魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅲ 帝魔戦争

3節 戦争準備 其の二 ①

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 そして二日半後。予定通り視察を終えた宰相は、ワープして城まで戻ってきていた。

 その移動手段のおかげで、半日分が浮いた。その空いた時間でしっかり休息を取り、準備は万端。翌日早朝には執務室にいた。

「やあ、ただいまぁ!」
「おかえりなさいませ、エイジ様」

 帰還の知らせを事前に受けていた彼らは、驚くことも待ち侘びた様子もなく、余裕の態勢で迎えた。

「オレの留守中にトラブルとか、なかった?」
「いえ。何事もなく、つつがなく進んでおりますわ」

 不在の間の報告を受ける。延長が功を奏し、ノルマの達成が見えてきたそうだ。

「なるほどな。さて、あと三日後くらいには、順次移動を始めないと間に合わなくなるからな、そろそろ詰めの作業だ。前日にはほとんど揃っている状態に仕上げないと」

 昨夜は休息をとった、というよりは偵察で得た情報を整理し、考えを纏めていた。他の部署にも効率よく指示が出せるだろう。

「これからオレは各幹部に進行度合いを聞いてくるが、こっちは任せて大丈夫か?」
「ええ、お任せくださいまし!」
「貴方様の信頼に応えるため、誠心誠意努めます」

 敬礼している頼れる部下たちを背に、宰相は大仕事に向けて歩き始めた。


「おう、レイヴン。今回は、きちんと予約とったぞ!」
「ああ。偉いな」

 まず向かった先は司令室。留守にしていた三日の間に、戦略の詳細は決まったはずだ。まずはその情報を手に入れるところから始める。

「いやいや、アポ取るのは当然でしょ。できてなかった前までのオレがバカだった、申し訳ない」
「そこまで、卑下することないと思うが……」

 深々と頭を下げ謝罪するエイジに面食らいながらも、レイヴンの戦略解説が始まった。

 して、数分後。

「なるほど。オレの要求していた以上の役割の部隊。そして、各幹部の能力を考慮した配分……流石だ将軍、これは私にはできなかったことだ」
「なに、任されたからにはこのくらいできないとな。それに、いずれお前ができるようになってしまうことだが」

「それでも、いい仕事だ、助かった。ああそうだ、このことは他の幹部には?」
「伝えてある。あとは各隊の隊長にもな。外出していたお前と魔王様、そして平構成員は知らないだろうが」

 加えて、詳細な解説が続いた。特に合図役であるエイジのための。通信魔道具、信号の種類とタイミング、撤退の方法などなど。決行時刻は、様々な条件から考慮し、夜明けから暫くということで落ち着いていた。

「なるほど。項目は多いが……なんとか覚えんとな。あとは、オレの仕事、帝都への接近方法だけか」
「ああ。視察をしてきたんだろう? 何かアイデアは浮かんだか?」

 期待の眼差しでエイジを見据えるレイヴンだが、エイジは浮かない顔。

「帝都周辺は思った通り、遮蔽物がほとんどなかった。少し丘があるくらいだ。あとは、そうだな、帝都周辺は一部に防衛用の壁があり、見張りもいた」
「なんだと……⁉︎ それでは、接近は容易ではないな」

「けど、予定日は新月になる。夜闇に紛れることは難しくない。城壁は、上級魔術なら破壊可能だろう。問題は接近してから夜明けまでの間だが……それに関しては手を見つけた」

「それは?」
「これから、フォラスに進捗を聞いてくる。それ次第かな」


 次は魔導院に向かったエイジ。部隊を敵に気づかれず接近させるための装置が欲しい。

「やあ、また来たぞ」

 魔導院は静かだが、実際は何処よりも忙しそうだ。大きな動きはないが、作業する手が少しも止まっていない。

「ああ、エイジさん。何の用ですか?」

 忙しくて相手にするのが面倒。更にまた仕事を増やされるのでは、とちょっと疎ましそうに返事をされた。警戒されているようだ。実際その通りになるのだが……。

「前頼んどいた、敵に気づかれないように接近するための研究品ってできた?」
「……試作品がありますよ。見てみます?」

 奥に通される。魔導院に隣接するその部屋は倉庫のようで、所狭しといろんな道具や成果が展示されている。

「この布は、光属性の魔術を緻密に織り込んだもので、被るとこのように」

 フォラスが黒い布を取り出してくる。布を被り、それが少し光ったと思うと、フォラスの姿が消えた。近くで見ると歪みがあるが、遠くからだとわからないだろう。

「おお、透明マントみたいだ! 光学迷彩の魔術もあったのか」

 光を回折させる、迂回型のようだ。フォラスが布を脱ぐと姿が現れ、効果が切れたのか布も出現した。

「このようなものがありますが……あなたの言いたいことは分かります。増産しろ、ですね」
「ご名答です」
「イヤーー‼︎‼︎」

 フォラスが絶叫した。とても、とても嫌そうである。

「この作業めちゃくちゃ大変なんです‼︎ とても量産なんてできません!」
「あそ。他に質問は?」

「……作戦規模は、何名ですか?」
「四万前後」
「ノォォーー‼︎‼︎」

 博士は床を転げまくった。面白そうな実験以外でも発狂するようだ。

「だ、大丈夫だ。終わったら休みをやるし、オレもやれることあれば手伝うから」
「…………ううう、こうなったら仕方ありません。こちらをどうぞ」

 示したのは、やや小さい箱。形状とサイズは、まるでプロジェクター。加えてフォラスは白い布を取り出した。これもまた魔術の痕跡を感じることから、魔道具であると推察される。

