魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅲ 帝魔戦争

2節 戦争準備 其の一 ①

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 会議が終わると、各幹部は散開、それぞれが統括する部署での作業が開始される。その手腕は流石のものであり、即座に戦争に向けた仕事が開始される。会議の翌日にもなれば、それぞれの部署はフル稼働に至っていた。

 そして宰相はというと__

「やあみんな! 戦争が始まるぞ!」

 執務室の扉を開け、開口一番物騒なことを宣言した。突拍子のないことに、因果を何も知らないメンバーはポカンとしている。

「魔王国はこれからジグラド帝国と戦争を始める。今日からその準備期間に入った」

 言いたいことはわかった。でも、なんでそうなるのかわからない。そんな皆に詳細をかくかくしかじか。そうして漸く理解が追いついた。
「ああそうそう、君たちの役割だけど、今回はお留守番、戦場に出ることはないよ。ただ、戦前戦後で活動が活発になるから仕事増えるよーってだけ。それに、オレこれからいろんな部署のところに行って情報伝達したり、指示出ししなきゃいけないから、滅茶苦茶多忙になるし、この部屋には多分そんなにいないから、そこんとこよろしく。では早速だが用事があるので、さらば!」

 そうして一方的に情報を捲し立てると、返事や質問を待たぬまま、秘書も置いてそのままどこかに行こうとしてしまう。

「おやすみなさいますの?」
「いや、その余裕は無さそうなんだな」

「お供いたしましょうか」
「いや、必要ない。ここに残って、オレの代わりに対応を。大体のことは、一緒に作ったその資料にあるはずだからその通りに」
「承知しました」

 そんな彼に置いていかれまいと、健気についてきた秘書たち。そして指示を受けると、忠実に実行し始める。

 それにちょっとした申し訳なさを感じながらも、エイジはその場を離れる。向かう先は倉庫階。身辺整理と必要なものの回収、それから兵站の者達に具体的な指示を出すための応援だ。


 その翌日、宰相の足取りは司令室、レイヴンの元へと向かっていた。昨日発表した作戦、その詰めを行うためだ。

「よう、やってるか?」

 レイヴンの執務室にはありとあらゆる魔族が出たり入ったりしている。少数精鋭たる統括に比べると人の動きが圧倒的に多い。だがエイジが入室した瞬間、大体の魔族は動きを止めた。自分の用件より宰相の要件の方が大事だ、と思ってくれたのだろうか。

「おお、エイジか。戦略については、昨日時間がある時はずっと考えていたからな、大方の疑問点については纏めてある」
「おお、流石だな」

「だが、編成に関してはあんまり進んでいないな。モルガンと協議し、案を立ててみたが……見て分かる通り、一人で処理するには規模が大き過ぎて無理だ。それに、まずどこから手をつけるか悩んでいる」

 資料をややぶっきらぼうに放る。その面には、名前表がびっしり書き込まれていた。

「という訳で相談事が山ほどある。時間取れるか?」
「ああ、いいよ。今日と明日ぐらいなら丸ごと費やせる」

「よし。では先に、戦略を決めてしまおう。十面埋伏の計、だったな。つまり十の部隊が必要だが、それの役割分担に加え、出現順番についても先に決めてしまおう。それに伴って分配していけば効率がいい」
「ああ、そうだな。じゃあ、早速始めるか。ある程度オレの中では形になっている」
「ほう。では聞かせてくれ」

 周囲の魔族は完全に捌けて、会議に集中できる環境になった。レイヴンの机を挟んで向かい側に、エイジは椅子を取り出して座ると話し始めた。

「今考えている大体の作戦だけど、大枠としては夜闇に紛れて部隊を隠蔽しながら帝都に接近、明け方に奇襲を仕掛ける。帝国の北東部が一番近いから、ここを正面に定める」
「そうか……ああ少し待ってくれ、地図を持ってこよう。以前帝国周辺の地図が作られたことがあったはずだ」
「いや、その必要はない」

