァに目配せし、呆然とする兵士たちに背を向け去って行った。

「ひ、姫様ーー!!!」
「テミスーーーー!!!」

 イヴァンらの叫び声が響き渡った。


 ジグラド帝国第一皇女テミス。彼女は魔王国からの襲撃を生き延びたものの、斯くして帝国兵及び王国兵の厳重な警護の中から誘拐されてしまったのだった

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