魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅲ 帝魔戦争

1節 作戦会議 ①

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「まず、我々が帝国に侵攻する目的を伝えよう。この戦争の目標は、帝国を陥落させて支配すること。ではない。幾らかの豊かな土地を得る為に戦線を進めるのと、今後ウチらが富国強兵、力を蓄えようと活動した際に妨害されないよう力を削いでおくことだ。その手段とは、建築物や重要施設を破壊し、食糧や金目の物を略奪し、戦闘で以って兵力を弱体化させることである。ただし、先述の通り虐殺や支配が目的ではないから、抵抗しない民間人は出来る限り殺さず、避難場所やシェルター、例えば教会など、までは襲撃しない。食糧も倉庫から幾らか拝借する程度に留めるようにする。帝国人の多くが冬を越せるくらいにな。以上だ、質問はあるか?」

 侵攻することについては一部の者は知っていた。しかし、この目的であったり、戦略などについては、未だ誰も何も聞かされていない。そのこともあってか神妙な面持ちだ。

「質問だ」
「なんだ、レイヴン?」
「なぜ、その程度に留めるんだ? 折角なんだ、もっと徹底的に攻撃し、帝国を陥してしまえばいいだろう」

 攻めるのだからそれは尤もだ、という空気が此処には確かにあった。しかし__

「おいおいレイヴンさんよ、少しは考えてごらんなさい。まず、帝国を完全に陥落させるには、国土や人口の観点から、相当の時間が必要だ。当然、こちらの消耗も大きくなる。次に、支配するとなると帝国を掌握する必要が出てくる。こちらは冬も越せるか危うい状態。そんなことを悠長にしている時間はない!」

 強く否定され、たじろぐレイヴン。

「加えて。もし民間人を虐殺する、などということをしてみろ? そんなことしたら大陸の全人類から恐れられ、怨まれる。すると人々は魔族、魔王国に対抗するために団結してしまう。呉越同舟とでも言うべきかな。人間は、一人ひとりは大した強さではないが、人々が団結した時は驚くべき力を発揮する。それに、オレの世界での伝説、もとい作り話ではあるが、世界を闇に包み支配しようとした悪は、団結した人々の抵抗に遭い、勇者や英雄と呼ばれる者に、絆やら希望やらその他諸々なんやら訳わからない力で討ち果たされてしまう。物事に絶対は無く、圧倒的な強さを持っていても討たれる可能性はある。特に、この世界にはオレと同じ特殊能力の異世界人が数名おり、こちらが過激な行動に転ずれば、魔王への反抗を企てる可能性が高い。実際、魔王に対抗するための勇者と呼ばれる存在が既にいるようだ、接触したことがある。警戒するに越した事はない」

 なんか変なことを言っているな、と思う面々であるが、一部は理屈が理解できるし、後半も一応ありうる話ではあるとも感じたようだ。しっかりその意見を受け止めた。

「攻撃し、力を削ぐ程度に留めておけば、帝国人に幾らかは恨まれ、周辺国家にも緊張を与えることにはなるが、全人類を敵に回すことはないだろう。それに、今は各大国が睨み合っている状況と聞く。オレらが帝国に攻撃するのを見て、むしろ感謝するのではないか?」

 徹底的に論破され、レイヴンは唸った。

「な、なるほどな……。浅慮な発言だった。すまない」
「いや、わかったならいいさ。安らかな場所を得るため、という我らにとっての大義名分、正義があり、節度を守っていれば、淘汰される可能性は減るかもしれない。では、他にはあるか?」

「はいはーい! 疑問に思ったのですけれど、なぜ魔王国は今まで帝国に侵攻しなかったんですの? 魔族たちの兵力を以ってすれば、人間の国を陥すことくらい容易いでしょうに。それこそ、幹部格だけでも成しえるくらいには」

 ダッキだ。エイジの秘書二名、最近はこの手の会議に同席することが多い。

「そこには複雑な理由がある。まずは、国内の問題だ。戦争すれば否応無しに国は消耗する。衣食住の充実していない魔王国が戦争を起こし、もしそれが長期化してしまえば、魔族達の生存に必要な最低限の生活の維持が困難となり、国が崩壊してしまう恐れがあったから。次点に、国防の観点。軍の規模は間違いなく帝国の方が上であり、戦争しているうちにこの本拠地に攻め入られて痛手を被る、最悪落とされる可能性がある。幹部のいない魔王国は統率が取れなくなるからな、ほぼ間違いなく潰走するだろう。さらに言えば、兵士たちの装備も充実しているとは言い難く、苦しい戦いになることは想像に難くない。それに、敵は帝国だけと決まってはいない。後方のエルフ達妖精の国、そしてその他種族が何しでかすか分からないし、帝国以外の大国の干渉もありうる。魔族は人類の敵とみなされている節があるからな、敵が多いんだ。特に聖王国の敵愾心は著しい」

 ほぼ一息に理由を羅列する。エイジは今まで策略を練ってきたから、この程度であれば熟考することなくいくらでも話せた。

 そしてその情報量に、聞き手達は圧倒された。しかし、わかりやすい説明のためすんなり飲み込んで、納得した素振りを見せる。

「ゔゔん、話が脱線しすぎたな。我ながら悪い癖だ。さて、時間が押しているからな、質問はここで打ち止めだ。……大概オレのせいだけど。では気を取り直して、戦略について話そう!」

「その前に、聞かねばならぬことがある」
「何でしょうか、魔王様?」

「戦争の想定期間は、どのくらいだ?」
「んー……三時間」

「「「三時間!!?」」」

 エイジの言葉に、その場にいる者達は目を見開き、口が塞がらず、思わず立ち上がったりしている。後ろでバサバサッ! と書類が落ちる音がする。彼の秘書も、流石にこれには驚きを隠せないらしい。