 エイジは地図を取り出し広げる。

「はいこれ。部下に頼んで手に入れた帝都周辺の地図」
「なっ……持っていたのかよ」
「ああ。こうなることは、一ヶ月前にはわかっていたからな」

 あまりの周到さに、驚きを通り越し呆れ気味にすら見える表情のレイヴンである。

「この戦争が一つのターニングポイントだからな、今までそれに向けてずっと考えてきた。逆に言うと、それ以降のことはあんまり考えてない」

 軽薄に笑うエイジに表情一変、不安げになっている。

「ううん……それはそれとして。どうする。この辺りは平坦な地形だ。暗くとも気付かれず接近するのは容易ではないし、付近で待機するとなるとその比ではないが、策はあるのか?」
「レイヴンなら、どう考える?」

「俺なら、隠し通すことは諦める。夜闇に紛れて接近するところは同じだが、陽動をあえて目立たせ開戦、その隙に伏兵が接近する。つまり明け方まで待たず一気に叩く。夜襲だな」
「確かに……魔族は夜に強い者が多いからな、合理的だ。だが……夜は何かと都合が悪い」

「と、いうと?」
「日が暮れてから行動するが、今は初夏だ、夜が短い。その短時間に部隊の展開だけでなく、その他の仕込みをする時間があるかどうか。加えて、相手が陽動に引っかかってくれねばならない。夜は対応が遅くなるからな。敵が集まるのを待っていては陽動隊が削られてしまうし、早まって伏兵を展開すれば散開している部隊が対応してしまう」

「なるほど、夜中での奇襲にもまた難点があると……」
「一応朝方を想定して器材の用意を進めてはいるが。夜半にできるならその方がいいかもしれない。まあその辺りは委ねるよ」

 定まりきらず、一抹の不安が残っているがこの話はここでひと段落。次の話に移っていった。

「攻める順番、部隊編成についてはどうだ」
「帝国の正面の陽動隊は魔王様に率いてもらおう。構成については自由、とにかく頭数だ。次が南西、裏側からだ。最初の伏兵でいかに敵を撹乱できるかが大切だからな。そして北西つまり右側ときて、南東左方面へと移っていく。この三つの部隊は幹部に率いてもらおう。あとは上空からエレンが奇襲。残りはそれぞれ部隊長を決めて追撃してもらう」

「そうか……では三つの部隊はノクト、俺、エリゴスが率いるとして、残りはこちらで選出しよう。で、肝心のお前はどうする」
「オレの役割は街中に侵入し、全体を千里眼を併用しつつ俯瞰して合図を出す。これほど大きな作戦だ、各隊の足並みが揃わないと大きな効果は発揮できない。合図役が必要だろう? それに帝都の周りに広く展開するんだ、情報は足では遅すぎるし、戦場を俯瞰できる者もそうはいないだろ」

「エレン達も俯瞰できそうだが……いや、お前以上の適役は確かにいないな」
「残る幹部ゴグは、退却ルート確保のため後方待機だ。ああそれと、十面とは言ったが、そこまで十面に拘る必要はなくて。最低七あれば十分だと思うから。一応、これで決まってることは以上」

 エイジは一通り話し終え、レイヴンもまた欲しい情報は手に入ったとばかりに満足気。

「よし、大枠はこれで決まりだな」
「いいんじゃないか? よし、では俺はまた役割分担をしてみよう。接近する手筈についてはお前に任せる。目処がついたら伝えてくれ。次は、しっかり予約を取ってな」
「はい……いきなり押しかけてすみませんでした」

 戦略の大枠は定まった。あとの細かい部分や人員の選定についてはレイヴンがやってくれるだろう。よって今宰相がやるべきことは各署の進捗度合いを調べ、その援護に回ること。あとは将軍に頼まれた隠密行動のための策を練ることだ。

「ふむ……魔導院に頼み込んでいたあの兵装の確認ついでに新兵器の案を出すか。レイヴンは忙しそうだから……代わりに魔王様に聞いてもらおうかね」
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