魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅲ 帝魔戦争

2節 戦争準備 其の一 ③

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 さて後日、円卓部屋に幹部たちが結集していた。そして、まず口を開くはやはり宰相。

「作戦開始まで残り一週間を切りましたが、ここで重要なお知らせがあります。各幹部との協議の結果、作戦の決行日を延期、準備期間を三日ほど延長することに決定しました」

 その報告に、数人は驚いていた。総意ではないということだ。しかしながら、準備の進行に関しては宰相に全権が一任されているため、たとえ独断でも罷り通るのである。

「理由といたしましては、単純に準備が予定より遅延しているためです。特に人員と兵装ですね。各責任者から延長の要望がありましたので、このような形と相成りました」

 二週間でも十分だと、エイジは想定していた。しかし予測以上の遅延のため、まだ時期尚早だったかと不安になっていた。

「加えて、この三日間のうちに、私にもやりたいことがありますから。私としたことが、ひじょーに、大切なことを見落としていましてね」

 延長に胸を撫で下ろすも束の間、この発言に嫌な予感を覚える者が。

「おい……そのやりたいことというのは」
「一体何なのだ?」
「それは……敵情視察です」

 議会、固まる。

「ソレナラバ、既ニ私ガ済マセタ」
「いえいえ~。確かに資料に目を通して概略は把握しましたが、実際にこの目で見ないとわからないこともありますから~」

「お、おい待て! その間はどうするんだ⁉︎」
「備えの進行は、お主が要である。いざというときに宰相がいなければ支障をきたす可能性が高い。さすがに、その独断専行は目に余る」

 狼狽えるレイヴンに対し、冷静に咎めるエリゴス。普段は温厚ながら、いざ戦のこととなると人が変わる。根っからの戦士であるようだ。

「悪いけど、確定。戦略を立て、帝都の中央に入って合図を出すという役割がある以上、私自身が帝都をよく知る必要があるから」
「……なるほど、確かに。吾らの面倒を見るよりは、そちらの方が肝心か。ところで、かける時間は如何程か?」

「想定は三日。丸一日の移動×2と一日の視察の予定です。なにせここから帝都までは、砦が折り返し地点ですからね。移動に相当時間がかかってしまう」
「ではその間、お主が居なくとも、幹部たるもの自力で解決せんとな。汝に役目を負わせすぎた我々の責でもあるのだ」
「一応、秘書二人を残しておくので、いざとなれば彼女らになんとかしてもらいましょう」

 突然振られて驚く二人。エイジはそんな二人に振り向くと、

「信頼しているぞ」

 同行できないのは不満だが、頼られるのは満更でも、といった感じの複雑そうな顔をしていた。

「それに、この城を出るのは私だけではない」
「と、言うと?」
「さて、やあっと二つ目の本題に入れるな。戦争の下準備の話だ。この地図を見てくれ」

 大陸北東部の地図を卓に広げる。

「ここの、魔王城から帝都までの侵攻ルート上に点在する集落があるだろ。これらをまず攻めて陥し、侵攻の拠点としたい」

 図面を指でなぞり、ルートを示す。行き着いた先は、家に見立てた四角が密集した箇所。そこを円を描くように何度も擦る。

「しかし、幾らか問題があってだな。ここを攻め落とす時、拠点にする都合上あまり建物や物資は破壊したくない。それに無益な殺生も出来るだけしてほしくない。だが、幹部達は侵攻の準備の為に手が空かない。それに、加減の利かないゴグ率いる下級魔物では集落を破壊し尽くしてしまうかも知れない。だから、誰に攻めに行かせようか迷っているんだ」

 図面を指で何度も叩きながら、幹部たちの顔を見渡す。さて誰が適任か。

「それなら、僕が行こうか?」

 名乗り出たのはノクト。適任といえば適任。もとよりエイジもノクトがいいかと考えていた。が__

「いや、ここは私が行こう」
「え……ま、魔王様自らがですか⁉︎」

 まさかの立候補に、その場にいた誰もが驚いた。

「どうやら作戦の準備中、私がやることはあまりないようだ。宰相や幹部に任せておけば、準備は滞りなく進むだろう。椅子に座っているだけでは暇であるし、皆が忙しく準備している中、ウロウロ動き回っていては気を遣わせたりと迷惑になろう? それに向こうでも備えをしたり、奪還する為に襲撃してくる帝国兵の迎撃をして、前線を維持する必要もあるだろう。そこは任せておけ。なに、案ずるな。警戒されないよう、私の姿は極力見せないよう努めるとも」