「あ、あくまで想定です! 私はまだ、戦争については疎い身ですから……」

 慌てて保険を掛けるエイジであるが、時既に遅し。

「み、短過ぎる‼︎」
「いや、帝国軍との戦闘を数十分で終わらせた奴だ。もしかしたら……」

 彼の爆弾発言に、議会は俄に騒がしくなる。それを何とか落ち着けて、その作戦時間に至った説明を始める

「最短で三時間。遅くても六時間で終わらせる超超超電撃作戦! その時間内に終わらなければ潔く撤退します。つまり、準備の方が時間は掛かることになりますね。そして、実は侵攻する時の戦略はもう決めてあります。その戦略の根幹を成すのは、私の元いた世界にいた三国志の大英雄曹操、そして戦国時代の稀代の天才軍師竹中半兵衛の用いた策。その名も『十面埋伏の計』‼︎」

 どどん!

「………お、おお~」

 どうにも反応が悪い。それもまあ当然である。知らないのだから。

「……こほん。どのような作戦かというと、まず正面から陽動の大部隊を突っ込ませます。そしてその隊に敵が気を取られている隙に、別方向から伏兵が現れる。しかも、それを十回だ。その伏兵による多方面からの波状攻撃によって敵は壊滅する、といった感じとなります。十の面から伏兵が現れる戦略、即ち十面埋伏」

「………なるほどな、理解できたぞ。確かに、単純ではあるが有効な戦略だろうぞ」
「その作戦を、帝都に向けてやります。魔王国から帝国に向けて、拠点を制圧しながら隠密侵攻。そして帝都を包囲し、強襲をかけ、殲滅する」
「なるほど、奇襲で一気に敵の本丸を叩くというわけだな。それなら、戦闘時間はかなり短くなるというのも納得だ」

「いや、待て。その作戦には懸念点がある」

 だが、待ったをかける者がいる。こういったものに精通している人物といえば……将軍だ。

「いくつもの部隊に兵士を分けるということは、一つ一つの隊が小規模になる。各個撃破されることで、正面からの玉砕より被害が大きくなるのではないだろうか」

「そうだね、もっともだけど………………うちら魔王国と、人間との間には一つ大きな違いがある。それはなんだろうか」
「魔力の有無だろう」
「つまり、一人頭の戦闘力かの?」

「惜しいな。正解は、非戦闘員の存在だ。一般市民、すなわち戦う力を持たない存在がある」

 幹部は興味深そうに前傾姿勢をとる。

「魔族は、ほぼ全ての者が一定以上の戦闘能力を有する。例えば、この魔王城における非力な者、非戦闘員の代表格といえば、使用人たちだ。しかし、彼女らとて魔力を扱えるし、人間の一般兵士や魔物程度なら凌駕する身体能力を持つ。その気になれば、魔族は全ての者が戦うことができる。しかし、人間は、そうはいかない」

 この点に関しては、宰相になる前の時点で気づいていたことだ。

「一般市民にできることは、ただ逃げ惑うことだけ。そこを突くのだよ」

 その着眼点は、彼らにとっては目から鱗のようだった。

「まず、真正面から数を揃えただけのハリボテの本隊を突撃させる。これは陽動だが……突然に魔王国の襲撃を受けた市民たちは恐怖し、揃って反対方向へ逃げ出す。だが、逃げ込んだ先にも敵が待ち構えていたら?」
「逃げ場を失い、恐慌状態に陥るか」

「その通り。そして、パニックになった市民たちは、兵士たちの行動を阻害、足手纏いとなり、次々現れる伏兵に対応できなくなっていくというわけだ。指揮系統は崩壊し、逆に敵の方こそバラバラに対応するから各個撃破も容易というわけ」
「なるほど、よく考えられているもんだ」

「だが、聞いた限りかなり高難易度の戦略だ。今の魔王国でできるものか?」

 なかなか複雑な戦略である。意外性も相まって、把握に少々時間を要するだろう。しかし、その弱点にいち早く気付くとは、流石は魔王。

「ええ、その通りです魔王様。これは複数の部隊が息を合わせた連携が必須となる、かなり高度な戦略となります。それに伏兵の出現は効果的なタイミングでないと混乱を招けず、各個撃破される可能性も孕み、事前に察知し対策されれば、まず失敗は間違いない、弱点も多いものです。私の元いた世界でも、二千年もの間にも成功した事例は僅か数回らしいですから。だからゴブリンやコボルト、ゾンビにスケルトンなど知能が低く個体の戦闘力や機動力の劣る下級の魔族や魔物は、陽動や殿はまだしも伏兵には使えません。高度な命令を解し、戦闘力の高い中級から上級の魔族達だけで行うことになります。各部隊の指揮を執るために、幹部格も軒並み出陣することになりますね」

 遂に作戦が現実味を帯びてきたためか、空気が引き締まった。

「詳しい部隊編成については、追々議論を重ねて決定することになりますが、現時点で言えることは、この作戦は確実に今あるほぼ全ての戦力を投入することになるであろう非常に大規模なものになるということです。……ちょっと休憩します。話しすぎて喉が渇いた」

 一旦話を区切ると、エイジは今まであまり使われて来なかった椅子に座り、グラスを取り出し魔術で水を注いだ。そしてエイジが喉を潤している間に、今まで話せなかったために、ここぞとばかりに幹部達は騒がしくなった。といってもまだ未定の情報が多く、その中身は割と薄いものだったが。

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