魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅲ 帝魔戦争

小外伝 前編 拠点制圧戦 ①

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 僅かな手勢を引き連れ、境界線上の砦へ向かったベリアルとエイジ。隊列を整える必要もなく、また馬も特に屈強な個体を用いたうえで、強化や疲労回復の魔術も多用したために、砦周辺には半日程度で到達した。しかし、それでも昼出たのだ。もう真夜中である。

 砦内で休憩したらどうか、という提案をエイジに拒否されたベリアルは、馬車内で暫く休憩させたのち、馬を取り替えて帝都まで向かわせた。今からであれば、昼前に帝都には辿り着けるだろうから。

 さて、エイジを送り出したベリアルは、出迎えの兵に連れられるまま奥の部屋へ通されていく。のだが__

「お、おおう……これは、酷いな」

 その砦に入った直後、ベリアルの視界におぞましい景色が飛び込んできた。鼻腔をつく悪臭も相まって、足が止まる。

 これより相当マシな魔王城ですら、あんなに不機嫌になっていたのだ。潔癖症な我が宰相には悪い事をしたな、と後悔する。彼の話では、先の戦いの時、城から砦を訪れた事を後悔している者がいると聞いた。留まることになった者には、この世の終わりのような顔をしていた者すらいたらしい。彼の為と思って過剰戦力を投入したが、その者達にも不快な思いをさせていたとは。自らもやや遠ざけていたが、放置し過ぎた。内心、先の戦いでこれの犠牲になった者達に頭を下げた。勿論、威厳とかの関係で実際にはやらないが。

 そして、なんとか最奥の部屋に辿り着く。兎に角ここに来るまでが苦行過ぎて、もう疲れた。自分の城に帰りたい。が、砦でもせねばならないことがある。すぐには離れられないのが心苦しい。

 と、こんなところで突っ立っているわけにもいかない。意を決して扉を開ける。

 開けると、そこには幹部の一人、ゴグが立っていた。そしてそこだけ異様に綺麗。その徹底具合から、誰のおかげかはは明らか。

「久しいなぁ、ゴグよ。あの子を送った日以来だから……三ヶ月振りか」
「オオ、マオウサマ、オヒサシブリデス。ナンノヨウデスカ?」

「ああ、ついに我ら魔王軍が帝国に侵攻する時が来たのだよ」
「オオ、ソウデスカ。デハ、ゼングンシュツゲキジュンビ‼︎」

「ま、待て待て! まだだ。帝国を攻める前に、やる事がある。そのために、貴殿の兵士を貸してくれ」
「ハイ。ドウゾ」

 気付くと、目の前にはズラリと砦の兵達が集まっていた。フットワークだけは軽いなと内心苦笑する。

「その前に砦で休ませてくれ。城から来た兵士を休ませなくては。作戦は明後日早朝からだ」

 幸い、指揮官室より奥の宿泊部屋は、魔王城からの出向者が多くいたこともあって、比較的清潔であった。また、いい感じにスペースも空いていたため、転移陣を敷く場所にも困らなそうだ。

「アノ……マオウサマ」
「おう、どうした」

 自分でも差しがましく感じているのか、遠慮がちな声がかけられる。

「ナゼ、アスデナイノデスカ?」
「……それはだな__」

 ベリアルが俯き、顔に影が差す。その様に、この場にいる者は皆固唾を飲み、言葉を待つ。

「明日は掃除をするからだァ!」


 ベリアルが着いた時点で、実行まで残り九日。宰相から提示された、ベリアルのデッドラインは四日前まで。一日くらい潰しても問題ないだろう。

 それに、この砦は中継として重要な施設となる。快適に使えるようにしておく必要もあるだろう。しかし、この汚れが気になるとは、いつの間にエイジの潔癖が移ったのだろうか、と気付き可笑しく感じたベリアルであった。


 到着より一日半後、早朝。以前派遣した追加戦力、つまり元魔王城勤めの者たちを中心に部隊を編成。宰相の注文通り、破壊し過ぎないよう、比較的戦闘力と知能双方が高い魔族を選出した。制圧した拠点の維持は、前々から砦に駐屯している者のみで十分だろうと。

 速足で進軍すること二、三時間、村が目視できるところまで近づいた。その大きさは、建物数十軒と、住人が百数十そこら。周囲にはこの程度の規模の集落が散在している。

 そこから更に或る程度近づいたところで、エイジと約束した通りに、村人からは自身の姿が見えないよう、ベリアルは後方に控える。

「いいか、さっき伝えた通りだ。出来る限り死人を出さず、建物を破壊しないように」
「「「了解です、魔王様!」」」

__さて、考えよう。出来る限り戦わずに勝つ方法は……威嚇か__

「では、全軍、徒歩で進撃だ!」

 地平線上にぼんやりと村が見えるほどの離れた地点から、歩きでゆっくりと進む。すると、俄に騒がしくなり、人々が慌ただしく動き出した。読み通りだ。数十人の村人が武器を持って出てきたが、魔王軍の圧倒的な戦力を見たのだろう。武器を投げ出し逃げていった。

 結局、軍が集落に到着した頃には、人っ子一人いなかった。加えて、時間を掛け過ぎたのか、家畜や値打ち物も殆ど持って行かれてしまったようだ。

「収穫はあまり無いが、戦わずに制圧できたのだ。よしとしよう。では、次の村だ」

 奪った村を保持するため、後続隊の砦の戦力を駐留させ、次の目的地へと向かう。


 今度は、前回の経験を踏まえ、貴重品を持って逃げる余裕すらないよう、速めの進軍をした。ところが、今度は接敵してしまい、無駄に足掻く村人を五十人程殺す羽目になった。結局、損耗としては大したことはなかったのだが、流れ弾によって集落に損害が出てしまった。だが何より、虐殺をよしとしないベリアルにとって、その光景は心が痛むのだった。


 やや嫌な経験をしたところだが、日も暮れかかってしまった。今日の侵攻はここまでとする。落とした村の掌握と、駐屯兵力の調整。そして視察から帰ってくる宰相の出迎えなど、他にもやらねばならないことがあるからだ。
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