 王が幹部も連れず、前線に赴くなど前代未聞。皆慌てふためき止めようとするのだが__

「遠慮することはない。私にも、仕事をくれ」

 彼の強い意志を感じ取った面々は、その押しに折れる形で了承した。

「しかし……オレと魔王様、この国のツートップがいなくなるというのは流石に不安が残るな」
「うむ。だが、構わぬ。これも我ら幹部に与えられた試練と考えよう。今後も魔王様および宰相殿が共に不在の中、困難に見舞われることもあるやも知れぬ。それに、吾らはお主らに頼りすぎた。幹部としての面目を取り戻させてくれ」

 エリゴスの言葉に、その他幹部達も同意する。結局宰相と魔王の申し出が全て通り、各部署の進捗状況等の情報共有に移った。


 それが終わり、会議が開いて直ぐ。

「いやぁ、しかし面倒ですね。ここから砦って割と離れていますから。あーあ、瞬間移動でもできればなぁ」
「……ふむ、エイジよ、三階の大階段の近くで待っていてくれないか。やることがある」
「ん? はい、分かりました」

 何か思いついたらしきベリアルは、エイジに指示を出すと一旦別れ、待ち合わせ場所の反対へ向かっていった。

 彼が言いつけ通り大階段ホールで待っていると、およそ十分後、ベリアル、ノクト、フォラスが何やら色々抱えてやって下りて来た。

「待たせた。こっちだ、ついて来い」

 促されるまま奥の廊下を進むと、突き当たりに大きな扉がある。そこは空き部屋だ。

「開けてくれ。両手が塞がっている」

 エイジは言われるまでもなく、率先して開ける。その中を見ると、真っ暗で、埃が薄く積もっていることから、以前の大掃除以降だけでなく長い間放置されていたことが窺える。このままだと不快であるからと、取り敢えず魔術で光球を作り出し照明として、虫に怯えながら掃除を始める準潔癖宰相であった。

「おや、この部屋だいぶ広いのに何にも使われていないんですね。前から疑問に思っていましたが……」
「これから使うのだ。ノクト、フォラス、手伝ってくれ」

 エイジが粗方床をモップで軽く掃除すると、三人が作業を始めた。持っているのは魔導書と魔術触媒。

「何してるんですか?」
「ふっ、お前の要望に答えてワープホールを作っているのさ」

「ワープホール⁉︎ 空間転移だなんて……相当高位どころか魔法では⁉︎」
「ああ、お前は知らないのか。魔術ランク7、転移魔術陣。対応したもの同士なら、転移にそれほど魔力を使用しない。維持も楽だ。弱点としては一対にしかならないことなのだが、それを補って余りある。それをこのように実用化してみせるとは、流石は魔導院といったところだ。この部屋をワープ部屋にして、一度この城を経由する形にすれば良いと思ってな。砦に行った時に向こうにもこの転移魔術陣を敷いておくから、お前たち幹部はこれを使うといい。陣が強く輝いたら繋がった証だ」

「なるほど、こんな便利なものが……。しかし、なぜ今までこんな便利なものを使わなかったので?」
「簡単だ。使うべき場所と機会がなかったのだよ」

「ええ、勿体ないことを……」
「さて、大方設置し終わった。後の調整は二人に任せよう。では行ってくる。さあ、準備はいいか宰相よ?」

 ベリアルは魔術陣を敷き終わるや否やそう言うと、魔道具を幾つか抱えて、そのまま一階正門前のエントラスへ真っ直ぐ向かっていった。そして、既にそこで待機していた僅かな兵のみを連れて出立しようとした。エイジは慌てて呼び止める。

「え⁉︎ もう出るのですか⁉︎ それに……それだけの兵でいいんですか⁉︎」

 先ほど伝えたばかりだ、何かの準備をする時間も無いはずだが。

「ああ。前にお前を国境の砦に派遣した時の兵達は、やや過剰だったからな。彼らを使えば十分だろう。それに、手勢は少ない方が身動きが取りやすい。特にお前は急がなくてはならないだろうからな」

 エイジも以前から薄々勘づいていたが、やはり過剰戦力だった。例えエイジがあの戦略を立てなくとも、力押しだけで勝てたかもしれない。なんやかんやで甘いのだ。

「まずは最優先で、お前を帝都まで送り出す。その後は、砦に着いたら即座に転移の準備をしよう。それが済み次第、私は前線で戦い、拠点の制圧と維持だけに専念する。では、出発だ!」

 半ば強引に魔王専用のどでかい馬車に乗せられ、出立してしまった。
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