「この装置とあの布を併用します。こちらの装置の使用法ですが、部隊の前方をこの白い布で覆い込み、その外側からこの魔道具で布に幻影を投影します」
「おお! カメレオンみたいに擬態するのか。良いものがあるじゃないか! でも、立体の幻像で覆い隠すことはできないの?」

「ムリです。できなくはないですが、部隊全体を覆う程のものは技術的にも物量的にもできません。そうでなくとも幻影魔術系は、一部の夢魔の特殊能力でもない限り、非常に複雑で繊細なんです。投射する幻影も現地での調整が必須ですし」

 懇々と、必死に苦労が並大抵でないことを説明するフォラス。周りの携わっていると思われる研究員達も、嘆願するような目で見てくる。その姿に、エイジは哀れみを感じずにはいられなかった。

「なるほど、了解した。では、投影装置の製造に専念してくれ」
「それでもめちゃくちゃ作るの大変ですからね! 代わりに作業を減らしてください‼︎」
「ああ、分かった。オレも鬼じゃない。魔導院の一般武器製作の任を解除します。頑張って下さいね」

 これでエイジの仕事であった、接近の手筈は整った。あとは、これをレイヴンに伝えれば無事に完了。そう、魔導院は尊い犠牲となったのだ。


「ようノクト。やってるか?」

 ノクトの部屋に入ると、彼は何やら目の前の物体(自主規制)を弄り回していた。

「うん? 何の用かな?」
「……まずそれ片付けて」

 ノクトは渋々といった様子で台を隣の部屋に移し、手袋を外して、血まみれになった服を浄化する。そうして、漸く向かい合った。

「何してたんだ」
「え? 魔物の解剖だよ。生物の体組織を詳しく知ることは、医療の発展につながるからね」
「そうかい……」

 予想だにしない光景に一瞬思考が停止したが、気を取り直して本題へ。

「戦争の準備ちゃんとしてるか?」
「え? してないよ」
「オイッ!」

 オイッ!

「だって、僕にやることあるかい?」
「あるだろ! 重傷者受け入れのため病床の確保とか! 医薬品の準備だとか!」

「魔術かければ、すぐ終わるって~」
「お前一人じゃ流石にできないだろ!」

「うーん、千人くらいなら一人でも何とかなるし、僕の部署の人たちも備えはずっとしてるよ。いつでも、どこでも、どれだけの怪我や病気が発生してもいいようにね」

 普段からいざという時のために備えてるから、特別な準備などするまでもないということだ。医療に携わるものの心構えは違うな、と見直したエイジだった。

「ゔゔん、それは良いとして……戦闘の方はどうなんだ。自分の隊の編成や役割は理解してるんだろうな?」
「えっ? それ初耳」

「んなわけないだろ!」
「あはは、流石に通じないかぁ」

「きちんと理解してるか確かめるためだ、お前の役割を説明してみろよ」
「え~、面倒くさ……」

 イヤイヤながらノクトは説明した。

「……完璧じゃねえかよ」
「ま、要するに暴れるだけだね。あとは通信してタイミングだけ合わせれば良いんでしょ?」

「そんな簡単なものでもないぞ」
「安心してくれ。僕は斥候と奇襲、殲滅は得意なんだ。その撹乱の役割は、まさに僕ピッタリ! でもまあ確かに、作戦を行うのは僕一人じゃない。足並みを揃えないと意味がないってね。特に、一番手である僕と君との連携は重要だし。肝に銘じとく~」

 重要なことだろうが、普段のおちゃらけた様子で受け止める。しかしそれは、彼なりに空気を弛緩させるため。重点はきちんと把握し、そしてそれを余裕を持って実行するだけの能力を持つ。性格に問題ありそうなノクトが幹部たりうる所以である。

「はぁ、何もわかってねえようで、要点は確実に押さえてやがる。驚いた様子だって白々しいし、どーせ最初に戦略説明した時からこうなることはわかってたんだろ。これだから腹に一物抱える狡猾なヤローってのは」
「あ~あ、バレちゃったかぁ。僕やっぱり演技は苦手だなぁ。でも、わかってしまう君だって相当な切れ者だと思うし。何よりだ……僕は心から、君の不利益になるようなことは決してしないよ」

「心から、決して……いかにも、胡散臭い奴が言うと信用できない言葉だこと。ってーかお前、オレのことよくイジるくせに、よく言えたもんだな」
「そ、それはノーカンで!」

 互いに、戦争のことについては理解しているだろう、という信頼からか、いつの間にか話は逸れ、エイジがハッとして話を止めるまで、二人は雑談に興じていた。

「ま、というわけだ。僕の心配はいらないよ」
「そのようだな。だったら幹部の中で一番早く前線、ベリアル様の下へ行ってくれ」
「合点承知だ。あと少しだけ残りの準備を終わらせたらすぐ向かうよ」

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